早くぶって


部屋とも呼べない代物だった。
元々ナマエがひとりで暮らしていたのだ。その部屋は、今どきエアコンも冷蔵庫も、電気で動く類のものは何も無かった。かろうじてあるベッドは脚が1本折れていて、とても安眠できる代物ではない。そのくせ、どこから手に入れてきたのか、古くさい上に巨大なラジオが部屋の真ん中に鎮座していて、それが部屋をひどくアンバランスなものにしている。チューナーがいかれているのか、一つの局しか聴けないそれを、ナマエは暇さえあれば楽しんでいた。

12月に入ると、町はクリスマスの雰囲気で浮かれ始める。どこに行っても、今年ヒットを飛ばした女性歌手のクリスマスソングが流れていて、少なからず次元をうんざりさせた。部屋に帰れば、あの馬鹿でかいラジオでナマエがやっぱり同じ歌を聞いているのだ。耐えかねて次元がラジオを消そうものなら、彼女は怖い顔で睨んでくる。お気に入りなのだ。「よく飽きねえこった」 そうは言ったものの、次元は彼女に同情しないわけにはいかなかった。この部屋で、2人にとっての娯楽はラジオだけだ。どんなに町が浮かれていても、2人には関係のないことなのだ。

何が起きているかはすぐに分かった。扉を開けた瞬間の、生ぬるいような、あの空気。次元はそれなりに長くこの部屋にいついていたけど、一度だってここではこんな空気を吸わなかった。野生動物のような息遣いの音が、ナマエの悲鳴に覆いかぶさるように、何度も繰り返される。次元は心の底から不愉快だった。少しだって我慢できないと思った。例の巨大なラジオの影になって、相手の顔は見えなかったけど、背中は剥き出しである。それだけで十分だった。「ナマエ。どけろ」

ナマエは裸の胸を抱いたまま、次元と目を合わそうとしなかったから、次元も無言で床に散らばっていた彼女の服を投げてやる。彼女は気まずそうに服を着始めた。ベッドの上で息絶えている男に目をやる。次元は返り血をナマエや自分に浴びせるような素人ではないが、さすがにシーツは真っ赤に染まっていた。「とうとう、このベッドも本当に使い物にならなくなったナ」ナマエを慰めてやるつもりで、わざと明るく言ってみた。そこではじめて次元の目を見たナマエは、あまり傷ついた風ではなかったけれど、ばかに殊勝な表情だ。
「ドジ踏んじゃった。こんなつもりじゃあなかったの、ごめんなさい」
「いいさ。お前が謝ることはねえんだ」
何の後ろだても持たない次元とナマエは、けちな仕事で日銭を稼ぐ身だ。おおかた今回は、美味しいことを言って金だけ抜き取るような、そういう仕事で逃げそびれたとか、そんなところだろう。いちいち気に病んでいてはきりがない。けちでもなんでも、生きていた方が勝ちに決まっている……。

「それで、誰なんだ。こいつ」
「ボス……。じげんの」
「……まじかヨ」

次元はベッドの上の死体を、はじめて関心を持って見つめた。確かに、次元の雇い主が死んでいた。この町を牛耳る代議士先生だ。次元のような人間を雇うぐらいだから堅気ではないだろうけど、表の顔がある。ラジオを点けた。ニュースになっているかもしれないと思ったのだ。もちろん、さっきの今でそんな筈はないけど、いくぶん慌てていた。ラジオは相変わらず、例の女性歌手がおなじみの歌を歌っている。次元はなんだか気が抜けてしまい、そのままラジオの前に座り込んだ。
「…実際、いい曲だヨ」
メリークリスマス、曲の最中、ラジオの中の歌手がアドリブで何度も呼びかけてくる。それで、次元は今日の日付を知った。ナマエの方を見ると、ベッドの上で何やらごぞごそとやっている。「きっとー彼はーサンタクロース……」ラジオと同じ歌詞をなぞる、彼女の手には高級ブランドの財布があった。札だけを抜き取ってぽいっと投げ捨てる手つきは鮮やかで、次元は感心した。彼の視線に気づいたナマエが顔を上げた。思い出したように、ぽつりと言う。

「でも、このサンタクロース、死んでやがんの」
「そいつはいいや」
たった今、ナマエが財布を抜きとった肢体は赤に染まっていて、なるほど、クリスマスの夜の訪問者なら相応しいかもしれない。死んでいるけれど。今夜サンタクロースを心待ちにしている人間は沢山いれども、ぶっ殺してしまったのは多分次元たちぐらいだ。愉快だった。次元の唇が緩んだのを見て、ナマエが嬉しそうに身体を寄せてくる。誰のことも信じずに生きるナマエが、次元の側だけは離れない。でも、その理由は、次元だって同じなのだ。

「外に出るか」
「ええっ、いまから」
「ケーキ買ってやる」
「だって、どこのお店も開いてないよ」
「言わせてえのかヨ」
「えへへ」
「……今すぐ尻尾巻いて逃げ出してえからついてこい」

もちろん、どこへだって。そう言って心底楽しそうに笑ったナマエを連れて、次元は夜の町へ出ていった。コンクリート冷えした空気が、薄っぺらなコートを着た二人の肌を刺す。重ねあった手は温かくて、生きていることを実感させた。神さまに嫌われるようなことばかりしてきた次元とナマエだけど、今夜ははじめて救われているような気がした。今日が誕生日だという神さまとやら、ざまあみろである。



TOP

#ac1_total#
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -