「ミョウジちゃん、好き。」

冷たい風が靡くカーテン、赤く染まった夕日に照らされ乾いた教室。時が止まったかのように感じる。後ろを振り向けば扉の前で犬飼先輩がなんとも言えない表情で立っていた。心臓が高鳴る。ドキドキして頬が熱くなる。…なーんてポエムみたいなことは起こらなかった。たしかに色んな意味で心臓が嫌にどきりとしたが、頬が熱くなるだなんてどこの世界の出来事なのだろう。私が今この瞬間に思うことはひとつ。
こいつマジで鬱陶しい。

「こんな私になにか用でもあるんですか犬飼先輩」

「そんなミョウジちゃんだからこそ用事があるんじゃん」

ああもうちょっと早く帰ればよかった。トイレなんか行かなきゃよかった。友人を待たせてでも一緒に帰って死ぬほどつまらない話してでも家に向かえばよかった。

「セックスしよっか」

その言葉に私は首を横に振ることはできない。ただこくりと頷いて振り向き、犬飼先輩から肩を組まれることを待つしかできないのだ。成す術などない。さっき行ったばかりのトイレにもう一度直行する。

ことの始まりはなんだったのだろうかと言うと単刀直入に、私が中学時代にしていた悪事が犬飼先輩にばれてしまったからだ。なんとかキャラを変えてこの進学校に入学したが5ヶ月ほど前に何故かばれてしまった。しかもよりによってこんな奴にだ。あのとき私に声をかけた犬飼先輩の言葉はまだ鮮明に覚えている。悪事をしている中学時代の私が映った写真をひらひら見せつけてから「これってミョウジちゃん?」だ。初対面でしかも名前も知らなかった犬飼先輩にちゃん付けで呼ばれて腹が立ったがそれよりも私しか知らない事実を知っているこいつに生きてきた中で一番の恐怖で身が震えていた。
だからなんだと強がった私に皆にばらしちゃおっかなとへらへらした笑顔で言ってきた。顔が青ざめる。
屈辱的な思いでやめてくれと頼み込んだら元々上がっていた口角を更にあげて「じゃあ今から俺とセックスしよう」と切り出してきたのだ。後頭部がバットかなんかで殴られたかのような感覚だった。
舌打ちしながら了承して、誰もいない学校の教室で私たちは過ちを犯した。どちらも童貞でも処女でもないようだったがあのとき私は行為中に襲い掛かる嘔吐感を抑えるのに必死だった。
それからというもの、犬飼先輩は私を脅して強制的に体の関係を続けるよう強いれてきた。


「なに、考え事してんの?」

「…して、ませんよ、」

「ふうん」

犬飼先輩はイケメンで頭がよくて優しい。と友人が話していたがそれはどこの世界の出来事だろうか。立場変わってくれ。そうしたらお前もこいつの恐ろしさが分かるよ。女子の過去ネタ持ち出して体の関係強要してくるとかなんのエロ漫画だよ。ああくっそ。うざいなどいつもこいつも。

「…あ、は、ミョウジちゃん、好きだよ、」

「…っ、ん、」

「いっつも声漏らそうとしないとことか、すっげぇ嫌な顔して俺とセックスするとことか、超好き」

黙れ。
そう言いそうになった口をきゅっと縛って飲み込んだ。危なかった。今まで1度だけこの関係が嫌すぎて暴言を吐いて抵抗したことがあるがその日はめちゃくちゃに犯された。泣いてやめてと言ってもやめてくれなかった。暴力とかはふるわれなかったがあれだけはもう体験したくない。

「冗談じゃなくて本当に好きなんだよ、ずっと前から、あの写真手に入れる前から、本当はあんなことしたくなたかったけどこうするしかなかったんだよねー」

子供かよこいつ。周りの18歳の先輩たちはずっとずっと大人っぽいのに、こいつはまるで5歳児だ。

「ね、俺の彼女になってよ」

「…は?」

「俺の彼女になってくれたらこんな関係やめてあげる。写真もシュレッダーかなんかにかけるなり燃やすなり好きにしてもいいよ。」

男子トイレで私を犯すろくでもないクソ野郎。人間にあるべき良心もなにもないこの世の中のグズ男。ついにこんなことまで言い出した。なるほどそれはいい提案だ。そうすればこのうんざりとした時間はやってこないし私は過去と完全におさらばできる。

「で、どうする?」

「あんたの彼女になるくらいだったら写真ばらまかれるどころか死んだ方がマシ。」

目をそらさず眼孔を鋭くさせて言えば一瞬驚いた顔をしてそれからあは、と笑った。

「そーゆーところが好きなんだって、ミョウジちゃん。」

お互い好戦的に笑いあってそれから犬飼先輩は私に噛みつくようなキスをした。
あんたの負けだよ、犬飼澄晴。
おまえの負けだよ、ミョウジナマエ








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