スマートフォン解析 政小 短編 | ナノ
飢えた竜
『まるで飢えた竜だ』

真田の烏は哀れな者に対し嘲笑うように呟いた。
男は子憎たらしい忍びに睨みを利かせるが、忍びは三日月を連想させる口元を更に引きつらせるだけ。
哀れ哀れとせせら笑う声を残し風と共を消し、残された男は苦々しい表情を浮かべながら眉間のシワを深めるしか出来ずにいた。



奥州には竜が居る。
一体誰が言い始めたことだろう。それはいつの間にか戦国の世に浸透し、その事柄を知らぬ武将など居ないほど当たり前の真実になっていた。
青き竜と呼ばれし奥州の覇者は、気だるそうに山積みになった書簡を見つめている。
書簡の山。中には国の状勢を左右する内容や、はたまた悪友から送られた他愛ない話など、全てひとまとめに積まれているのだ。
ここまで溜めた自分が悪いと分かっていても、政宗は理不尽な苛立ちを隠そうともせず山を睨み付けるだけで手を動かさない。普段なら腹心である片竜こと片倉小十郎の小言が飛んでくるものだが、生憎彼は遠方に赴き不在である。そのため、苛立ちを隠そうともしない主君の尻を叩き職務を全うさせることが出来る者が不在なのだ。
実際には政宗を幼少から知っている伊達家重臣達ならば可能だが、殆んどが政宗が赤子の時から存じているため彼を甘やかす傾向がある。中には、ことなかれ主義者なのかあえて小十郎が帰宅するまで放置する重臣もいるとかいないとか。
最終的には、鬼庭の雷が落ち不機嫌なまま職務をこなす政宗の姿を見ることになる。その前に片倉が早く帰ってくる事を政宗の幼少から付き合いがある伊達成実は願っていた。
彼は政宗とは同じ師の元で勉強し生活してきた仲である。元々複雑な伊達家の血統、大雑把にひっくるめば『近い親戚』という仲だ。幼少からお互い遠慮なしの付き合いをしてきた。
それ故に、彼は政宗が不機嫌になるとナニが起きるのか誰よりも熟知している。そしてその被害の大半は成実が背負うことになるのも彼は重々承知していた。

―――確か前回小十郎の帰宅が遅れた時は、本気で剣の稽古に付き合わされたっけ……。

竜の爪を意識した六本の刀を振り回す主君に苦戦したのは記憶に新しい。
成実は遠い目で生々しい記憶を脳裏に浮かべた。うっすら彼の目尻に光るものが見えたのは気のせいではないだろう。

政宗曰く
「ちょっとしたplayだ」

聞き慣れぬ南蛮語混じりの言葉を言われた成実は、口元を引きつらせるしか出来ずにいた。
口では「稽古」と言いながら、成実を見つめる政宗の目は獲物を前にした獰猛な竜そのものにしか見えなかったからだ。
政宗自身、成実憎さで付き合わせている訳ではない。本当にちょっとした稽古のつもりなのだ。
生憎のところ、小十郎が居ないために彼自身精神のバランスを保てずにいるだけなのだ。

奥州の双竜は常に共にある。引き裂く事は出来ぬ。

それはただの言葉ではなく、警告の意味も含まれている。
互いに寄り添い依存し合い双竜は存在しているのだ。

だからこそ片方が消えてしまえば、残された片竜は心を乱し天高く吼え地を這い暴れだす。こうなってしまえば、例え普段政宗を叱咤している鬼庭でも止めることは出来ない。
今回は、小十郎が遠方に出掛ける許可を政宗が出したので被害は成実の胃と溜まりにたまった書簡程度で済んだ。
成実は追加の書簡を手に、胃をキリキリさせながら政宗の執務室へ向かった。
多分―――いや、確実に仕事は減っていないだろう。
最悪、また稽古に誘われるかもしれない。その時、どう断るべきか。と成実は悶々と考えていた。
断るという選択は、政宗の身内である成実なら無条件で存在する。ならば何故彼はそれを行わぬのか。
答えは簡単だ。彼自身、政宗にとんと甘いのだ。
自分より一つ年上の従兄弟殿が幼少の頃にどんな仕打ちを受けたのか、成実はすぐ側で見ていたから知っていた。そしてそれらが結果として歪んだ双竜主従を作る要因になった事も理解している。
何より、奥州筆頭として政宗がどれだけの重圧を受けているか―――間近で見ていた成実だからこそ、出来ることなら彼の力になりたいのだ。

自分が犠牲になれば、少しは政宗の気もまぎれるだろう。
成実は内心半泣きになりながらも、とうとう到着してしまった主君の執務室の前で立ち止まった。
中から禍々しい雰囲気を肌で感じるが、敢えてそれを気にしない振りをしながら成実は障子をひいた。



『ひとっ走り武田に行って、赤いおっさんにこれ渡してこい』

敬愛する主君から任務を言い渡されたのは、今から一週間前のこと。
打倒魔王信長の旗を掲げた奥州は、同じく信長を倒し戦国の世を切り開くと宣言した甲斐の武田と手を組むことになった。
他にも四国やらの武将と繋がりを深め、打倒信長計画は着々と進行している。
そんな中、どうしても重要な出来事が起きてしまい、政宗は甲斐の武田信玄にとある手紙を綴り、それを最も信頼できる腹心片倉小十郎に託した。
草を使う手もあるが、豊臣や松永達の動きも用心深く見なくてはいけないため小十郎が使者として武田に行くことになったのだ。
政宗からの密偵を受けた小十郎が甲斐に到着したのは、今から二日前の事である。

「長旅で疲れただろう。甲斐の温泉で疲れを癒すとよい」

武田信玄は政宗からの手紙を拝見すると、小十郎を来客として手厚く歓迎した。どうやら政宗からの手紙には、国の話だけでなく小十郎の事も書いてあったようで。
政宗からの手紙を信玄の後ろから盗み見した佐助は、手紙と小十郎を交互に見つめ可哀想な者を見る目で彼を見つめた。
武田信玄の手前。小十郎は思い止まったが、此処が甲斐でなければ佐助を叩き切っていたであろう。うっすら小十郎の眉間に青筋が浮かび上がったのを確認したのか、信玄は振り向くことなく自分の肩口から手紙を盗み見する手癖の悪い忍びの額にでこぴんを食らわせた。

手厚い歓迎を受けながらも、感謝はするものの小十郎の本音は早く帰りたい一心であった。
政宗の性格上、小十郎の監視の目がなければ職務を全うするとは思えない。最悪、四国にいる政宗によく似た鬼が誘いに来て城を抜け出すかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられない気持ちになるのだ。

破天荒な政宗の背を守れるのは小十郎しかいない。
これは周りだけでなく、小十郎自身も自覚している事だった。

城内ならまだいい。草の目が光っている上に腕利きの武将が常に政宗の側にいる。
だが、城下に降りてしまったら?

悶々とした考えが小十郎の思考を蝕んでいく。
いっそうのこと、武田信玄公に頼み帰らせて貰おうかと考えたが、彼からまだ返答を綴った手紙を手渡されていない。目的を果たせず国に帰れば、政宗を守る事は出来るが小十郎を信頼し重要な任務を託してくれた彼の顔に泥を塗る事になる。
ただの家臣が他国とはいえ国主を急かす訳にはいかず、滞在期間中、小十郎は一人悶々としていた。

甲斐に到着してから五日経過した頃。
小十郎は武田信玄の家臣である真田幸村に誘われ城下町を探索することになった。
普段から見廻りをしているのだろうか。
幸村は馴染みの店の前を通ると
「此処の草団子がいっとう美味しいでござる」やら
「此処は若い夫妻が営む飯屋でござって云々」など小十郎に説明していく。
心なしか食べ物に関する店ばかり紹介されている気がするが、幸村を見かけ嬉しそうに駆け寄る子供や彼に何か(食べ物だろうか)を手渡す村人の姿をよく見かけた。
皆嬉しそうに幸村に話しかけ、幸村も嬉しそうに彼らと接している。こうした光景を見つめる小十郎の口元はうっすら緩んでいるのを佐助は見逃さなかった。

城下町探索を終えた三人(内一人は物影から二人を見守っていた)は、今日は楽しかったと互いに礼を述べると各々が自分の帰るべき場所に戻るため別れを告げる。
城内へ戻ろうとした小十郎の背を見つめ、ふと幸村は声をかけた。

「片倉殿」

「ん?」と幸村の声に反応した小十郎が振り向くと、先程まで子供のような無邪気な笑みを浮かべていた幸村はそこには居なかった。
小十郎の視線の先には、武田の武将である真田幸村その人の姿があった。
思わず小十郎も緩みきった口元を引き締め、幸村を見つめ返す。
小十郎から視線を反らさぬまま幸村は口を開いた。

「――――――」

幸村の言葉に、小十郎は目を見開き驚きを隠さぬままその場に立ち尽くした。

「……か、片倉殿?」

小十郎の意外な反応を受けて、今度は幸村が困惑を隠せず慌てふためいた。そこにいるのは、城下町を探索していた年相応な幸村である。
幸村の様子に気が付いていないのか、小十郎は左手で顔を覆うと肩の力を抜き項垂れた。
小十郎の反応を見た幸村が更に困惑し慌てるが、これを気にもせず小十郎は肩を震わせ。

「……クックックッ」
笑い出した。

「片倉殿?気でも狂いましたか?」

困惑しているのだろう。普段の幸村からは想像できない失礼極まりない発言を聞き流し、小十郎はゆっくり顔を上げるとこの様子を窺っているであろう真田の黒い鳥相手に怒鳴り散った。

「おい!真田の忍び!!」

見ているのだろう。高みの見物など止め出てこい!!
さもないと叩き切る!!

何を切りつけるか言わぬ所が片倉小十郎らしい。
そう思いながら、呼び出された真田の忍びは風と共に二人の前に姿を現した。
そして小十郎の怒りの理由を知っていながら、飄々といった様子で首を傾げる。

「やだなー、片倉の旦那。そんな怖い顔しちゃって、俺様びびって逃げ出したくなっちゃうよ?」
「元よりこの顔だ。それより話がある、面貸せ。駄目なら叩き切る」
「おー怖い怖い」

緩みきった口元で飄々と答える佐助に、小十郎は苛立ちを隠すことなく話続ける。
その場に取り残された幸村は、ただただ唖然とするだけだった。



『真田の旦那に聞かれちゃまずい』

耳元で囁かれ気が付けば周りの視界が揺らいだ。強い風に煽られ無意識に瞼を閉じゆっくり開けばそこは先程まで居た場所ではなく―――緑が生い茂った森の中だった。

「……まるで神隠しにあった気分だ」

不機嫌を隠さずぼやく小十郎に、佐助は「そりゃ忍びですから」と噛み合わぬ返事をする。
相変わらず食えぬ忍びだ。小十郎は目の前に立つ迷彩服の忍びに心の中で悪態ついた。

「そりゃ忍びは食えぬ存在だよ。片倉の旦那や真田の旦那とは立場が違うの」

小十郎は吐き出された感情の籠らぬ言葉に目を見開いた。無意識に口に出ていたのかと思えば、佐助は小さく笑い「違う」と手を振る。

「あんたの顔に書いてあるんだよ。普段の片倉小十郎ならあり得ないことだけど」

―――やはり片竜と離れて不安なのかね。

そう囁いた佐助の口元は更に口角を釣り上げ、まるで三日月のようだと小十郎は思った。
彼の笑顔は異様な違和感があり、小十郎は好きになれなかった。無理もない。佐助の笑みは、口元だけなのだ。
目は笑っておらず、淡々と目の前の獲物が隙を見せるチャンスを待っている。これは佐助に限らず、どの忍びでも言えることだろう。

(越後には例外もいるが……)

愛する主君の為に偽りなく生きる忍びが脳裏に浮かんだが、小十郎はそれをかき消して目の前の忍びを睨み付けた。
睨まれた佐助は、怖い怖いと肩を震わせるが本心ではないのだろう。余裕が窺える。
小十郎は茶番に付き合う気は無いと言わんばかりに佐助に睨みを利かせたまま言葉を発した。

「武田信玄公より承った手紙を渡せ」

「何のこと?」
不思議そうに首を傾げる佐助に、小十郎は予想通りと言わんばかりに溜め息をこぼした。
此処で引くわけにはいかない。先程真田に言われた言葉が脳裏に浮かび、小十郎は込み上げる怒りを押さえ付け更に言葉を続けた。

「真田が言っていたぞ。信玄公はお前に託したと。そしてこうも言っていた」

脳裏に浮かぶのは、敬愛する主君が今一番お熱になっている永遠の好敵手真田幸村の姿。
彼はあの時、小十郎にこう話したのだ。

『政宗殿の手紙によれば、片倉殿は我が武田の視察に赴いたと書かれていたでござる』

小十郎は初聞きであったがさほど驚きは無かった。政宗の性格上、口に出した成果以上を小十郎に求める節がある。そしてまた、小十郎も政宗の予測以上の成果を成し遂げる事を決めている。
故に、ただ小十郎を手紙を渡すためだけの使者として行かせたわけではないと解っていたのだ。
小十郎が驚いたのはそのあとの言葉だ。

『片倉殿は甲斐の様子を納得してから帰還するように告げてある。と書かれていたのだが……』
『……はぁ?』

さらに付け加え『片倉殿に託す手紙は佐助に任せておりますゆえ、もう手渡された筈』
と真田幸村は半ば睨みを利かせ言い放った。

何かあるとは思っていた。
突然、幸村から「城下町の探索に行きましょう」と誘われた時、小十郎はただ気晴らしに誘われた訳では無いと察していた。だが、理由は分からず更に小十郎自身も政宗の身に影響がない事柄は無理に追求しない性格のため気にしていなかったのだ。

手紙はすでに用意されていた。
ただそれを佐助が小十郎に手渡さなかっただけなのだ。

小十郎は苦虫を噛んだような表情を浮かべ忍びを睨み付けた。
「バレてたのか……」と飄々と言い放つ無責任な忍びに、小十郎は鞘から剣を引き出すと佐助に剣先を突き付けた。

「返答次第では切る」

佐助を写し出す焦げ茶色の瞳には、怒りの炎が垣間見れた。それを察した佐助は、やれやれといった具合に肩を上下に揺らすと胸元から白い紙を取り出し小十郎に差し出した。

「はい、お館様からの手紙」

だから物騒なものはしまってよ。と笑う佐助に、小十郎は凄みを増して睨み付ける。
佐助の真意が掴めない。だが、これだけは分かっている。
この忍びは危険だと。いずれ政宗に悪い影響を及ぼすと―――。
視線を離さない小十郎に、佐助は喉の奥から声を発するように笑った。

『まるで飢えた竜だ』

真田の烏は哀れな者に対し嘲笑うように呟いた。
小十郎は憎たらしい忍びに睨みを利かせるが、忍びは三日月を連想させる口元を更に引きつらせるだけ。
哀れ哀れとせせら笑う声を残し風と共を消し、残された男は苦々しい表情を浮かべながら眉間のシワを深めるしか出来ずにいた。

手紙を手渡された小十郎は、長らく世話になってしまった信玄に謝罪し甲斐を後にした。
謝罪された信玄は、全てを見透かしている化のように「此方こそすまなかった」と笑っていた。

小十郎は急いで奥州に向かった。きっと主君は首を長くし小十郎の帰還を心待ちにしており、残されていた伊達家臣達は政宗の雷が落ちぬか日々不安であろう。
容易に想像できる光景に、小十郎は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。



まだ小十郎の帰還の報せは無い。成実は内心半泣きになりながらも、とうとう到着してしまった主君の執務室の前で立ち止まった。
中から禍々しい雰囲気を肌で感じるが、敢えてそれを気にしない振りをしながら成実は障子をひいた。


「梵!これ追加の……あれ?」

勢いよく開かれた先にあったもの。それは成実の想像していた光景そのものだった。
溜まりにたまった書簡の山と不機嫌そうな政宗の姿。
なのに違和感があるのは、そこに本来いるべきではない人物の姿があったあったからだ。

「あ、俺様用事済ませたから帰るね!じゃ、またね!竜の旦那」

成実の視線の先。そこには迷彩服を着た紅葉を連想させる髪の忍びがいた。
見覚えはあるが、思い出せず成実は首を傾げた。伊達の忍びでないのは確かだ。どこの忍びだろう。
成実が悶々と考えていると、不機嫌そうな声が下の方から聞こえてきた。

「……あれは真田の忍びだ」
「あ!そうだ、思い出した!真田幸村といつも一緒にいる忍び……ってあれ?」
「……もう居ねえよ」

不機嫌そうに政宗の口から吐き捨てられる言葉に、成実は胃をキリキリさせながら腹を擦る。

―――何故、真田の忍びが居るのか聞いても大丈夫だろうか。

成実はふと浮かんだ疑問をかき消した。
多分、それを聞いたら竜の逆鱗に触れる。そう思うくらい政宗は不機嫌そうなのだ。

「……忍びに言われずとも分かってる」

小さく呟かれた言葉は、成実の耳に届くことは無かった。


今から数日前。真田の忍びが政宗の所に姿を現したのは、月夜の美しい夜だった。
こんな時間に訪問するとは斬られても文句は言わせないぞ、と言わんばかりに不機嫌そうな様子を隠さない政宗に、佐助は任務だよと慌てた様子を見せた。

「お館様からの手紙」
そう手渡された物を見て、政宗は表情の険しさを増していく。
「何でだよー」と分かりきっているくせに知らぬふりが巧い忍びに、政宗は差し出された手紙を受け取り―――

細かく破いて天高く放り投げた。

「あーーー!!」

舞い散る白い紙吹雪を浴びながら佐助は驚愕の様子を隠すことなく叫び出す。唖然とする佐助に対し、政宗は不機嫌な様子をやはり隠すことなく言い放った。

「手紙は小十郎に言い渡した命令だ。あいつ以外からは受け取るわけ無いだろ」

お前が手渡すなら小十郎をさっさと返せと、口に出さずとも醸し出す政宗に佐助はうっすら苦笑いを浮かべると、ゆっくり口元に笑みを浮かべこう言った。

「まるで飢えた竜だね」

佐助の言葉に政宗の眉が微かに動く。
佐助は更に言葉を続けた。

「互いに依存し合いながら生きていくのはあんた達の勝手だから俺様がいちいち苦言することじゃない」

―――だが。

一息ついて、佐助は口を開いた。

「このままじゃ、片倉の旦那を食らって殺しそうな勢いじゃないの?」

深みのある口元と深い闇を秘めた眼を前に、政宗は息を飲み込み押し黙る。
普段の彼なら、そんなことを言われても相手にしないか問答無用で斬りつけ黙らせるだけだ。
しかし、今の政宗は違う。佐助の言葉を否定も固定もしてくれる小十郎がこの場にいないのだ。
政宗が押し黙っていることをいいことに、佐助は更に言葉を続けた。

「いい機会だから、今のうちに離れる事になれたら?」

―――片倉の旦那は俺様が引き留めてあげるから。

そう言い残し佐助は部屋を後にしようとした。

「……真田のこと以外どうでもいいと思っているお前らしくないな」
「たまには、ねー」

しかし背中越しに投げ付けられた政宗の言葉を受け、一瞬動きが止まるのを政宗は見逃さなかった。
追い討ちをかけるように、政宗は腹の底から這い出すような声で飄々とする忍びに言い放つ。


「同じ穴の狢だろ。お前は俺を自分と重ね見てるから、痛々しくて嫌なだけだろ」


政宗が小十郎に依存するように、佐助もまた幸村に依存している。
政宗の指摘に、佐助は振り向くことなく口笛を吹くと空高く飛んできた大鳥の足を掴みその場を後にした。


政宗は佐助が嫌いだ。
佐助もまた政宗を嫌っている。
互いに立場は違えど、似ているからこそ互いに自分の嫌な部分を垣間見てしまうのだ。
政宗は空の彼方に消えた自分によく似た忍びを睨み付け、開いている障子を不機嫌そうに閉じるのであった。
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