不思議な花屋があった。花を店頭で売ることもなく、花束を作るのでもなく、花を降らせる専門の花屋だった。しかも人が亡くなった時だけ。喜ばしいときにはその仕事は絶対に受けない。人が亡くなった時だけ、その時だけ彼女は花を仕入れ、花を舞わせるらしいのだ。そんなに需要があるものなのか、一度彼女に聞いてみると、需要があるから私は仕事を続けられている、と、至極当たり前の答えを返された。そんなに気になるなら次の私の仕事を手伝ってくれない、万事屋さん、と仕事の依頼をされた。どうやら次の仕事は規模が広いらしく、人出が欲しいらしい。好奇心に負けた俺は彼女の依頼を受けた。

集合時間は夜、今夜は満月で空が明るい。依頼先は一目見てわかる立派な屋敷。門番が彼女を通す。部屋に通されるかと思いきや、彼女は屋根の上へと登り始める。門番も分かっているらしく驚いた様子は俺だけだった。俺も彼女の後へと続く。


「ここで時間まで待機か?」

「そう、今日で仕事が終わればいいんだけど。あそこの部屋、見える?」


指差したその先には布団の横になっている老人とそれを囲む人々。


「今日で三日目だからそろそろだと思うんだけど」


なんの感情もこもっていない言い方だった。彼女は待っているのだ。あの老人が息絶えるのを。怒りなのか恐さなのか表現がわからないそんな感情が俺の心に渦巻く。攘夷戦争時代に死というものは嫌という程側で味わってきた。それは良いと言えるものではない。
そんなに睨まないでよ、とちらりと俺を見て言った。ということは、彼女に対して多少の嫌悪感を抱いたのが態度に出たのだろう。悪い、そう言って彼女から目を逸らし、老人へと視線を戻すと部屋が騒がしくなっていた。この位置からでも医者の表情が見えるのはそういう風に配置してくれと、きっと彼女が伝えているのだろう。


「…万事屋さん、包みを開けて中身をまいて」


その声を合図に俺は包みの中のものを空へと舞わせる。赤、紫、ピンク、白、鮮やかな色の秋桜が満月の光に照らされながら空を舞い、地へと落ちていく。彼女も同じように花を放っていた。そして、彼女は笑っていた。それは、人が死ぬ瞬間には見ることがない部類の笑み。無邪気に、まるで子供がおもちゃを貰ったかのような、そんな笑顔だった。


「先に逝った奥さんとの思い出の花なんだって、秋桜。時期外れだから高かったけど、綺麗に咲いてよかった」

「…お前、なんで笑うんだ?」

「人が死ぬ瞬間に、花が咲く。生命が枯渇する瞬間に花がその生命を貰ったかのように咲く。それは私にとって一番花が輝いて見える時なの」


俺には彼女の思考はわからなかった。確かに先程空に咲いた花は綺麗だったが、俺には花の美しさがどうとか、そういった美的感覚は持ち合わせていない。花は俺にとって生活の一部ではないし、特段気に止める存在ではなかった。それよりも、彼女の笑った顔のほうが俺の目には焼き付いて離れなかった。


「万事屋さん、また手伝って欲しい時は依頼してもいい?」


先程抱いた嫌悪感はどこへいったのか、花が舞う間でしか見られない彼女の笑顔を俺はまた見たくなってその問い掛けに頷くのだ。