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しかし佐助としてみれば、小十郎の事を気に入っている面もあり此処まであからさまに警戒されると、正直少し寂しいと思う部分もあるようだ。気まずい空気が流れる中、その空気を掻き消そうと小十郎は口を開いた。
手にしていた鍬を地面に下ろすと、警戒しつつも何処か穏やかな表情を見せる。
そんな小十郎に、佐助もにっこり笑みを浮かべた。
「ところで、政宗様が真田に何を吹き込んだって?」
「あー、うん。鳥喰おう鳥って合言葉らしくてね、その言葉を云うと相手がお菓子をくれるんだって」
「意味がわからないよね」と苦笑いを浮かべる佐助に、小十郎は「全くだ」と頷いた。そして佐助は更に言葉を続けた。
「それで、相手がお菓子を持っていないと悪戯してもいいんだって」
「…なんだ、そりゃ」
悪戯の真意が判らず思わず佐助を見つめる小十郎。見つめられた佐助は、ほんのり頬を赤めると、辺りを見回しゆっくり小十郎の耳元に顔を近づけた。
無意識のうちに小十郎も体を屈める。佐助は小十郎の耳元で何処か気恥ずかしそうに小さく囁いた。
「そんでね、俺様。昨夜お菓子持ってなかったら旦那に悪戯してもらっちゃった」
ニコニコ嬉しそうに話す佐助に、小十郎は不思議そうに眉を顰めた。
そして何か考え込む小十郎を放置して、佐助は昨夜の出来事を思い出しニヤニヤ口元を緩めたり、顔を真っ赤にして両手で顔を覆い隠したり、挙動不審な行動を見せている。
そんな佐助に小十郎は「悪戯っていうのは、物隠されたり寝ていたら顔に落書きされたりするアレの事か?」と尋ねた。
小十郎にとって悪戯というのは、政宗が梵天丸と呼ばれていた頃に仕掛けられた【子供の悪戯】しか思い浮かばなかったのだ。
そんな小十郎に、佐助は思わず口角を引きつらせる。しかし直ぐに表情を緩め、ニコニコしながら小十郎の肩を叩いた。
「やだな〜、右目の旦那ったら!夜仕掛けられる悪戯といえば…アレしか無いでしょ」
「……顔に落書きか?」
「違うよ。傍に布団があるんだから、夜の悪戯といえばアレしか無いでしょ」
「………………?」
本気で判らないと困ったような表情を浮かべる小十郎に、佐助は呆れながらも小さく溜息1つ。
そして「しょうがないな」と呟くと、背伸びしてもう一度小十郎の耳元に自分の唇を寄せた。
息を吹きかけるような囁きに、くすぐったいと小十郎が身構える。そんな初心な様子に、佐助は小さく笑みを浮かべると小十郎の疑問を吹き飛ばす言葉を告げた。
「夜伽とかアンタ達はしないの?」
佐助の言葉に小十郎は可哀想になるくらい、全身真っ赤になってしまった。その様子に、佐助は「本気で判らなかったんだ」と云いながら子飼いの鳥を呼び出した。何処からとも無く現れた大きな鳥の足を掴んだ佐助。どんどん上昇していくその姿を忌々しいという目付きで睨み付ける小十郎の顔は真っ赤だった。
「御免ね片倉さん。竜の旦那によろしく〜!」
そう云い残し佐助はその場から姿を消した。残された小十郎は、昨日の出来事を思い出しその場に座り込んでしまった。
昨日の夕刻。政宗が小十郎の部屋にやってきた時の事だ。
しきりに聞きなれない南蛮の言葉を云っていたのだが、今思えばあれは「鳥喰おう鳥」だった気がする。
そしてその言葉の意味は、決して「鳥を食おうぜ」という意味では無く…。
そこまで考えた途端、溢れ出し羞恥心から思考は遮られてしまった。
あの日、あの時。
政宗は意味がわからず首を傾げる小十郎に、こう云ったのだ。
「菓子はどうやら持ってないようだな。だったら今から付き合え」
しかしその日は政宗が政務をサボったという事もあり、溜まりに溜まった仕事の処理に明け暮れておりそれ処では無かったのだ。
付き合えと云う政宗に小十郎の雷が落ちたのは云うまでも無い。そして今現在政宗は拗ねて自室に篭っていた。
始めは拗ねた理由は「仕事を無理やりやらされたせい」だと思っていたが、もしも先ほどの佐助の言葉が正しいのならば。
そう思った小十郎の行動は早かった。