スマートフォン解析 政小 短編 | ナノ
最後の夜
何時も何時も

心身ともに弱まっていた幼子を──身を挺して守ってくれた。

ただでさえ武士の出では無いという理由から、周りからの風当たりは強かったろうに。

それでも、あの子は私の大切な息子──梵天丸を守り愛情いっぱいに育ててくれた。

嫌な顔せず。ただただ、幼子が安心できる無償の安らぎを与えてくれた。そんな子を愛しいと思わない訳が無い。

「景綱…今宵、最後に一度だけ…一緒に寝ようか」

弱く幼かった梵天丸が、力強い跡継ぎになる事を決意し政宗へと名を変えた──元服の日の夜。今夜で最後にしようと、輝宗は小十郎を呼びつけた。
小十郎が輝宗の小姓になったのは、14歳の頃。養子先から追い出され、心身ともに傷ついた弟を案じた姉の計らいだった。

徒小姓として選ばれた小十郎は、色小姓として迎えられた訳では無いので、本来なら主とこのような関係になる筈はなかった。
輝宗は温厚で穏やかな人だ。拒もうと思えば、徒小姓としての立場を理由に拒むことは出来る。
しかし、小十郎は自らの意思で、輝宗を拒もうとはしなかった。誰にも必要とされなかった自分を輝宗だけは迎え入れてくれた──恩義を感じていたのか、はたまた──。

清潔感のある真っ白な寝間着で身を包み、小十郎は輝宗の待つ奥の部屋へと足を進める。
毎夜の事だが輝宗の元へいく度に云いようのない緊張感が小十郎を襲うのだ。目的の場所に到着した小十郎は、ゆっくり膝を曲げ腰を下ろすと、襖に手をかけ少しだけ開けた。

「輝宗様…小十郎でございます」
「うん、待っていたよ。早く入りなさい」

中から聞こえてくる優しい音色の声。それを合図に、小十郎はゆっくり襖を開ける。部屋の奥には、褥の上で小十郎を待ち続ける主の姿があった。

手にしていた書簡を丁寧にまとめると、褥の横に放り投げ小十郎に体を向ける。柔らかい微笑みは、普段とは全く変わらず優しい印象を与えてくれる。

──だが。

「……もう、小十郎は要りませんか?」

小十郎にとって、その笑顔は何よりも残酷なものにしか映し出されなかった。
「小十郎…今宵、最後に一度だけ…一緒に寝ようか」
その一言が、じわじわと小十郎の心を蝕んでいった。今すぐに、主のお心が知りたい。そう思った小十郎は、ゆっくり足を進め輝宗に言葉を投げかけた。

初めは、小十郎の言葉の意味が分からず輝宗は首を傾げた。だが、小十郎の切羽詰った表情を目の当たりにし、今朝方自分が述べた言葉の意味を尋ねていることに気がつくと、覚悟を決めたように小さく溜息をついた。

「それは違うよ、景綱。私にとって、お前は何時までたっても可愛い子だ」

珍しく愚図るようにボソボソと言葉を紡ぎ出す小十郎に、輝宗は困ったように笑みを浮かべ小十郎の頭を優しく撫でた。まるであやす様に優しく触れてくる手の温もりに、小十郎は自然と目を細めていく。

「景綱。お前は、もう梵…じゃなかった。もう政宗か」

輝宗にとっては、心の何処かで梵天丸のままのようだ。それではいけない、輝宗は軽く首を振ると、気を改め小十郎に向き合った。

「お前は、今日から正式にあの子だけの”小十郎”になったんだ。だから、私が景綱を束縛できるのは、今宵だけ…」

優しい声は、誰よりも残酷な言葉を紡ぎ小十郎の心を傷つけていく。ほかの小姓と比べ落ち着きがある小十郎だが、まだ所詮は十代の若者。堪え切れず溢れ出す涙を止める術を持ってはおらず、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていく。

「景綱…私の愛しい子。お前にしか、私の大切なあの子を任せる事は出来ない」

輝宗は、涙を流しながら静かに泣く小十郎に手を伸ばし、優しく包み込むように抱きしめた。抵抗することなく、すっぽり腕の中に収まった小十郎は小さく震えている。

「政宗を頼んだよ…景綱」

何時も何時も

心身ともに傷つき自暴自棄になっていた俺を助け出してくださった優しい主。

ただでさえ、武士の出では無いという理由から、俺を取り入れることで周りからの風当たりは強かったでしょうに。
それでも、彼方は俺を抱きしめ、たった1人の主を──彼方の息子を俺に預けて下さった。

ならば、俺は…──

「小十郎は…彼方から受けた愛情を──政宗様に返します。彼方から頂いた優しさをたった1人の主へ還します」

嫌な顔せず。ただただ、幼子が安心できる無償の安らぎを与えてくれた。そんな方を愛しいと思わない訳が無い。
だからこそ。今宵で終わりにします。彼方を想い、心奮わせるのは。

「有難う…小十郎」

優しい闇が月を隠し、辺りは静かな闇に飲み込まれていった。とめどなく溢れる涙は、静かに褥を濡らしていった。
prev bkm next

[ top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -