化粧の裏側 一番に好きな人とは結婚できないと誰かが言った。だから不倫が増えているのではないかと思う。そんな私も例外ではなく、昼ドラのようなドロドロしたものではないが不倫をしている。しかも旦那もである。この時点で、いや不倫という時点でドロドロか。だがお互い様だ。 生活に不満を持ったことはなかった。旦那はいい人だ。生活もきっと標準よりは上の水準で生活していると思う。働きたいという私の意思も反対しなかった。仕事で家庭のことが忙しいのなら家事代行を頼めばいい、そんな考えの人だ。しかし、いい人、とは、どうでもいい、のいい人である。お見合いでもなければ恋愛結婚ではなかった。旦那は30を過ぎ、私は30手前、互いに親から煩く言われている時期であり、要するに利害の一致だ。その時に見つけたのがお互いだったのだ。別に旦那に無関心という訳ではない。食べ物の好みも似ているから一緒に食事をすれば楽しいと思うし、映画の趣味も本の趣味だって合う。しかし身体の関係はしばらく無い。セックスレス、なんという分かりやすい理由だろう。そしてそれはお互いに求めるのではなく、別の相手をお互いが探した。割りきってしまえば簡単なものだ。しかも相手もそうなのだから心を痛める必要もない。 「あれ、こんなに早く帰ってくるなんて珍しいですね」 「お前さん、来てるなら連絡くらいよこせっていつも言ってるだろ」 「週末だから朝帰りかと思いました」 「そういうお前は週末に不倫相手の家でいいのかィ?」 「うちのは出張中です、不倫相手の部下と一緒に」 「似た者同士だねェ、おたくら」 私の不倫相手は今の会社の上司、阿伏兎さん。ちなみに彼は独身である。年は32、しかしもっと上に見える。老けている、というより妙に落ち着いていて色気もあって実年齢よりも大人に見えるのだ。私が今いる場所は阿伏兎さんの家だ。鍵を渡されたのは確か不倫関係を始めて半年が経った頃だ。 阿伏兎さんは結婚願望がこれっぽちも無くて一生独身でもいいらしい。しかし、世の中の女が彼をほっとかない。だから会社には元カノが複数存在するし、私のように不倫をしていた人もいた。居辛くて退職した人もいた。しかもこの男、彼女がいても別の女に誘われて好みであれば行ってしまい、そして別れる。だいたいこのパターンである。今も私以外にも相手がいる時があるのは知っている。しかし私は彼を本気で好きという女ではないので、別に他の女を相手にしてようがしまいがどうでもよかった。冷えきっているのは夫婦関係だけでなく、どうやら私の心もらしい。まぁ、私がこんなんだから後腐れないと思って鍵をくれたのだろう。 「今日の合コンはハズレですか?」 「大ハズレ」 私の飲みかけのミネラルウォーターに口をつけると水は彼の体内へと全て吸収されていく。まだ半分も飲んでいなかったのになぁ、なんて思いながら見ていたら、今度は私の唇に噛み付いつきた。水で少しだけ薄まったアルコールの匂いと、キスの最中に観察するように向けられる瞳で酔いそうになる。慣れているだけあって、キスが巧い。支えられているからなんとか保っていられるけどそうでなければ、崩れ落ちてしまう。何度も角度を変えながらぴちゃぴちゃ音を立てて口内と、その音で耳まで同時に犯してくる。苦しくなって背中を叩くと、糸を引いて唇が離れていく。 「…あぁ、なんかいつもと違うと思ったら化粧か」 阿伏兎さんが私の顔を見る。今日はもう化粧を落としていた。阿伏兎さんも帰ってこないだろうし買ってきたデパ地下の惣菜を食べて寝ようと思っていた。だから今はすっぴんである。そういえば化粧を落とした姿をこんなにまじまじと見られるのは初めてかもしれない。 「がっかりですか?私のすっぴんは」 「いや、むしろ逆だねェ。お前さん、化粧しねぇと若く見える」 「それは喜ぶべきですか?」 「俺は結構好きだがねェ、あどけないお前さんの顔」 「口説き上手ですねぇ」 「黙って口説かれときなァ」 再び唇が重なるが、今度は先程のキスが間違いだったかのように優しい。触れるだけのキス。唇、鼻、瞼、額、そしてまた下がっていき首筋へ。そこをべろりと舐め上げられて、いつものように身体がぞくりと反応する。もう早くベットに行きたい。膝も腰も抜けてしまいそう。いつもより丁寧な行為の進め方に戸惑ってしまう。パーカーのファスナーが下ろされて、味わうかのように私の胸に顔を埋めて手と舌で快感を与えてくる。やがて私の方が痺れを切らして声をかける。 「あ、も、立ってるの、むりっ、も、早くベットに、行きたっ、あ!」 「…お前さんの方から催促なんて初めてかねェ」 先程まで胸にあった手は下へと降りていて、部屋着のショートパンツの隙間から太股の内側を撫でられた。液が太股を伝っているのがわかった。指で絡めたそれを私の顔に付けてそれを舐め取る。もともとの火照りと、そんなこと阿伏兎さんにされたことがなくて恥ずかしくて顔に熱が集まり、無意識に涙が出た。阿伏兎さんはそれも舐め取り、唇にもう一度キスをしてきた。今度はいつものようなキス、噛みついて舌を絡み合わせられ、唾液が口内からはみ出す。 「その顔で泣かれると若い女犯してるみたいで興奮してくるねェ」 「へ、んたい」 「はいはい。じゃ、優しい変態さんがベットに連れてってあげますよっと」 軽々と私を抱き上げてベットルームへと進んで行く。ベッドに私を下ろすともう一度私の顔を見て、確かめるように輪郭をなぞる。そういう表情見せれば旦那も変わるんじゃないのかィ、とニヤリと笑う。こんなときに旦那の話はいらない。私は力を出して阿伏兎さんの首に手を回して唇を押し付けた。今夜の私は何と積極的なのか、思えば自分からキスするのも求めるのも阿伏兎さんにしたことがなかった。片手で私の頭を固定して舌をぬるりと口内へと侵入させる。空いた手は器用に申し訳ない程度に私の身に付いているパーカーや下着を剥ぎ取っていく。 「はっ、旦那に見せるには勿体ないねィ」 「見せてなんか、やらないですよ」 「…あぁ、そうしてくれ。その顔は、俺の前だけでだ」 ぼそりと耳元で名前を囁かれた。行為の最中に名前を呼ばれたのは初めてだ。慣れないことの連続で私の意識は既に飛んでいきそうになっていたが、阿伏兎さんがそれを許してくれなかった。ギリギリのところで力を緩め、悶える私を楽しんでいるように見える。時折呼ばれる自分の名前に一々反応してしまい、それが彼のそういった感情を興奮させる材料のひとつとなっている。それはわかっていても反応してしまうものたからしょうがないのだ。 明日が休みでよかった、今日はきっとなかなか眠らせてくれないだろう、そんな考えを読んだのか阿伏兎さんが意地悪く笑って、私の腰に両手をかけた。 TOP |