Re:UsaMisa-2_2 | ナノ


 UvsT-高橋孝浩の計略-



「美咲ー、久しぶりに一緒に風呂入ろう。」

「はぁ?兄チャン、俺いくつだと思ってるの!?
 もう大学生だよ!?やだってば。」


ウサギの家に泊まりに来て、3人で夕食をとった後。
片づけを手伝ってくれる美咲にそう告げたら訝しそうな顔をされた。


「いいじゃないか。美咲はいくつになったって
 俺の可愛い弟なんだから。」


そういって、その柔らかい髪の毛を
くしゃくしゃっと撫でてやると、くすぐったそうに身を縮める。


そう…美咲はいくつになったって俺のたった一人の弟。
大事で大事でたまらないんだ。


家庭を持った今だからこそ、余計に痛感する事がある。
家族を欠く喪失感と恐怖。

幼い美咲がひたすら寂しさと孤独に耐えている姿が
いまだに瞼の裏に焼き付いている。


『お前のせいじゃない』


慰めの言葉を言わせないがために、
言いたいことを我慢して、人に迷惑をかけないように
必死に明るく振る舞う美咲は強くて、儚かった。


でも、最近の美咲は前とは雰囲気が変わってきた気がする。




「ウサギさん、コーヒーは?」

「貰うよ。」

「わかった。締切明けなんだから
 ちょっとミルク入れておくからね。」

「あぁ。」


カップにコーヒーを注いで、ウサギのもとに
てとてとと駆け寄っていく姿。

それはなぜかとても幸せそうに見える。
俺と暮らしていた頃とは違う、美咲の顔。


ウサギに何かを耳打ちされて、真っ赤になって怒っていたり
少し心配そうな顔でウサギを見つめてみたり。


そんな姿を見て、つい…
美咲がウサギに盗られたみたいな気になってしまう。


俺が大阪に転勤してから、美咲の面倒を見てくれたのは
ウサギで、感謝してもし足りない。

ウサギなら安心して美咲を任せることができた。


でも、やっぱり…美咲が一番に頼るのは俺であってほしい。


だからこの前訪ねた時に、ウサギの家にいるのは
学生の間だけ、と釘を刺した。

もちろん、社会人になってからは
ウサギに迷惑をかけないようにというのもある。

だけど、そこにはほんの少し…嫉妬のような感情が混ざっていた。


このままではどんどん美咲が俺から離れていく。

俺の可愛い美咲。



「兄チャン?どうかした?」


お皿を持ったまま、物思いにふけっていると
美咲がリビングから戻ってきて俺の顔を覗き込む。


「あ、いや。なんでもないよ。」

「まさか風呂嫌っていったからへこんだ?」

「ううん、そうじゃないよ。」


そういって微笑み返すと、美咲はほっとした顔をする。
一緒に風呂には入りたかったけど、無理強いしてまでとは思わない。
優しい美咲は俺が頼むと、多分了承してくれる。

でも、そこに美咲の意思があるのかどうかは正直わからない。


そんなことを考えながら
傍に立つ可愛い弟をぎゅーっと抱きしめる。



「わっ…なんだよ兄チャン!」

「んー?美咲も大きくなったなって。」

「え?マジ?!俺、背伸びた!?」


少し検討はずれなところで喜ぶ美咲に頬が下がる。
しかし…


ガシャンッ!!!!



リビングから響いた破壊音に俺と美咲は目を見開く。



「ウサギさん!?」

先に動いたのは美咲で、俺の腕からするりと逃れて
大慌てでリビングのウサギのところまで駆けていく。



「うわっ…なにやってんの!?」

「…手が滑った。」

「なにやってんだよー。怪我は?
 コーヒーかかったりしてない?」

「平気。」

「うわ、血でてんじゃん!
 ちょっと動かないでね、先に破片拾うから。」


わたわたと片づけを始める美咲に
ようやく我に返って、俺もリビングへ足を向ける。


「ウサギ、大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫だ。驚かせてすまないな。」

「いや…いいんだけど。
 美咲も手を切らないように気を付けて。」

「大丈夫大丈夫。」


そういって、美咲は手早くカップを片づけると
奥の部屋から救急箱を持ってきて、ウサギの手当てを始める。




そこで俺は何かを感じとった。


ソファーに座って、文句をいいながら
ウサギの指に包帯を巻いていく美咲。

それを、何故か少し嬉しそうな顔で眺めているウサギ。


それは2人だけの世界。
俺が踏み込むことを許されない、美咲とウサギの世界。


2人はいつも…こんな風に暮らしているんだろうか。




「はい、これでOK。」

「ありがとう、美咲。」

「まったく、気をつけてよね?」


仕方ない奴、とばかりに眉を下げる美咲の頭を
ウサギがくしゃりと撫でる。

それはとても微笑ましい光景のはずなのに、
なぜか胸に湧き上がるのは焦燥感。



「あぁ、しかしまたカップが減ったな。
 美咲、明日新しいカップを買いに行こう。」

「あ…、でも…」


そういうと、美咲は困ったように俺のほうを見る。


「じゃあ、明日俺と出かけてウサギに土産で
 カップを買ってきたらどうかな。」

「俺は自分で選びたいんだが。」


俺の提案は即座にウサギに却下される。
あまりのことに、俺も少し食い下がる。


「じゃあウサギは自分で買ってきたらいいだろ?」

「同居人の美咲の意見も聞きたいんだよ。
 ここで2人で使うカップだしな。」


ウサギは笑顔でそういうけど、目は笑ってない。
やっぱり明日の美咲との予定を譲るつもりはないらしい。



まさかウサギとこんな風に争うとは思いもしなかった。


いつも俺をサポートしてくれて、一番心許せる親友のウサギ。
短くはない付き合いの中でも、
ウサギと争うなんてことは一度もなかった気がする。

けれど、美咲のことに関しては譲るわけにはいかない。


なんと言い返そうかと悩んでいると、
美咲が困ったように告げてくる。




「あー…じゃあもう3人で出かければいいじゃん。
 水族館と買い物行く。それでいいだろ?
 
 そうじゃなきゃ俺、どっちかとなんて出かけないかんね!」


それだけ言うと風呂いってくる!と言い残して、
美咲はバスルームへ消えていった。



「…」

「…」


長時間、俺とウサギの間には沈黙が流れる。
お互い間合いを測るような、そんな張りつめた感覚。



15分くらい経っただろうか。
その痛いほどの沈黙を破ったのは、かかってきた電話だった。


ウサギは面倒臭さをありありと顔ににじませて
電話まで歩いていくと、受話器をとった。


「はい、宇佐見……あぁ…それで?
 わかった。あとはFAXで流しておいてくれ。…それじゃ。」

「仕事の電話か?」


受話器をおいて、大きくため息をつくウサギに問いかける。


「あぁ。小説をドラマ化するとかでな。
 いろいろ細かいことが多いんだ。
 好きにやってくれていいと言ってあるんだが。」

「へぇ!すごいじゃないか!
 決まったら教えてくれよ。絶対見るから。」

「あぁ。まぁ、まだ少し先の話だがな。
 出演者なんかも決まっていないし。」


さっきのきまずい空気もどこへやら。


笑顔でそんな話をしていると、
風呂からあがったのかほかほかと湯気をたてた
美咲がこっそりこちらを覗いていることに気づいた。


その顔はほっと安心したような顔で、
また気遣い屋の弟に気をつかわせてしまったのだと気づく。


俺はそっとウサギに目配せしながら告げる。



「ウサギ、やっぱり明日は3人で出掛けよう。」

「…そうだな。」


ウサギも美咲の気配に気づいたのか、
和やかに笑いながら頷いた。


それを聞いた美咲が嬉しそうに笑った顔は
ウサギからは死角になっていて見えずに、俺は少し得した気分だった。


でも明日は美咲デーだからな。
悪いが主導権は俺が握らせてもらうよ。



その後、風呂に入って美咲の部屋で一緒に寝ようとしたら
ウサギに無理やり客間に押し込まれた。


「孝浩はここで寝るといい。」

「え、だって俺もっと美咲と話が…」


「美咲のベッドはせまいからな。
 2人一緒に寝て風邪でもひいたらどうする。」


食い下がる俺に有無を言わせない笑みを浮かべるウサギ。
確かに美咲のベッドはそこまで広くはないけれど、

昔みたいに美咲の体温を感じながら
他愛のない話をして眠りたかったのに。


「この時期だし、平気だよ。」

「いや、大事な親友とその弟に風邪をひかせるわけに
 いかないからな。ほら、はやくベッドに入れ。」



その時のウサギの顔は今まで見たことがないほど
黒い笑顔で、俺はその晩、その顔にうなされることになった。



高橋美咲の受難 宇佐見秋彦の憂鬱



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