まるかわ幼稚園_ミス-1 | ナノ


 かをる君と龍一郎園長の場合


「りゅういちろうさま、
 そろそろきしょうのじかんです。」

「んー…もうちょっと…」



朝の俺の目覚ましは機械音ではなく
理知的な子供の声だ。



「だめですよ。そういってきのうも
 ちこくしかけましたから。」


その声は、俺の隣から少しくぐもったような
声で聞こえてくる。


理由は、俺が目覚まし…こと、
薫を思い切り抱きしめて眠っているから。



「りゅういちろうさま、このままでは
 わたしがちっそくししてしまいます。」

「…しかたねぇな。」



幼稚園児に呆れたように言われて
俺はやっとその身体を解放する。


俺の腕から解放された薫は
するりとベッドから降りると

もう一度、俺を振り返って、
『あと5ふんでおきてください。』と
言い残し、自分の部屋へと戻って行った。





朝比奈薫は、俺の家の使用人の子供だ。


1年ほど前、親父がたまたま通りがかりに見つけた
一家心中をしようとしていた夫婦が薫の両親。


経営していた会社がつぶれて、
未来に希望を失い、そのまま死のうとしていたらしい。


親父はそんな朝比奈家族を
うちに住み込みで働かせることを決めて、
さっそくと、俺たちに紹介した。



その時の薫はとても暗く、
絶望を背負ったような子供だった。

まぁ、今でも明るいとは決して言い難いが、
あれはもともとの性格だろう。



そんな薫を見た俺は、一目でこいつを
守ってやらなきゃいけないと思った。



うちの屋敷には薫と話の合いそうな年の
子供もいなかったから、

幼稚園の園長をしている自分が適任だと言って
俺は頻繁に薫と過ごす事にした。


当時、通っていた幼稚園を辞めていた薫は
もちろん俺の園に入園させた。



そうすれば日中も薫のそばにいられるから。




自分でもどうしてここまで薫を気にかけるのか
正直わからない。


けれど、出会ったあの日の薫の瞳。
その傷ついた瞳をどうにか幸せで埋めたかったんだ。


だから薫が幸せであるなら
それだけでいい、そう思っていた。






「おーい、薫!」

「旦那様!」



とある午後、いつもなら俺の仕事が終わるまで
一緒に園長室で過ごしてから帰る薫を親父が迎えに来た。



「親父!どうしたんだよ。」

「いや、たまたま近くを通りかかってな。
 いつもお前と一緒だと帰宅時間が遅いし、
 今日は私が薫を連れて帰るよ。」

「え…」



親父はニコニコしながら薫の手を取る。
それがなんだか無性にムカついた。


そして同時にニコニコと親父の手を
握り返す薫にも苛立った。



何故か…
それは、薫は滅多に笑わないからだ。


それなのに今、薫は親父に向かって
ニコニコと微笑んでいる。



なんだ、俺はお前を幸せにしようと
必死だったのに…

お前は親父といるほうが幸せなのか。




そう思うと、いろんな感情がこみ上げてきて
思わず2人から目をそらした。



「わかった。じゃあ俺仕事があるから戻るわ。」

「あぁ。」




「…りゅういちろうさま?」




薫が小さな声で俺を呼んだ気がしたけれど
幻聴だと決めつけて、俺は園長室へと戻った。





しかし、戻っても仕事は
まったくといっていいほどはかどらない。

薫と一緒に帰る様になってからは
少しでも早くと思っていたから…


けど、今日はもう急ぐ必要もない。




「園長、まだ終わってないんですか?」

「おー、横澤ー。手伝ってー。」


「無理ですよ。俺も自分の仕事で手一杯ですから。」




たまたま書類を持ってきた横澤に
助けを頼んでみたがあっさりと断られた。

ひどい部下だ。



「へいへーい。自分でやりますよ。」

「そうしてください。
 …あれ?今日は薫がいないんですか?」

「…あぁ。」



薫、という名前に声のトーンが一気に下がる。
横澤め…人が考えたくない名前を出しやがって。



「珍しいですね。じゃあ、今の書類、
 ちゃんと目を通して判を押しておいてください。」

「へーいへい。」



それだけ言うと、横澤は園長室を出て行ったが
さらに気力はそがれて俺は机の上に突っ伏した。



「はぁ…」



零れたため息を聞くものは誰もいない。






来るやつ、来るやつ適当にあしらっていたら
いつの間にか時計は夜の9時を指していた。


机の上には園のカギ。

そういえば俺が最後だから
施錠して帰れと言われたんだっけ。



だるい体を机から起こして、
鍵を手に取り、投げ出してあった携帯を拾い上げる。



「ん?」


ふと視界に入った携帯の着信。
それは結構な数だった。


「全部家から…なんだよ。」


かなりぼんやりしていたのか
全然着信にも気付いていなかった。


たかだか俺が遅くなったくらいで
こんなにかけてこないだろうから家で何かあったんだろう。


急いで家にかけ直すと、
親父が慌てた様子で電話に出た。



『龍一郎!お前今まで何してたんだ!』

「あー…わるい。ちょっと仕事で…」


『それはいい!それより大変だ!
 薫がいなくなった!』

「…はぁ!?」



薫がいなくなった…?
なんで?どうして?



『食事のときはちゃんといたんだが、
 1時間ほど前から姿が見えないんだ。
 それでお前のところじゃないかと…』

「俺のところには来てねぇよ!」



薫…!!
とにかく探しに行かないと!



「とにかく俺も今から探すから!
 電話切るぞ!」



返事も待たずに電話を切って、
俺は園を飛び出した。


薫が行きそうなとこ…どこだ!




「りゅういちろうさま。」

「…へ?」




勢いよく駆け出そうとした瞬間、
いきなりすぐ近くから声が聞こえてきた。



「かを、る…?」


声の先を辿れば、門のところに
見慣れた姿があった。



「おしごとはおわりましたか?」



相変わらずの無表情で俺にそう問いかける。


意味が分からない。
なんでここにいる?



「薫…なんで…お前ここに…」

「…りゅういちろうさまのおかえりがおそいので
 おしごとがおわるのをここでまっていました。」



俺を待っていた?なんで…?



「りゅういちろうさま…?」

「…馬鹿かお前は!!」



俺はほぼ反射的に怒鳴っていた。
俺の怒鳴り声に薫がびくっと体を震わせる。



「りゅう、いちろうさま…」

「こんな時間に子供が1人で外で歩いて…
 何かあったらどうするつもりなんだ!!」



もし、誘拐でもされたら…
もし変な奴にでも襲われたら…

考えただけで背筋が凍って、
俺は厳しい口調を止めることが出来ない。



「大体、お前は親父といたほうが幸せなんだろ!
 どうして俺を待ったりするんだよ!」



そこまで言い放った後、息苦しくなって
空気を吸い込み呼吸を整える。



その間に、薫が小さく口を開いた。



「わたしは…ほかのだれといるより
 りゅういちろうさまといっしょにいるじかんが
 とてもしあわせです。」

「…は?」


聞こえてきた言葉が信じられず
息も絶え絶えでまぬけな声を出してしまう。



「ですから…きょう、わたしがかえるときに
 りゅういちろうさまがおつらそうなかおをしていたので
 ずっときになって…がまんできずにきました。」



薫は俯いてしまっているからその表情はわからない。

けれど、絞り出すようなその声で、
涙を我慢していることだけははっきりわかる。



「薫…」



俺の様子が変だったから、そして俺が帰らないから
わざわざここまで来たっていうのか?



とんだ…バカだ。

俺は。




目の前で肩を震わせる小さな男の子。
その存在に依存して、その優しさを踏みにじる様な
罵声を浴びせかけた。



「ごめいわく…おかけしてすみません…」



それなのに薫は涙を堪えて俺に謝る。

その姿に、嫉妬とかプライドとか
そういうのが全部どうでもよくなった。




「っ!?」

「薫…悪いのは俺だ。」



今にも儚く消えてしまいそうなその身体を
強く抱きしめる。


その身体はずいぶんと冷たく、
結構な時間、こうして外にいたことがうかがえた。



「ごめんな、薫。」

「りゅういちろうさま…」



ゆっくりと髪を撫でて、抱きかかえると
おずおずとその小さな手が俺の首に回された。



「家に帰ろう。みんな心配してる。」

「…はい。」



耳元に聞こえてきた薫の声は少し震えていて、
俺はもう一度腕に力を込めて、

薫を抱きかかえ、歩き始めた。




***



「薫!!」

「あ、今寝ちゃってるんで…」



家に着く頃には、疲れたせいなのか
薫はすやすやと眠っていた。



「ほんとにご迷惑をおかけして申し訳ございません。
 なんとお詫びすればいいか…」


薫の両親が必死に頭をさげるけれど
それを制して、俺は笑う。



「いえ、俺が遅くなったから心配して園まで
 来たんだと言ってましたから、怒らないでやってください。」

「しかし…」


「龍一郎もこう言っていることだし、
 薫も寝てしまっているようだし、今日のところは
 これでおさめておきましょう。」



それでも頭をさげようとする薫の両親を
今度は俺の母親が制した。



「今日も俺の部屋で寝かせます。」

「え、でも…」


「お願いです。
 今日は薫と一緒にいさせてくれませんか?」

「龍一郎様がそうおっしゃるのであれば…」



納得した両親にご心配なくと笑いかけて、
薫を抱き上げたまま自分の部屋へと向かう。




部屋につき、薫をベッドに寝かせると、
その瞼が重そうにあげられた。



「りゅう…いちろ…さま…」

「ん?起きたのか?」


「は、い…」

「まだ眠いだろ?ゆっくり眠れ。」




そっと頭をなでると、薫は少しくすぐたっそうに
身をよじった後…柔らかく微笑んだ。



「りゅういちろうさま…」

「なんだ?」




「わたしは…りゅういちろうさまが…だいすきです。」

「っ…」



それだけ呟くと、薫の瞳は再び閉じられて
小さな寝息が聞こえてきた。




俺の心臓はバクバクと音を立てる。

たかが幼稚園児に大好きといわれただけ。
今までだって園の子供に何度も言われたことがある。


けれど、薫の口からこぼれたその言葉と
とろけんばかりの笑顔は


今までのどんなものより俺を幸せにしてしまった。




「俺がお前を幸せにしようと思ってたのにな。」




苦笑いを浮かべて、そっとその頬にキスしてみる。




「俺もお前が大好きだ、薫。」





*END*
120803 更新


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