別の入れ物


「ねえ、起きてください」
「…」
「ねえってば…聞こえてるんでしょう?」
「……うぅ」
「おはようございます、ナマエ」

目を開けると、わたしの顔を覗き込んでいたジョルノはにっこりと天使のような笑みを浮かべた。にっこり。彼は感情を表に出さないことが得意だけど、その特技は今わたしの苛立ちを煽るほどに…完膚なきまでに機能していなかった。その証拠に、彼の白い首筋は見るからに汗ばんでいるし、頬は病人のように青白い。
わたしが起き上がろうとすると、ジョルノはそれを諌めるように肩を押した。トン、と。それはドミノの一つ目を倒すように優しい力であったにも関わらず、わたしは後ろへ倒れこんでしまった。その衝撃でわたしは自分の体がバラバラになってしまうのではと思い目を瞑ったけど、もう一度目を開いた時、また天使の微笑みがこちらを覗き込んでいたのでわたしは静かに落胆した。

「…もういいって言ったのに」
「それは、あなたが決めることじゃあない」
「そんなの横暴だ」
「横暴だと言われたって構いません。ナマエが生きてさえくれれば…それでいい」

ジョルノはわたしの右手を取って、それを自身の両手で包み込んだ。じわじわと侵食してくる彼の体温が、氷のように冷たかった指先を溶かしていく。…こうして彼が祈るようにわたしの手を握るのは何度目だろう。体温を分け与えてもらうのは、命を繋がれたのは、何度目になるだろう。

「もう嫌だ…」
「ナマエ?」
「この体はツギハギだらけじゃあないか」
「…ボタンや銃弾だって、臓器や皮膚に変えれば問題ありませんよ」
「わたし、ジョルノが死んだら、ボタンや銃弾や石ころになってゴミみたいに死ぬんだぁ…」
「ゴミなんて、そんな」

わたしの言い草に、ジョルノは少なからずショックを受けたようだった。しかし「ショックを受けたよう」だっただけで、表情とわたしの手を掴む力は1ミリも変わらなかった。ジョルノはいつもと変わらずにっこりと天使のような笑顔を浮かべていた。今度こそジョルノお得意のポーカーフェイスが遺憾なく発揮されたのか?否…それは単に、こちらの言葉の意図が彼の心に全く届いていないということなのだった。

「治したばかりなので疲れたでしょう。もう寝てください」

ジョルノの温かい手が視界を塞ぐ。その瞬間、なぜか涙が溢れて枕元に広がる髪を濡らした。彼はその涙を指の腹でやさしく拭っては「大丈夫」という言葉を呪文のように繰り返していた。何度も何度も。まるで自分に言い聞かせるかのように。
ギャングのくせに弱くて頼りなくてすぐに怪我をしてしまうわたしを、いつだってジョルノは見捨てずにいてくれた。しかし言葉通りに「見捨て」てはくれない彼のおかげで、わたしは一向に死ぬことができなくなった。腕や足を撃たれたって、ナイフで内蔵を抉られたって、目が覚めればそこにはジョルノの顔があった。傷を負うたびに彼はボタンを皮膚に変え、銃弾を内蔵にし、腕に突き刺さった石ころを骨にした。呪いのように生き延びてきたわたしの体はもうほとんどがガラクタでできていた。ジョルノから離れることはもちろん、死ぬことは何よりも許されなかった。

「今回の任務は、幹部の身代わりだった」

もう全部が台無しだった。わたしを裏切り者としただろう組織はわたしをひと思いに殺してくれるだろうか。治す暇も与えないくらい、塵も残さず、わたしを消してくれるだろうか。
ジョルノがわたしの目の下を指の腹であまりに擦るものだから、少し痛かった。いたい、と呟いたら「ごめんなさい」と言って困ったように笑う彼が好きだった。好きだ、と思ったら死にたい気持ちが少し薄れて、また涙がひとつ溢れた。



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