セカンド・デイ

/セカンド・デイ・アンド・オール・デイズ
 the basketball

 これは言ってやらないけどな、俺はお前に出会った時、すぐに、お前とバスケをしている自分を思い描けたよ。
「黄瀬ぇ!やんぞ!」
 チビのお願いに応えて、俺はバン!と大きく音を立ててボールを叩いた。
「ぇ・・っのぞむとこっスよ!」
 一瞬戸惑った表情をした黄瀬も、すぐにあの挑発的な顔になる。
 俺たちは相も変わらず、こうして繰り返している。飽きる日なんて、あの中学の日からずと、ほんとうは一度だってきた事はない。

 オフェンスとディフェンスを繰り返している。何本勝負とか、何点先取とか、そんなことは決めていない。いつもなんとなくだ。
 チビを脇の方に座らせて、時折ゲームの間に目に入れながら黄瀬とボールを追い掛ける。
 黄瀬のオフェンス。ドリブルからシュート・・に見せかけてドライブ、そのままレイアップ、俺のディフェンスをすり抜けクラッチ・・・どうにか俺は小指を擦らせて僅かにボールの軌道を反らず。ギリギリでリングに弾かれた。今の一連の動作のなかでいくつのフェイクがあった?レイアップでジャンプした後だけでも、3つはあった。ったく、本当に日本のバスケ関係者が今の黄瀬の姿を見たらどれほど悔しがる事か。相変わらず黄瀬のオフェンスには鋭さと底知れなさがある。
「クッソ!」
「ハッ、おしかったなぁ!けどっ」
 攻守交代、俺のオフェンス。俺たちの1on1にファウルストップなんてものは基本ないから、思いっきりガツンと特攻!
 現在の俺と黄瀬の大きな違いは、俺の職業がバスケットボールプレイヤーで黄瀬がモデルなこと、そしてウエイトだ。身長は両者伸びて、差はそこまで変わっちゃいない。しかし体重には歴然とした差があった。俺はかつてより随分ウエイトが増したし、黄瀬は反対にずいぶんと絞った。パワー勝負に出ると、確実に俺に分がある。黄瀬に対しては今だって、手加減してその明らかなウィークポイントを突かない、なんて半端は絶対しない。反対に、全力で、突く!
「っぐ、」
 モデルなんてこと一切忘れた、顰めて力みきった赤い顔。俺のプレッシャーにパワーでは勝てない事は分かっているから、重心の細かい移動やテクニックでどうにか対応してきている。さすが。だが、故に――次の動作には追いつききれない。
 フェイクと切り返しを何重にも重ね、そしてユーロステップを踏んで黄瀬を置き去る。完全に反対に重心を置かれた黄瀬は、目線では追えても身体までは俺についてこない。勢いのままダンクを叩き込む。
 このユーロステップは、その名の通り近年になってヨーロッパ出身のバスケ選手から輸入された比較的新しいスキルなのだが、簡単なステップなようで重心移動がなかなか難しく、NBAでも実践で使う選手はあまり多くない。俺も最近ようやっとモノになってきたかな?のレベルなので黄瀬にこれを見せるのも今回が初めてだった。
 案の定、新しい技を目の前で見せられて黄瀬はわなわなと悔しそうに震えている。
「ぅうーっ、なにそのステップ!俺もしてーし!」
「真似できるもんなら真似してみな!」
 攻守交代。「やったる!」と叫んだ黄瀬が勢い良くカットイン。バカ正直な突撃に、甘ぇ!と思いかける、がしかし次の瞬間黄瀬が視界から消える。まさかと、予測していたドライブルートの反対に振り返ると、ってあれ?こっちにもいねぇ――――あ、いた。
「うゎ!」
 ステップの重心移動がうまくいかなかったのか、完全に体勢を崩しズッコケルまさに寸前。しかし執念か、低い位置から放った黄瀬のフローターシュートは高く舞い上がり、見事リングをくぐる。
「いた!ったた・・でもよっしゃ!」
「転けたけどな。」
「ぐぬぬ・・・やっぱむずかしいスね。」
 コケて無様にコートにへしゃげた黄瀬をからかいながら手を差し出して立たせるが、しかし内心はちょっと悔しい俺。相変わらず、学習能力に関しちゃ規格外だ。転けたとは言え、黄瀬のユーロステップはなかなか様になっていた。
 そうして、これによって完全に火のついた俺は、NBA選手の本領を遺憾なく発揮して黄瀬を叩き潰すのだった。大人げねぇとか言うな!

 気が付くと、周辺にはギャラリーが出来上がっていた。ここの辺りは木に囲まれて目立たない場所だったのでそう多い数ではないが、他のコートや近くを走っていた風の人たちは、完全に脚を止めて俺たちの戦いぶりを見守っていたようだ。
 1on1を始めるとともにふたり揃ってサングラスをチビに預けてもいたし、俺の正体なんざきっとバレバレなのであろう。
「すげー人・・」
 黄瀬とふたり茫然としていると、勝負の終わりと見て取ったのか、ギャラリーから拍手が巻き起こった。見ればチビも一緒になってその小さな手を一生懸命に叩き合わせている。なんだかここに来る途中見た大道芸の芸人にでもなった気分だ。
 黄瀬と顔を見合わせ合い、苦笑する。先程まで隣のコートを使っていた記憶のある学生くらいの若者達が、そわそわとしているのが端に見える。「すっげぇヤベー本物だよ!」「あのドライブ見たかよ!?」・・漏れ聞こえる会話は、こんなところだ。話があんなら聞くぜ、というようにそちらに目を向けて見詰めてやる。はっと息を呑んだそのなかのひとりが、応えるように声をあげた。
「ダイキ・アオミネ・・ですよね!」
「ああ。」
 わっと学生らは声をあげて、近くに寄ってくる。
 そして口々に感想や応援の声をかけてくるので、一気に言われすぎて半分は聞き取れなかったのだが、一応ありがとう、と言いつつ勢いを制しておく。
「学生か?」
「そう、俺たちはコロンビア大学のバスケ部なんだ。」
 あーあそこね、とひとり頷く。このパークの比較的近く、マンハッタンに校舎を構える大学だ。そこのバスケ部といったら、たしかNCAAのディビジョン1に所属するそこそこの強豪校だ気がする。数年前まで、日本人プレイヤーのひとりがあの大学でプレイしていたことで日本バスケ界でも少し話題になっていた。
 と言うか。「げ、お前ら頭いんだな・・」――そう、あそこの大学はスポーツよりも学業が有名なところであった。ただのストリートのバスケ少年のような顔をして、頭もいいときた。カーッ世の中やってらんねぇな。
「ははっ頭じゃ、ダイキにも負けないかもね!」
 かも、じゃねーよ。完璧俺の負けだよ。
 学生達と普通に話す俺を見てか、他のギャラリーたちもそれぞれに声をかけてくる。こんなとこで突っ立って俺たちの1on1を見ていた連中だ、皆当然のようにバスケ好きだ。
 ふと黄瀬のほうを見ると、学生達の連れか、若い女どもに話しかけられていた。やーもう、見慣れちまった光景だよな、あんなの。
 アメリカにきて俺もようやっと気付いたが、黄瀬は女にモテるという理由のみで女に囲まれている訳ではないのだ。あの話術とか人なつっこさとか、人付き合いの上手さが、うまく男女という壁を取っ払って交流を持たせているのだ。活動する世界の違いもあるが、俺の女友達なんて数えるほどなのに対し、あいつの女友達は星の数ほどいる。もちろんそのどれもがほんとうにただの友達である(内心はそうじゃない女もいるんだろうが)。さつきと掛け値なく会話やショッピングを盛り上げられるように、女性に対してのコミュニケーションというやつがきっと自然に出来る奴なんだろう。
 そんな風に適当にギャラリーたちの相手をしていると、誰かがゲームをしないか、と持ちかけてくる。ここにはボールがあり、コートがある。そしてバスケ好きどもが集まっている。・・・まあ、そういった流れになるのも当然であろう。
「いいぜ、少しならな。」
 まだ次の予定まで少し余裕がある。
「黄瀬!」
「はーい?」
 どういう経緯なのか、すっかり仲良くなった女どもにチビ共々アイスをお裾分けされている黄瀬に声をかける。
「ちょっとこいつら相手してやるわ、チビよろしく」
「はーい」
 チビを膝に、ベンチへと腰掛ける。それを見届け、ヨシ、とコートに振り返る。しかしそれぞれ柔軟していたはずの男達が、コートの上では慌てたようにしていた。
「あ?」
「彼にも参加してほしいんだけど、ダメなのかい?」
 先程学生らと3on3をしていた相手のひとりがそう言った。改めてコート上の人数を数えてみると、俺を含め、あの学生3人にその相手だった男達3人、それに隣でシュート練習をしていたいかにもニューヨークの若者、といったタトゥーの散らばった若者が2人。計9人だ。どうやらギャラリーたちの希望としては、俺と黄瀬を含めた10人で、5on5のフルコートゲームがしたかったらしい。
「ああ、そういう事・・黄瀬ぇ、お前も参加しろってよ!」
「えっ俺も?でも、」
 俺の後ろで男どもがむさ苦しく期待を寄せているのがひしひし伝わる。それに反して黄瀬は、相変わらず女に囲まれてジュースやらアイスを振る舞われている(なんだこの温度差)。
 そして、参加したいのは山々だが・・と黄瀬が自身の膝の上の存在を気遣ったのに気付いた女どもは、ぱっと声を上げて黄瀬を後押しする。
「リョー、おチビちゃんなら私達が見てるわ!参加してきなよ!」
「そうよー。一緒にアイス食べてるわ、私達にカッコイイところ見せて!」
「このボーイもそうしてほしそうよ?」
 なんて馴染み様なんだ・・。
「んー・・ね、きーちゃんバスケしてきて、いいかな?」
「いいよー!ばすけもっと見たい!」
「わかった!じゃあ、このお姉さん達と一緒にいてね?アイスもくれるって」
「うん!」
 チビを膝から降ろしたことで、俺の背後でささやかに歓声があがった。ううむ、こちらばかりがやはりむさ苦しい。
「Hey,girls. アイスあんまり沢山あげすぎないようにね!お腹壊しちゃうから。」
「オーケイー」
「まかせて、リョー!」
 あー、そこらの公園で繰り広げられているという女子会(主婦会)とやらは、こんな感じなんかね・・。

 そうして、黄瀬が合流する。最初は、3人で組んでいたグループはそのままに、俺たちと若い奴らの2人組はそれぞれ別チームに編成する事になった。それが結構、パワーバランス的にもポジション的にもうまくハマって、実力の拮抗した好ゲームとなった。周りではギャラリーがますます増えていっている気配がする。
 大学生らもそうだが、ストリートでずっとやってきたのだろうタトゥーの男たちも相当だった。ストリートではよくファウルなしの激しいゲームが行なわれている。体躯はふたりとも飛び抜けてはいなかったが、現役の学生らなんかよりもぜんぜん当たりが激しい。そしてアメリカの路地で今も発展し続けるパフォーマンスのように巧みなボールハンドリング。
 いかにもなタトゥーにキャップに派手なシューズのガラ悪そうな2人。そして学生らしい好青年風のさわやかな3人。加えて、聞けば幼馴染み3人組(驚く事に3人の職業はそれぞれ沿岸警備隊・U.S.アーミー・(嘘かホントか)FBIらしい。後からいつの間にか黄瀬が聞き出していた)の男達に、そして俺ら。日本人で、NBA選手でモデル。
 普段ならどれも出会う事など、関わる事などないだろう人たち。そんな奴らとこうしてただバスケが出来る。俺はストリートのバスケが好きだ。いつも新しい発見と刺激で満ちている。それにこれは、黄瀬と学生の頃から繰り返してきたものだった。初心を常に忘れない、そんな大事なことを、俺はこうしてストリートに立つ度に思い出す。
 時折ギャラリーから新たにメンバーを加えてローテーションしつつ、何ゲームかをこなした俺たちは、こうしているといつまでも続きそうだ、ということでいい加減試合をストップさせた。皆興奮気味で、元々組んでいたグループなど関係なく会話を弾ませている。
「ふわー疲れた!やっぱ俺体力落ちたわーぁ・・」
 苦笑いで言う黄瀬に、男が「あのプレイでそんなこと言うか!」と大袈裟に食って掛かっている。あーたぶんあいつが、ウソかホントか、FBIって奴。ホントだったら生でこんな間近でははじめて見んな・・・以外と普通なのな・・・・。
 そろそろ時間だと言って、チビを引き取り、コートを共にした男どもから盛大に見送られつつ、その場を後にする。
 見送る人たちは、誰も彼もが年が違う、職が違う、住む世界が違う、人種も違う。しかし誰もが、こういった場での楽しみ方を知っている。普段関わりのない人々との関わり方を、本能で知っている。
 NYは世界一の大都市だ。世界一発展し、世界一すべてが入り乱れている。故にそれ相応にシビアで、時に冷酷で、無情だ。
 しかしだからと俺は、この街を嫌いではなかったし、冷たいばかりだとも思ってはいなかった。ここの人たちは、予想以上に豊かだった。それは金銭や物の話ではなく、精神の話でだ。かつて日本にいたころには、NYという土地に想像もしていなかったほどの人々の人情が、この街には未だ生きている。
 さつき、心配する事はない。昨日も言ったがこの街は、まったくもって捨てたもんじゃないんだ。俺たちはこの世界一慌ただしく刺激的な街で、それなりに楽しくやっている。


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