スマートフォン解析 政小 短編 | ナノ
*幸村×佐助描写あり。

ざく……ざく……

荒れた地を一歩一歩踏みしめるように、前へ前へと足を踏み出す。頬をつたる汗も気にする事無く、自分よりも大柄な男を背に抱え前へ前へと進んでいく。

足の裏の感覚は無い。腹の底から湧き出る醜悪な感情は、込み上げる渇きにも似た不安定な状況を醸し出す。
今すぐに発狂してとち狂いそうになる思いを塞き止めるのは、背中に感じる重みと熱い吐息だけであった。

足を踏み出せば体は揺れ、揺れることにより背中の男が小さく呻く。
言葉にすらならない呻き声に、男が生きているのだと実感させられ安堵できる。

ただ、それだけが救いなのだ。

視界がぼやけて来た。一瞬、眩暈を感じ足の力が抜けてしまう。
体はよろめき右足に力を入れ地を踏みつければ、突如腹に激痛が走る。

切り付けられた脇腹が痛みを訴え、ボタボタと血が零れ落ち大地を濡らす。

「はぁ…はぁ…」

このまま、この場に倒れこんでしまおうか。一瞬迷いが走る。縫い付けられたように、足が地から離れない。

ごくり──

唾を飲み込む。恐ろしいほど、はっきりと喉が鳴る音が聞こえてくる。
歪む視界の向こうから人影を見つけ、咄嗟に背中の男を木の影に隠し脇に添えてある剣を手にした。

歪む視界の向こう側から、やってきた男の輪郭はぼやけておりはっきり見えない。
立っているだけでも精一杯な状況。
幾ら奥州の竜とて、鉛のように重く感じる刀を振り放つ事は出来るだろうか。

だが、それでも。

ちらり──歪んでいく視界の端に見える、右目の姿。せめて最後に一回くらい──熱いKissをしたかった。余裕すら感じる事を考えてしまう。
男の想いが通じたのか。意識を失い木に凭れている右目は、魘される様に唇を動かした。

『まさむねさま』

声は無い。だが、確かにその唇は男の名を呼んでいた。頑なに閉じられた眼に、薄っすら涙が浮かび、一滴の涙が頬をつたる。

泣いてるのか、小十郎。

駆け寄って、抱きしめたい。Kissだけじゃなく、もっともっと求めたい。こんな状況に置いても、それでも考えるのは『生きること』より『求めること』なのだ。

「小十郎……せめてお前だけは、必ず奥州まで連れて帰る」

せめて、この男だけは守りたい。自分を守り慈しんでくれた、誰よりも愛しいこの男だけは、何としても故郷の地に還したい。

その想いだけで一振り剣を振るえば、目の前に迫った人影は大きく口を開いた。そして、迫りくる剣を自分の手にしていた剣で受け止めた。

「梵、落ち着け!俺だ、成実だよ!!」

歪んで見える人影。目をこらし眺めていると、それはだんだんと従兄弟の姿に模られていく。声を聞く限り、目の前に立つ人影は従兄弟でもあり部下でもある、伊達成実に見えるのだが。

「……成実……なのか?」

涸れた声は、まるで他人のようだと、心の隅でぼんやり思う。成実が大きく首を振る。その瞬間、足元から力が抜け落ち、目の前が真っ暗になっていく。だんだん、縮まっていく視界の中。泣きそうな顔で自分の名を呼ぶ成実の声が聞こえてくる。


──Ha!伊達の人間がそんな情けねぇ面構えをすんじゃねえ。


一言いってやろうと口を開いたが、言葉は声にならず深い深い闇の中へ堕ちて行った。

*****

「独眼竜…仕留め損ねたか……っ」

昂る感情に飲み込まれた眼は、普段の彼からは想像出来ないほどに冷酷な輝きを宿している。

こんな主は初陣以来だ。

傍に仕えていた忍びは、主の初陣の光景を脳裏に浮かべていた。熱気に包まれた、もう二度と草ひとつ生えることは無いであろう荒れた荒野。

込み上げる渇きを補うように、ただただ迫りくる敵に剣を振るう。
初めて人を切りつけた時、自分の中に眠る狂気に脅え。
それでも戦わねばならないと、心優しい主は槍を振るった。

徐々に周りの狂気に煽られ、次第に自分の闇に飲み込まれていく。

興奮状態だった──真っ赤に染まった──主を諭したのは、彼の信愛する主君であった。

『幸村よ。己の闇に飲み込まれ、ただ殺戮をするのでは獣以下じゃ』

強く握り締められた拳。

それは幸村の頬を直撃することない。
今の幸村を殴る気は、信玄には無かった。

信玄から熱い拳で殴られると思っていた幸村は、予想外の事態に唖然と目を見開き信玄を見上げる。
突き放されたような、絶望に近い感情が幸村の心に湧き出る。それは醜悪な臭いを発し、徐々に幸村の心を蝕んでいく。

俯き小刻みに震える幸村にあ、信玄はただ黙って彼を見下ろし口を開いた。

『ワシらは倒した者たちの分、生き続け己が信念を貫かねばならん。お前なら、それが分かる筈だぞ、幸村』

ふっと、信玄は表情を緩めた。そして、幸村の目の前にゆっくり足を進め、頭上から拳と共に言葉を振り落とす。
それは、親の虎が子虎に対し、強く生きるように突き放すような熱い拳であった。

──お前は、ワシの跡を継ぐ甲斐の虎になる男だからだ。

初陣で、幸村は自分の闇と向き合いそれを制した。それ以来、戦で気を狂わせ闇に堕ちる様子は無い。
ただ己が信念を貫くため、しいては信玄や国、仲間のために刃を振るう。

──それなのに

迷彩色の服を身にまとった忍びは、心の闇に苛まれていく主の背中を苦々しく見つめていた。忍びの視界の先にあるのは、真っ赤な服を着た主の背中。

忍びは、この場から脱退した竜を思い浮かべ奥歯を噛み締めた。

「あいつのせいで、幸村の旦那がまた狂ってしまう」

──俺だけの光が、また闇に蝕まれていく。あの蒼い忌々しい竜のせいで。

「だから俺様、竜の旦那が嫌いなんだよ」

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