好きだと繰り返す
「好きです」真顔で告白されたお昼時。政宗は一瞬、自分の耳を疑った。
小十郎お手製の弁当を堪能していた政宗は、何を云われているか一瞬判らないと云わんばかりに眉間に皺を寄せた。
政宗が怪訝な表情を浮かべている間にも、小十郎はテキパキと手を止めることなく甲斐甲斐しく政宗の世話をしている。
だから先ほど云われた言葉の真意が掴めない。
「小十郎……いま、俺に好きって云わなかったか?」
ようやく脳内で先ほどの言葉の意味を理解できたのだろう。
恐る恐る尋ねて見れば、小十郎は照れた様子もなく真顔で「そうです」と答えるだけ。
清々しくも凛とした返事に、「あれ?俺は夢を見ているのか」と政宗は自分の頬を抓んでみた。
だが痛みはある。つまり夢ではないようだ。
「……小十郎、もう一度さっきの言葉をrepeatしろ」
「りぴーとですか?生憎、小十郎は南蛮語は理解できませぬ故」
「繰り返せって意味だ、OK?」
「成るほど、政宗様のお陰でまた一つ南蛮語をますたーしました。有難うございます」
以前に学習したマスターという言葉。
政宗から教わる事が嬉しいのか、小十郎は時々こういう可愛い一面も見せてくれる。
顔は泣く子も黙る893顔と回りは云うけれど、政宗からしてみればこんな可愛い一面もある小十郎は誰よりも可愛いと思える。
だがそれを他人が知ってライバルが増えるのは癪なので、誰にも教えない──秘密事の一つだったりもするのだが。
政宗が思いに耽っている間、小十郎は政宗の云う「先ほどの言葉をりぴーとしろ」という意味を考えていた。
りぴーと、即ち繰り返せ。
先ほどの言葉というと、政宗に問われ「そうです」と答えた言葉だと考えた小十郎。真顔でその言葉を繰り返したら、今度は何故か怒られてしまった。
「違う!そんなお約束はいらねぇ!」
「しかし、繰り返せ……りぴーとしろと仰られたではございませぬか」
何故政宗が怒っているのか判らない小十郎は首を傾げるだけ。
小十郎が仕事と畑以外に関しては、少しズレている部分がある事を政宗も重々知っていた。
そこも小十郎のチャームポイントだよなと、誇れるとも思っている。
だがしかし、今はそんな事を云っている場合ではない。先ほど小十郎が述べた「好きです」という言葉をもう一度云ってほしいのだ。
気持ちが通じず拗ねる政宗に、小十郎は政宗の幼少時代を思い出し懐かしさから思わず口元が緩んでしまった。
元服を迎え、大人へと成長を遂げてからというもの癇癪を起こす回数も減った主。その主が今こうして癇癪を起こしている。
懐かしさから、愛しいとも思える。
そんな小十郎の思いに気がついたのか、それとも気恥ずかしかったのか。政宗は顔を背けた。
「もういい」
「さようですか……小十郎は、そんなあなた様もお慕いしております」
小十郎の言葉に、政宗は驚いた表情を浮かべ体ごと其方に向けた。そして小十郎の両肩を掴むと、づいっと顔を近づけてこう云い放った。
「……小十郎、もう一度さっきの言葉をrepeatしろ」
prev bkm next