まるかわ幼稚園_テロ-1 | ナノ


 よう君と忍先生の場合
※メインキャラ以外で死ネタあり。


遠い古い記憶。


幼稚園の時に苛められていた俺を
助けてくれたあの人。


趣味が渋くて…
見た目はただのおっさんだったけど。


それでも俺は、
あの人が大好きだった。




***



「忍、あんたただでさえ口が悪いんだから
 ちゃんとしなさいよ?」



何の因果か、姉の働く幼稚園に
教育実習に行くことになった俺は

ガミガミと口うるさいお小言を聞きながら
目的地である、まるかわ幼稚園を目指していた。



「わーってるよ。うっさいな。」

「ほら、そういうとこ!
 私たちは姉弟でも、職場に入ったら
 先輩後輩。今みたいな口のきき方はしないようにね。」


「ちっ…」

「舌打ちもなし!」




これといって、
幼稚園の先生になりたい訳じゃなかった。


けれど、他に目指したいものもなく、
たまたま姉が幼稚園教員だからという理由で

同じような道を進んでみただけだ。
そのほうが楽だと思ったから。



けれど実際は全然楽じゃなくて、
大変なことばかり。

途中でやめてやってもよかったけど、
逃げ出す事は自分のプライドが許さなかった。


そうして嫌々ながらも学校に通い続け、
めでたく教育実習になった訳だ。




「よろしくお願いします。」

「ん、よろしくな。
 しかし姉弟揃って同じ幼稚園とは仲いいな。」


園長とよばれた、けれど
どうみたって園長には見えない目の前のおっさん、
井坂園長はへらへらと笑っている。



「好きで来たわけじゃ…「あー!!じゃあさっそく子供たちに!」



思わず呟くと、姉の馬鹿でかい声で
それはかき消されて、

強引に頭を下げさせられたかと思うと、
俺は園長室から引っ張り出された。



「いってぇな!!なにすんだ!」

「人が忠告したそばから何言ってんの!
 ああいう事を言うのを慎みなさいって言ったのよ!」


「めんどくせえ…」



これからおっさんや子供に媚びへつらうのかと
思うと本気でやめたくなる。



まだぶつぶつと説教を繰り返す姉を無視して
俺は歩き始めた。



「ちょ、忍!まだ話が…」

「ガキんとこ行くんだろ。さっさと行こうぜ。」


「っ…このクソガキ!」

「お口が悪うございますよ、お姉様。」



先ほどの仕返しとばかりに、
わざと丁寧に言ってやれば姉は憤慨しながら
俺を追い越して、恐ろしい形相で睨みつけてきたのだった。





「はい、じゃあ今日はみんなに新しいせんせいを
 紹介しまーす。」

「「「はーい!」」」



ガキどもの待つ教室に入れば、
想像通りの光景が広がっていた。

きゃあきゃあとはしゃぐ子供。
俺今日からこんな奴らの相手しないといけない訳?




「あたらしい先生の
 お名前はたかつきしのぶせんせいです。」



もう一人、姉以外にこの年長組の担当だという
高橋という男がガキどもに俺の紹介をする。


激しくめんどくさい。
けれどやらないことには単位が取れない。



「高槻忍です。よろしくお願いします。」



形だけ頭をぺこりと下げれば、
耳を塞ぎたくなるほどの歓声があがった。

なんで子供ってこう、ハイテンションなんだ。



「じゃあ今度はみんながしのぶ先生にご挨拶しようね。
 まずはえりちゃんから…」


姉の促しで1人1人が俺に自分の名前と
好きなものを言っていく。

正直興味ないけど名前くらいは憶えないと。



「じゃあ次はよう君。」

「はーい。」



けれど呼ばれて立ち上がった子供を見て
俺は目を見開いた。


どこにでもいそうな、けれど
ちょっとだけ落ち着いたその子供は口を開く。



「みやぎようです。すきなものはまつおばしょーです。」



俺はその子供から目が離せない。


たったそれだけの言葉だったけど、
その声は俺の耳に残った。


何故なら、『みやぎよう』は
あの人の面影を持っていたから。




俺が幼稚園の頃、
いつも俺を守ってくれたあの人。


けれどずっと奥底で眠り続けていた感情が
トロトロと心からあふれ出すのが分かる。




「…以上で全員の自己紹介をおわります。
 はい、みんなで忍先生にお願いしますをしましょう。」


「「「しのぶせんせい、よろしくおねがいします!!」」」



そんなガキどもの声もどこか遠く聞こえるほど、
俺はたった1人『みやぎよう』だけを見ていた。





***



「みやぎ!遊ぶぞ!」

「えぇ…また?」



「こら忍!またようのところばっかり行って!
 他の子もちゃんと相手してあげなさい!」



教育実習が始まってから数日。

俺はどうにかみやぎと仲良くなりたくて
暇さえあればみやぎのところにいた。



「りさこせんせー。」


しかし、みやぎは一向に俺に懐かず、
隙を見ては逃げられる日々。


初日はそんなことなかったはずなんだけど。




「ほら、みんなと遊んでおいで。」

「おう!」



みやぎは俺に目もくれず
他の園児たちが集まってるところへ駆けていった。



「忍、あんたなんか変よ?」

「そうかもな。」


「ようばかり構って…何かあるの?」

「…別になんでもねぇ。」



言われてみて冷静になる。

昔のあこがれの人の面影を求めて、
たかだが一人の幼稚園児に何を固執してるんだ俺は。


そう、もう関係ないじゃないか。
みやぎだって…俺の事を好いてないんだし。









『せんせ!おれ、せんせーのことすきだ!』

『おー、先生も好きだぞ。』


『あそびじゃないんだぞ!ほんきなんだ!』

『あはは、そりゃありがたいな。
 しのぶにそんだけ好きって言ってもらえて。』


『わらうな!おれがほんきでいってるのに!
 おおきくなったらおれとけっこんしろ!!』

『…ぶっ。あははは!』


『わらうなっていってんのに!!』

『悪い悪い。じゃあしのぶが大きくなるまで
 嫁さんもらえねぇな。』


『あたりまえだ!』






暗闇で目が覚める。
古い夢を見てたみたいだ。


最後に見たあの人を見た時の夢。



結婚だのなんだの

そんな話をした次の日。
あの人は突然、俺の前からいなくなった。


治らない病気だったらしい。


別れの挨拶もなしに消えてしまったあの人。
その後、風の便りで亡くなったと聞いた。




「嫁もらわねぇで待ってるっていったじゃん…」



暗い部屋で呟いた言葉は
あの人に届くはずもなく消えていった。





「38.7か。完全に風邪でしょうね。」



翌朝、姉が体温計を持って
やれやれといった顔で俺の額のタオルを取り換える。



「園長には言っておくから病院行って
 今日は家で休んでなさい。」

「…わかった。」



一晩中考え込んだせいか、
おそらく風邪ではなく知恵熱を発症した。


頭がぼんやりと重くて、苦しい。




「じゃあ私行くから、戸締りだけきちんとして
 出かけるのよ?」



そういって姉が出ていく音がして、
やがて部屋に静寂が訪れた。


静かで薄暗い空間。
そんな場所にいると嫌でも暗いことしか
考えられらなくなる。



あの日、あの人を失った喪失感。

世界に独りにされた気がした。



こんな風に静かで暗い世界。




あぁ、今になってわかった。


俺が幼稚園の先生をめざしたのは
なんとなくなんかじゃない。


どこかであの人の影をずっと追っていたんだ。


同じ立場にたてば
なにか、この心の中の穴を埋められるんじゃないか…


だから、嫌いでもなんでも
がむしゃらに頑張ってきた。




先生…でも、俺は…やっぱり
あんたみたいな人になれそうにないや。










「ん…」


いつの間に眠ってしまったのか
気が付けば時計の針は夕方をさしていた。



「あ、おきた。」

「…え?」



そして時計に奪われた視線を
するはずのない声のほうに向ける。



「しのぶせんせい、ねつさがった?」

「みや、ぎ…!?」

「おはよー。」



当たり前のように挨拶してくるみやぎに
一瞬熱のせいで幻覚を見ているのかと思った。


けれど、ドアからの姉の登場により、
それが幻覚ではないことを知る。



「忍、起きた?」

「姉貴…」



「ようが、あんたが風邪ひいたっていったら
 どうしてもお見舞いに行くって聞かなくてね。」

「り、りさこせんせい!」



話す姉貴にみやぎは顔を真っ赤にして怒る。
みやぎが俺のお見舞い…?



「じゃあ私は夕飯の支度してるから、
 くれぐれも起きて暴れないようにね。」

「あ、暴れるって…ガキ扱いすんな!」

「私から見ればあんたもまだまだガキよ。
 じゃあ大人しくしてなさいね。ようも。」

「はーい。」




再び姉が去って、俺とみやぎ
2人の空間になる。



「…なんで来た?」


沈黙が気まずくて、思わずとげとげしい
尋ね方になってしまう。


「なんでっていわれても…」


みやぎも俺の言い方にむっとしたのか
ぶっきらぼうな返し方をしてくる。



「お前は俺の事嫌いなんだろ。
 だったらいちいち見舞いになんか…」

「だれがきらいっていったんだよ!」

「え?」



みやぎから顔をそむけながら言うと
何故かみやぎはベッドに這い上がってきて
俺に向かって怒った。



「だから、だれがしのぶせんせいのこと
 きらいなんていったんだよ。」

「だ、だって…お前俺の事避けるし…」

「さけるって、そりゃまいにちあんだけ
 おいかけまわされたらこわいって。」

「…」



確かに隙あらばみやぎを追いかけていた。
だからこそ嫌われたと思ったのに。


「でも、きらいなんていってないし。
 それにきょういちにち、せんせいなくて…
 なんかちょうしくるうっていうか。」

「みやぎ…」


「だからへんなこといってないで
 さっさとよくなれ。」



ちびのくせに偉そうな物言い。
先生に対してその態度はなんだと言ってやりたいけど

今はそれよりなにより…



「わっ…」

「みやぎ…」



みやぎをぎゅっと抱きしめていたかった。


子供独特の体温が熱で披露した身体に
じんわりと伝わってきてすごく心地いい。



「…先生…」

「え?」



思わずこぼしてしまった『先生』という言葉に
みやぎは首をかしげる。


ごめん、でも今日で最後にする。
あの人の面影を追うのは。



これからは、きちんと
『みやぎよう』という人間を見よう。


あの人の代わりなんかじゃなくて。




「よくわかんないけど…
 あしたはちゃんとようちえんきてな?」

「うん…」


「よし!あ、あとおれをおいかけまわすのは
 なしだからな。」

「ぐー…」


「え!?せんせい?ねた?
 ちょ、これじゃうごけない…!」




面影を追うのは最後にするけど、
俺はみやぎようを追い続ける。


だってこんなに温かくて落ち着くから。



今度こそ見失わない。
そしてあの人みたいに立派な先生になるよ。




***


「みやぎー!!!遊ぶぞ!!!」

「だーかーらー!!怖いって!!」


「こら、忍!!!!」



120802 更新


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