畑を作るきっかけ
暑い暑いそう云いながら、主は縁側に横たわり扇を上下に振る。
冬は極寒の寒さを誇る雪国だったとしても、やはり夏はジメジメ暑いものである。
そうと判ってはいるのだが、それでも暑いものは暑い訳で。
只でさえ暑さに弱い政宗は、熱気を帯びた庭を見る度に溜息が零れ落ちる。
そんな庭に出る気もなければ、成るべく近づきたくも無い。
出来る事なら、部屋の奥で涼んでいたいものなのだが、それでも暑さという不快感を勝るものがその縁側にはあった。
政宗の屋敷の中庭には、小さな畑が存在した。この畑こそ、政宗と小十郎の二人が始めて作った畑なのだ。
師匠に「生き物を育てる」という事を学んだ。その中に、畑仕事が含まれていた。
初めは、師匠の用意した畑を耕し野菜を作る。
言葉だけでは簡単な作業。
しかし、実際やてみるとうまく作れず、ずっと部屋に閉じこもっていた子供は癇癪を起こし何度も何度も作業を中断していた。
「梵天丸様、そのような軟弱者では伊達を継ぐことは到底かないませんよ」
厳しい守役は何度も何度も部屋に篭り駄々をこねる子を引きずり出しては、一緒に畑仕事を行っていた。
甘ったれた子供は、何度も何度も部屋に篭り駄々をこねては涙を流した。
「小十郎…お前は俺を鬱陶しいとは思わないのか?」
ある日、子供は涙を流しながら山道を歩き、手を繋いでいる隣の守役に尋ねた。
すると、少年は不思議そうな表情を浮かべ「何ゆえでしょうか?」と子供に尋ねた。
「他のやつらは、諦めて放って置くのに…お前は何度も何度も俺を怒る」
拗ねた様に呟かれた言葉に、守役は成る程と小さく呟くと、ゆっくりしゃがみ込み子供の視線に合わせ向き合った。
右目を覆うように巻きつけられた包帯は、泥で薄っすら汚れている。
伊達家の世継ぎとは思えぬ姿に、小十郎は小さく苦笑いを浮かべる。大粒の涙が零れ落ちる眼にそっと口付けを落とせば、子供は驚いたように体を震わせた。
「小十郎は決して梵天丸様が嫌いだから、このような小言を申すわけではございませぬ」
逃げようとする子供の両手を小十郎は自分の両手で包み込み、ゆっくり言葉を噛み砕くように伝えていく。頑なに心を閉ざした幼い子に、ちゃんと伝わるように。
ゆっくり
優しく
「小十郎は、梵天丸様のことをとても愛しく思っております。それが故に、少しでも立派な主君になっていただきたく、厳しく接しているのです」
小十郎は、歪んで行く梵天丸の顔を焼き付けるように見つめた。次第に嗚咽が零れ落ち、梵天丸は小十郎にしがみ付くように抱きついた。
ずっと我慢していた想いが零れ落ち、心が悲鳴をあげ大地がうねりをあげる。
それでも梵天丸は泣き止むことなく、小十郎はただ一身に大切な主君の小さな体を抱きしめた。
それからというもの、梵天丸は畑仕事に精を出すようになり、小十郎も小十郎で梵天丸の為に美味しい野菜作りを研究するようになった。
和尚の処での修行が終わり、城へ帰宅した梵天丸は、小十郎にある命を出した。
「小十郎!城内にも畑を作るぞ!俺とお前の畑だ!!」
あれから十年の月日が経過した。
中庭に設置された双竜の畑は、今もなお当時のままの姿を残している。
そして其処には、何時いかなる時も、政宗の為に野菜を育てる小十郎の姿があった。
暑いとは判っていても、それでも暑さという不快感を勝るものがその縁側から見ることが出来る。
「たまには野菜ばかりじゃなくて、俺にも構えよな…小十郎」
ぽつり呟かれた言葉は、はたして右目に届いていたのだろうか。ふと顔をあげた小十郎は、政宗を見つめ当時のままの柔らかい笑みを浮かべた。
政宗だけが知っている、誰よりも優しい笑顔だ。
prev bkm next