スマートフォン解析 政小 短編 | ナノ
匂い
我らの殿様の「右目」に対する執着心の強さというものは、伊達軍内外問わず知られている。伊達軍の中でそれを知らなければ、モグリとさえ云われる程だ。

幼少の頃から共に育ってきたという点もあり、また親の愛情をあまり受ける事が無かった幼少時代に常に側にいて膨大な愛情を注いだのは、右目こと片倉小十郎その人でもあった。
寂しがり屋な部分もある殿様は、そんな右目を何処に行くにも連れ回していく。
次第に周りに対し『それが当たり前なのだ』と思わせるようにもなっていった。
少しでも姿が見えなければ職務を放棄して小十郎を探し回ったり。無論、見つかれば見つかったで人目を憚らず抱きしめて熱い抱擁は当たり前。

勿論の事だが、執務を放棄したと分かれば先ほどまで羞恥心からだろうか。顔を真っ赤にしていた小十郎の表情は直ぐに右目のモノへと変化し、鋭い目付きで政宗を見つめ苦言を飛ばす。

毎日がこの繰り返し。

それでも、それはそれで良い気がする。何時の間にかそれが伊達軍の日常へと変化していったのだ。
今朝も、何時ものように政宗に呼ばれたのであろう。書類と巻物を片手に、殿の執務室へ向かう小十郎とすれ違った。
此方に気がつくと、小十郎は軽く会釈して横を通り抜ける。此方も軽く手を上げて挨拶をする。

すれ違った瞬間、小十郎から仄かに香る匂いに顔を上げた。
何時もとは違う、彼らしからぬ匂い。正体が分からず首を傾げながらも薄暗い廊下を歩く。
喉元まで出掛かっているのだが、匂いの正体が分からない。歯がゆさから眉間の皺も更に深くなる。
何時の間にか唸っていたのだろう。廊下を歩く最中にすれ違う家臣たちは不思議そうに振り返っては此方を見ていた。だが、思考を巡らせていた成実はそれに気がつかなかった。
午後から定例会議の為に大広間へと向かう。途中煙い匂いが風に吹かれ鼻を掠めれば、霧のかかっていた思考がはっきりと見えてきた。

「あぁ、そうだ!煙管の匂いだ」

一人納得し拳で掌を叩けば、驚いたように煙管をふかけた人物が此方に視線を向けてくる。縁側に腰を下ろし悠然と風景を眺めていた人物は、右目に眼帯を付けていた。独特な風貌。少なからず、伊達軍で該当する人物はたったの1人。

「……梵。会議が始まるんだから、そんな処で座ってていいのか?また小十兄の小言が飛んでくるぜ」

呆れたように話しかけ隣に腰を下ろすと、相手は面倒くさそうに眉を上げ隣に腰掛けた人物に視線を泳がせる。

「藤五郎…そういうお前こそ、人の事は云えないだろうが」
「ま、確かにね。怒られる時は一緒に怒られてくれよ」

奥州筆頭に対して軽口を叩けるのも、成実を含めそうそう居ないだろう。
成実は心の隅でそう思いながら、煙管の煙を吐き出す政宗を見つめていた。
成実が黙って誰かを見つめる時、それは何かを訪ねようとして悩んでいる時だ。それを知っている政宗は、成実自身が口を開くまで黙っている事にしている。

すぐに視線を庭の方へ戻し、口から灰色の煙を吐き出す。
輪を作って空へあがる煙は、徐々に形が崩れ空中へ消えていく。その光景を見つめながら、政宗はもう一度煙管を口にした。

「……なぁ、梵」
「……An?」

重い口を開いた成実に視線を向ければ、成実は少し俯き加減になっていた。
政宗の膝を見つめるような視線のまま、成実は何処か言いにくそうに口を開いた。

「小十兄ってさ、常日頃、梵に煙管を控えるように云ってるよな?」

小十郎の話題が出たことによるのか、政宗の眉が微かに動いた。
常日頃、政宗の健康管理も携わっている小十郎は煙管の量を減らすように苦言していた。そんな小十郎自身は煙管自体、使用していない様子でもあった。

だからこそ、あの時。妙な違和感を感じたのだ。
成実がそう決心し顔をあげれば、不機嫌そうに顔を顰める政宗と視線がぶつかった。

本能的に顔を背けようとしても、政宗の右手が成実の顎を掴み固定されてしまったせいで動かせない。
泣きそうに目を潤ませる成実に対し、政宗は更に眉間の皺を深めていった。

「What?……何でお前が小十郎の事を気にかけてんだ?まさかお前、俺から小十郎を奪おうっていう魂胆か?あぁ?」
「いえいえいえ、違います!政宗様!!断じて違います〜!!!」

思わず敬語になってしまった成実は、腰が抜けそうになったが何とか堪え話を続けた。その間、政宗は顎から襟へ移動させ掴みあげていた。

「今朝方、すれ違ったとき!小十郎から煙管の匂いがしたんだよ!!だから気になって」

成実の必死な言葉に一瞬何かを考え込むような仕草を見せた政宗は、口元を緩ませ成実を解放した。開放された成実は咳き込みながら政宗を見上げている。政宗の表情は、何処か満足げに笑っていた。

「……ぼ、梵?」
「Ha!別にたいした事じゃねぇよ。ここ最近寒いから、毎朝恒例の水行をしてないだけだろ」
「……へ?それってどういう意味?」

不思議そうに首を傾げる成実には、小十郎から漂ってきた煙管の匂いと水行が一致しなかった。だがそれを分かっている政宗は、何処か愉快そうに笑いを噛み殺しながら成実の耳元へ唇を寄せ、甘く囁くのだ。

───…朝方まで一緒にいるから、俺の匂いが染み付いてんだよ。

ゆっくり離される唇。成実は思わず耳元に手を沿え、顔を真っ赤に染めた。その姿を満足そうに眺めながら、政宗は口元を歪ませるのだ。まるで獣のような、妖艶で貪欲な微笑み。

「ま、朝方まで俺が美味しく食べているんだから、俺の口内の匂いがついても可笑しくは無ぇよな」

満足そうに言い放ち、政宗はゆっくり立ち上がると定例会議が行われる大広間へと足を進めた。その場に残された成実だけは、動くことが出来なかった。
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