人魚姫に愛のキスを[2] タクシーを拾うのも億劫で、 俺は自宅までの距離を歩いて帰ることにした。 今は、夜風に当たって頭を冷やしたほうがいい。 そう思ってしばらく歩いていると、 道沿いにあるバーから見知った2人が出てくる。 それは俺が今、一番見たくない光景だった。 「高野さんと…横澤さん…」 自分でも呟いた声が震えているのが分かる。 次の瞬間、高野さんと目が合ってしまった。 「小野寺…?」 その唇は確かにそう動いた。 俺はとっさに横の路地へと駆け込んでその視線から逃れた。 一気に駆け抜ける。 どこでもいい。あの人達のいない所へ。 そうやって無我夢中で走っていた俺は 目の前の人に気づかなかった。 どんっという衝撃と共に俺は大きく後ろに倒れこむ。 「っ…」 「いってぇ…お兄さぁん、気をつけてよ? 怪我しちゃうじゃん。」 「す、すみません…」 慌てて頭を下げると、 いかにも柄の悪そうな男が俺を見下ろしていた。 そして俺の顔を覗き込んで不思議そうに首を傾げる。 「あれ?お兄さん、泣くほど痛かった?」 「え…あ、いえ…」 気がつけば俺の頬は涙で濡れていた。 慌てて手で拭っていると、ぐいっと腕を掴まれた。 「いたっ…」 「泣かないでよー。可愛い顔が台無しだしさぁ。 どこかその辺で怪我見てあげるよ。」 その暗い笑みを見て、身体中に恐怖が走る。 本能が警鐘を鳴らす。 「い、いえ…遠慮します。あの…急いでるので…」 「別にいいじゃん。ていうかさ ぶつかったお詫びしてよー。」 掴まれた腕を強引に引っ張られ、立たされる。 どうしよう…振り払いたいのに、身体が震えて力が…はいらない。 「わー、震えちゃって可愛いー。 ほら、すぐそこに休憩できるとこがあるからさぁ。」 「や、嫌ですっ…離して…」 「ふーん…なんならここで服剥いで見てあげてもいいよ? お兄さん、外のほうが興奮しちゃうタイプ?」 男がいやらしい笑みを浮かべて俺を壁に押し付ける。 気持ちの悪い熱を持った身体を擦り付けられて 嫌悪感で泣き喚きたくなる。 「やだっ…やめっ…」 「小野寺!?」 「!!」 力が入らないなりにどうにか抵抗していると、 後ろから驚いたような声が聞こえた。 「お前何して…そいつ誰だ。」 「あんたこそ誰?俺、今からこのお兄さんに ぶつかったお詫びしてもらわないといけないんだけど。」 「…いいから、そいつから手離せ。」 「は?あんた何様のつもり?」 「聞こえなかったか。そいつから手を離せ。」 「あんたこそ聞こえないのかよ。 このお兄さんは今から俺とお楽しみなの。 お邪魔虫はどっかに消えな。」 男の言葉にやはり自分が今危険な立場に いることを思い知らされる。 怖くて、涙が溢れて… 「たすけ、て…高野さ…「政宗!!」 俺が高野さんに手を伸ばそうとした瞬間。 さらにもう1人が路地へと駆け込んできた。 「なにやってんだ政宗。…ってまたお前かよ。」 高野さん越しに俺の姿を見た横澤さんは うんざりだといった顔で俺を睨みつける。 「プライベートでまで政宗に手間かけるんじゃねぇよ! おいお前、どこの誰か知らないけどさっさとそいつ連れてけよ。」 「横澤!?お前何言って…」 「目障りなんだよ!政宗の周りをちょろちょろして 振り回して、いつまでも調子にのってんじゃねぇ!」 「バカかお前、今そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」 「バカはお前だ政宗、あんな奴くれてやれよ。 そのほうがおまえの為だ。大体、1人でこんなとこ 通ってる時点で、こういうの期待してたんじゃねぇの? 結局、男なら誰でもいいんだよ、あいつは。」 そこからは何も聞こえなくなった。 いや、横澤さんは何かを叫んでるし、 それに対して高野さんも何かを叫んでいる。 でも耳に入ってこない。 心が…音を聞くことを拒否してしまう。 その場にへたり込んだ俺と言い争う高野さん達を 見た男は、やばいと感じたのか走って逃げていった。 それをぼんやりと見送った後、 俺は糸が切れたようにその場にどさっと倒れた。 ←1 3→ [戻る] |