スマートフォン解析 政小 短編 | ナノ
嫉妬する主
それは突然の出来事だった。
朝から右目の姿を見かけず、今日も今日とて愛しの野菜畑に精を出しているのかと、少しだけ拗ねてみせる。
とはいえ、拗ねる原因となっている本人が傍に居ないのだから、拗ねたところで、あまり意味が無い。
朝から書類の山に囲まれ、嫌いな業務に精を出す羽目になった奥州の竜は、この場に居ない愛しい右目に苛立ちを募らせていった。

「小十郎様、お早うございます!!」
「ちーす!片倉様!!」

柄の悪い声が襖の奥から聞こえ、縁側に面している廊下を歩く足音が聞こえてくる。それがだんだん近づいて、ピタリと止まれば、障子紙に映し出された人影に政宗はニンマリ笑みを浮かべる。
先ほどまでの機嫌の悪さは、どこへやら。
障子の奥には、畏まって政宗の許可を待っているであろう──片倉小十郎が姿を現しただけで、こんなにも心が弾む。
他国に恐れられている独眼竜が、こんなのでいいのだろうか。
ふと疑問が過ぎるが、今はようやく己の元に戻ってきた右目の事だけを考えよう。

政宗は平常心を装い、障子の奥に待機している男に入室の許可を言い渡した。

「入れ、小十郎」
「はっ」

切れのよい返事が聞こえ、静かに障子が開かれる。
其処には政宗でしか見る事の出来ない、柔らかい笑みを浮かべた右目の姿があった。

「お早うございます、政宗様。朝の挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした」

思わず息を込みこむほど、姿勢正しい綺麗な動作で小十郎は頭を下げる。家臣のお手本とも云われているだけに、思わず見惚れてしまう。

「堅苦しい挨拶は無しだ」

短めに云い放ち、顔をあげ言葉を紡ごうとする右目の唇に指を添える。思わず何事かと、小十郎は政宗を見つめれば、その眼の奥に潜む欲望の炎を見つけ思わず目を逸らした。
逃がさないとばかりに、政宗は小十郎の両頬に手を添えると、自分の方に顔を向けさせ、口角をキュッと引き上げ笑みを作る。

「やぁっと、俺の元に戻ってきたんだ。逃がさないぜ、小十郎」

熱い吐息を肌で感じ、昨夜の出来事が小十郎の頭を過ぎる。それを頭の中から消し去ろうとしても、体はしっかり覚えていた。
政宗の吐息の甘さも、その手により翻弄され乱れきった己の姿も。

泣いても許されず、縋れば甘い吐息と共に紡がれるのは、自分の名前。

政宗様
政宗さま
まさむねさま

何度も何度も呼び叫び、もっともっととせがむ。その姿は、醜悪で。それでも、必死にただただ、政宗の名を呼んだ、あの晩。

小十郎
こじゅうろう
かげつな

決して呼んではくれなかった、本当の名を呼ばれ。小姓時代の政宗様のお父上との関係を否定して、小十郎としか呼んでくれなかった、あなたが初めて呼んでくれた本当の名。
もっともっと、聞きたくて。縋り泣き叫び、あなただけを見つめていた。

「………小十郎?」

名を呼ばれ我に戻った小十郎は、慌てて顔をあげた。そこには、小十郎を心配している政宗の姿があった。昨夜見せた、あの野獣のような力強さは、今の政宗の目には宿されてはいない。

「いいえ…何でもありません」

誤魔化す様に顔を背け、膝の上に置かれた自分の拳を見つめる。ふと手首に視線を落とした瞬間、小十郎は息を飲み込み、思わず政宗を睨み付けた。

「ま、政宗さま!」
「どうした?」

小十郎の云いたい事は、分かっているのだろう。口角をキュッとあげ、ニヤニヤしながら政宗は小十郎を眺めている。
耳を真っ赤に染め、小十郎は一度飲み込んだ言葉を続けた。

「あれほど、人に見える場所に、このような痕を残さないでほしいと云った筈ですが!」

そういう小十郎の手首には、昨夜、政宗が残した余韻がくっきり痕をつけていた。それを見つめ、政宗は小十郎の腕を引きニヤリと笑った。

「お前は俺のモノだっていう証だ。文句を云うなよ、小十郎」
「しかし…っ」

小十郎は政宗の腕から逃れようとするが、政宗は逃すまいと更に力を込める。そして小十郎の耳元で、静かに囁いた。

「…親父よりも俺の方がいいって事をその淫乱な体に叩き込んでやる…なぁ、景綱」
「……っ」

政宗の言葉に、小十郎は体中の力が抜けていく感覚を覚えた。

遠い遠い昔の話。
それはまだ、小十郎が輝宗の小姓だった頃の話。政宗が知る筈もない事なのに。
それでも、知られてしまったと判った瞬間。小十郎の体を駆け巡ったのは、絶望ではなく歓喜だった。
ただただ
政宗が2人の関係を知って、嫉妬してくれた事が嬉しくて。同時にそんな自分に、ひどい嫌悪感も抱いていた。
それを上回る程の歓喜が、小十郎の中に溢れ出していた。
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