まるかわ幼稚園_ロマ-1 | ナノ


 あきひこ君と美咲先生の場合


昔から子供が大好きで、
やっと就くことのできた幼稚園教員の仕事。


働く先も決まって、
俺、高橋美咲は意気揚々と『まるかわ幼稚園』へとやってきた。


そこで運命の再会が待ち受けているとは知らずに。




「じゃあ、ちびたんには
 高槻理沙子先生と一緒に年長組を
 担当してもらうから。」

「ち、ちびたんって…」


「よろしくね。高橋君。」

「あ、はい!よろしくお願いします!」


園長の呼び方には抗議したかったけど

続けざまに高槻先生に挨拶されて、
俺は文句を引っ込めるしかなかった。



「みんな新しい先生がくるって
 朝から大はしゃぎなのよ。」

「あはは、気に入ってもらえるといいんですけど。」

「高橋君なら大丈夫よ。」


ベテランだという高槻先生に太鼓判をもらい、
少し気持ちが軽くなったところで、

俺はいよいよ、自分が担当する
子供たちのいる部屋へと入った。



「みんなー!朝お話してた
 新しい先生がきてくれましたよー。」


高槻先生のその声に、きゃあきゃあと
歓声があがる。

その声をうれしく思いながらも
俺は1歩踏み出して、子供たちに挨拶をした。



「みんな初めまして!
 今日からこのまるかわ幼稚園年長組の
 せんせいになる高橋美咲です。どうぞよろしくね。」

「「よろしくおねがいしまーす!」」



俺の挨拶に子供たちがきちんと返事をしてくれたことに
感動していると、ある1点から鋭い視線を感じた。


不思議に思ってその視線を辿ると…
俺はあり得ないものを発見した。



「う、う、ウサギっ!?」

「え?」


いきなりの俺の声に、高槻先生が
不審げな顔を浮かべる。



「あ、すいません…えっと…」


どう説明しようかと悩んでいると、
俺が絶叫した原因がとことこと歩いてきた。



「あれ?あきひこ君どうしたの?」


その原因、うさみあきひこに向かって
高槻先生が首をひねる。


すると、その原因はにっこりと天使のような
笑顔を浮かべて言ったのだ。



「せんせい、みさきはおれのなんです。」と。






宇佐見秋彦。通称ウサギは
俺の兄ちゃんの知り合いの子供だ。


その兄ちゃんの知り合いというのが
かの宇佐見グループの現総帥だというのだから驚きだ。


なんでも、電車の乗り方に困っているところを
助けてあげてからの仲らしい。

世の中何があるか分からないよね。



そんなこんなで、兄ちゃんがお礼にと
宇佐見家の、ここは日本ですかな屋敷に招かれた時

俺も一緒について行ったのだけれど、


そこで俺はウサギに出会ったのだ。




一見華やかに見える空間。
その空間の中で、寂しげな空気を纏った子供。


俺は思わず声をかけた。



「名前はなんていうの?」

「うさみ…あきひこ。」



あきひこと名乗ったその子供は
なんだかひとりぼっちの目をしていた。

誰も信じていない、誰も愛していない。


そんな目。



俺は馬鹿だし、その時にすでに幼稚園の先生を
目指していたこともあって

どうにかその子供を救いたいと思ったのだ。



「あきひこ君か。俺は高橋美咲っていうんだけど
 俺と一緒に遊ばない?」

「…なんで?」


幼い子供には似合わない
複雑そうな表情で俺を見つめてくる。


「あきひこ君と遊んでみたいからかな。」

「…べつにいいけど。」


「よし決まり!じゃあ何して遊ぼうか?」


渋々といった顔でうなずいたあきひこ君に
笑顔でそう問いかけると、

信じられない言葉が返ってきた。



「ぶらいんどちぇすとか?」

「ぶ、ぶらいんど…なに?」


「ちぇす。」

「ちぇすって…あの…駒使う奴?」


「しらないの?」

「いや、チェスは知ってるけど…」



ブラインドチェスとは、道具を使わず
頭の中だけでやるチェスのことだ。


こんな幼い子供の口から
そんなものが出てくるとは思いもせず
つい俺はフリーズしてしまったのだ。



「そ、それよりもっと子供っぽい遊びしない?」

「こどもっぽい?」


そう問いかける俺にあきひこ君は
ほんとに悩みこんでしまう。


そんな姿にふと思った。

こんな大きな屋敷の中で、
孤独を抱えているように見えたこの子は

普通の遊びなんて知らないんじゃないかって。



「例えばかくれんぼとか。」

「かくれんぼ…?」



俺の予想は多分あたっているんだろう。
あきひこ君はかくれんぼという言葉を
まるで初めて聞くみたいにしきりに首をかしげた。



「かくれんぼ知らない?」

「…」


知らないことを認めるのが嫌なのか
俯いて無言になってしまう。



「かくれんぼっていうのはね、
 どこかに隠れた他の子を鬼役の1人が
 探し出すゲームなんだよ。」

「…たのしそう。」



俯いていたあきひこ君は
ぱっと顔をあげてキラキラした目で俺を見つめる。


「じゃあやってみる?」

「うん!」


「じゃああきひこ君が隠れる方でいいかな?」

「わかった。」


さっきの寂しそうな顔が一見、
わくわくとした表情に変わっているのを見て嬉しくなる。


「じゃあ1分たったら探しに行くから。
 隠れる場所はこのおうちの中ね?」

「うん!」



あきひこ君はおおきく頷いて
勢いよく駆け出して行った。



俺はくすりと笑いながらゆっくりと座って
時間が経つのを待った。


そして1分後。
俺はかくれんぼという選択肢を大いに後悔した。


「どこいった…?」



隠れる時間が1分とはいえ、
このだだっぴろい屋敷でかくれんぼなんて…



「でも子供の足だからな…」


そう、きっとそのうち見つかるさ。
気を取り直して、俺はあきひこ君捜索を開始した。


しかし30分経ってもあきひこ君は見つからない。



「どうしよう…」


さすがに1時間見つけられないとは思いもせずに
俺はかなり焦り始めた。

兄ちゃんの話だとここから帰るのが
夕方の5時くらいだと言っていたから

残りはあと30分もない。



それまでに見つけないと。



そう思って、ある部屋の前を通りかかった時、
中から小さく泣き声が聞こえてきた。



「!!」


俺は慌ててその部屋に飛び込む。
すると部屋の隅で不自然に盛り上がったシーツが見えた。


そのシーツは泣き声に合わせて上下している。



「…やっと見つけた。」


どっと身体から力が抜けるのを感じながら
俺はそっとそのシーツを取り払う。



「あきひこ君みーつけた。」

「っ…みさき!」


あきひこ君はぎゅっと俺にしがみついてくる。


「見つけるの遅くてごめんね?」

「…みつけてくれないかとおもった。」


少し涙声でぐすぐすと告げてくるあきひこ君が
可愛く思えてそっと背中を撫でる。


「でも見つけただろ?」

「うん…」


やっと顔をあげたあきひこ君は
結構泣いていたのか、目が真っ赤で

まるでウサギみたいだった。



「あきひこ君、目がウサギみたいだね。」

「…ないたのなんてひさしぶりだ。」


俺の腕の中でぽつりとつぶやくその声は
どこか寂しげで、たまらない気持ちにさせる。


「じゃあこれからあきひこ君のこと
 ウサギってよぼうかな。
 ちょうど宇佐見とウサギって似てるし。」


その寂しさを少しでも紛らわせるようにと
笑ってそう告げれば、あきひこ君、もとい
ウサギは少し口を尖らせた。


「おれがなきがおみせたのは
 みさきだけなんだからな。」


そう呟いて。




それからほどなく兄チャンと帰宅する時間になり、
俺は寂しそうに俺を見つめる
ウサギの視線を感じながら家路についた。


こんなお屋敷の子供だから
もう会うことはないのかもしれない。


けれど、もし叶うなら
また会って、ウサギの孤独を癒してあげたい。

俺はそんな風に考えていたんだ。



***


「なんで…ここに?」

「なぜってそれはおれがここのえんじだからだ。」


呆ける俺にウサギは満面の笑みで
そう告げてくる。


「いや…そうだろうけど…
 でもすごい偶然…」

「ぐうぜんではない。」

「へ?」


こんなこともあるのかと驚きっぱなしの
俺にウサギは笑顔でこんなことを言い出した。



「みさきがようちえんのせんせいをめざしていると
 きいたから、いさかさんにたのんで
 このようちえんにはいぞくされるようにしくんだ。」

「…はい?」


「おれのなきがおをみたせきにんはとってもらうからな。」



あたりまえのようにそんなことをいうウサギ。

え。じゃあ何?
俺、ウサギの策略でここに仕事が決まったの?


「ちなみに
 いさかさんはあにのおさななじみだから。」

「!?」


「これからよろしくな。みさき。」





兄チャン、俺ってば大変な子供に
好かれちゃったのかもしれません。




*END*
120710 更新


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