音の先に、つ、と視線を向けると丁度彼女は箸を置いたところだった。綺麗に合わせられた手を顔の前に掲げて、ご馳走様でした、と唱える金髪碧眼の美少女をまじまじと見つめる。
「ナマエ、私の顔に何かついてるのですか?」
視線に気づいた少女が不思議そうに自分の頬を撫でる。いいえ、何もついてないわセイバー、と微笑みかけると、彼女は一層不思議そうな顔をした。
「とても美味しそうに食べるのねってことと、日本の文化に詳しいことに驚いたのよ。それも、聖杯からの付与知識なのかしら?」
「いいえ。この挨拶はシロウに教わりました。日本では食前食後にこうした慣習があるのだと。」
己がマスターたる少年の名前を口にするとき、彼女は常の凛々しい表情を少しだけ緩める。眉の端は下がり、口角は上がる。気高く毅然とした騎士王の、あどけない少女の部分をいとも容易く晒す。膝の上に組んだ両拳の中で、爪の先がギチギチと肉に突き刺さるのがわかった。
「そういえば、衛宮くんの料理はとても美味しいって評判ね。」
話題を逸らす。新たな話題とて好ましいものではない。けれど、彼女のこんなにも愛らしい表情が見られるならば、肉の一、二欠片を爪が抉ったとて何も惜しむことはない。
「はい。シロウの料理は繊細で上品で、それでいてあたたかく、とても素晴らしいものです。ナマエも一度どうですか。」
「衛宮くんさえ良ければ、是非お相伴に預かりたいわ。」
にこやかに返す。指と指の間の小さな谷の底に痛みを感じた。セイバーは私の言葉に真面目な顔で、今度彼に聞いてみますね、などと声をかけてくる。その鈍さが何処までも愛おしい。
店を出て、彼女と別れたあと、夕暮れの深紅の中で掌をそっと解いた。なり損ないの月のような、小さな弧が幾つも残っている。呑み込まなければならない傷だと思った。彼女の眼に触れぬ、遠い深い場所に、隠さなければならない傷だと。
可憐で、凛々しくて、気高く、鈍く、淡く、鮮烈なあの少女の微笑みの実を欲する私に、なんてお似合いな、醜悪な傷なんだろうと。
そう、思った。