TakaRitus-t5 | ナノ


 05.似た後ろ姿を目で追って



もう何度、経験をしただろうか。




あの柔らかい色の髪をした後ろ姿を見るたびに
目で追ってしまう自分がいる。


誰といる時でも、そんなのはおかまいなしとばかりに
その色は俺の視界に飛び込んできて意識を掻っ攫う。


初めは追いかけていちいち確認していた。
もしかしたらアイツなんじゃないかって。



でも、それはことごとく失敗に終わり、
俺が掴んだ腕はいつも別人のものだった。



そんな風なことを繰り返して、追いかけるのを諦めた頃に
なぜだかあいつはひょっこりと俺の前に姿を現した。




見間違いじゃない。似てる奴でもない。
正真正銘、俺が想い、探し求めていた相手。



小野寺律。



やっと見つけた。やっと手の届く位置まで戻ってきた。
キスをして、身体も重ねた。半ば強引にだけど。

俺のことをどう思うかの問いにも前向きな答えが返ってきた。
だからもう、焦る必要なんてない。





そう思っていたのに、その光景が
休日の街をぶらついていた俺の目に映りこむ。



無意識に視界を奪われて目で追った。



触れるとさらさらと流れる柔らかな髪の色。
その隣にはふわふわとした可愛げな雰囲気の女。


あれはあの許婚の女だろうか。


その気がないなら優しくするな、
そのほうが女を傷つけると、そう言っておいたはずなのに。


なんでお前はその女と歩いてる?
イライラする。お前は俺を好きなんじゃないのか。


やっぱりそいつが良くなったのか?



考えるよりも身体が先に動いた。




「おい、小野寺。」

追いかけて、その細い腕を掴んでこちらを振り向かせた。


しかし…


「え…誰ですかあなた?」

「なに?知り合い?」

「いや、知らない人だけど…」



振り向かせた人物は思っていた人物ではなくて、
背丈と髪は似ているものの、小野寺じゃない。

隣の女も許婚の女ではなかった。



「申し訳ない、人違いをしたようで。失礼しました。」


俺が丁寧に頭を下げると、別にいいですよと
2人はまた寄り添って街中へと歩いていった。




「何やってんだよ、俺。」



自分の行動に軽く眩暈を覚える。

まるであの頃みたいに、必死に追いかけてしまった。
そのよく似た後ろ姿を本人だと思い込んで。




昔とは違うのに。あいつは手を伸ばせば
触れられる位置にいるはずなのに。


俺はなんでこんなに焦ってる?
俺はなにをそんなに怖がっている?



いや、焦って当然。怖くて当然。
まだはっきりと…あいつの口から聞いてないんだから。

他の誰でもなく俺を想っているという確かな確証なんて
いまだに何もないんだから。


頭を抱えたくなる。自分のバカな行動と
笑えてくるほど律を溺愛していることに。






「高野さん…?」


久しぶりに悲観的な考えに立ち尽くしていると、
背後から予想もしなかった声がかかる。



「な、何してるんですか!
 休日まで後をつけないでください!」


別に後なんかつけてないし、出会ったのは偶然だ。
それなのに俺にはお構いなしで小野寺は顔を真っ赤にして叫ぶ。


そんな小野寺を俺はただ見つめていた。


不安やなにかわからない負の感情を抱えたまま
言葉が出せずにいた。


いきなり消えたり現れたりする目の前の存在に
戸惑い、やるせなくなる。

どうせこの後、お前は慌てて逃げていくんだろう。


明日には会社で顔をあわせるから…
それでいい。なんだか今は…いつもみたいに強引に振舞えない。


手を…伸ばすことが出来ない。
偽者の手はたやすく掴めたのにな。






「な、なんか言って…」

怒ったままの顔でそこまで言って、小野寺はふっと表情を変える。
それは普段あまり俺には向けられない心配したような顔。


「高野さん…?なんだか泣きそうな顔してます。」


言われてなんとなくそうなんだろうなと思う。


だって、切なくて痛いんだ。鬼の高野が笑わせる。
たった一人の人間のせいでこんなに弱くなる。




「あ、あの。俺、本買いすぎて持って帰るの重くて、だから
 いつも俺に迷惑かけてるお詫びに持ってください!」


何も答えない俺にいきなりそうまくし立てると
書店の紙袋をどすんと押し付けてくる。



「小野寺…」

「…高野さんにそんな顔されたら調子狂うんですよ。
 いつも俺様で横柄で鬼みたいに人格破綻してるくせに。」

「酷い言われようだな。」

「事実ですから!」


そういうと、小野寺は俺の服の袖を掴んで
ぐいぐい引っ張って歩き始める。


「…どうせなら恋人つなぎして欲しいんだけど。」

「恋人じゃありませんからしません。」



でも、そうやって言葉では俺を撥ねつけるのに
袖は掴んだまま、俺から離れようとはしない。


そして、消えそうな声で呟いた声が
風に乗って俺の耳に届けられる。


「お願いだから…そんな辛そうな顔しないでください。」



その声に記憶がフラッシュバックする。


放課後の図書室。

家庭崩壊していると告げ、
泊まりに来るかと訪ねた時の小野寺の必死な瞳と言葉。



俺のためにと、テンパっているであろう頭で
一生懸命に寄り添おうとしてくれた。

あの時の小野寺が今の小野寺に重なる。



「じゃあ、今日うち泊まる?」

「!?」


あの時のこと、小野寺は覚えてくれているだろうか?
俺が寂しくないなら、と言ってくれた台詞。



「嫌です!」

「あ、そ。」


返ってきたのはある意味当たり前で
いつも通りなリアクション。俺は自嘲気味な笑みをこぼす。

しかし、続いた言葉に俺は言葉を失った。



「…でも、今日はカレーを作りすぎる予定なんで
 晩御飯だけなら一緒でも、いいです。」

「…!」

「な、なんか文句あるんですか!」


耳まで赤くして、さらに歩く速度を速める小野寺。
あぁ、どうしよう。やっぱり…好きだ。好きだ好きだ。



「手作りカレーとか久しぶりだなって。」

「あ、味とか期待しないでくださいよ!
 まずいとかいったらぶっ飛ばしますけど!」



捕まえるつもりが捕まえられて、
守るつもりが守られて…


「お前の作るもんなら何でもいい。」

「そ、それって期待してないって事ですか!?
 ば、馬鹿にして!!見てろよ!
 高野さんが腰抜かすくらいのカレー作ってやりますから!」


1人で勘違いして暴走するところも変わらなくて。


「ありがとう。」

「な、なにお礼なんか言ってるんですか。
 高野さんのくせに…」


そういっている顔が少しだけ
嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。






それからマンションに戻り、
小野寺の手作りカレーを味わってから

さっさと逃げ出さないように
小野寺の膝の上に頭を乗せて寝たフリを決め込んだ。

離したくない。離れたくない。





「高野さん!?ちょっと!ほんとに寝たんですか?
 俺、もう帰るから…」

「…」


起きてる。でも返事はしない。


「…ほんとに…寝てる?」


おっかなびっくりな声で俺に問いかけて、
俺が寝ていると判断すると、その手がそっと頭に乗せられた。


「……」


小野寺は何も言わずに、俺の頭を撫で続ける。
大事そうに何度も何度も。


「…先輩。」


心地いい声。あの頃よりももっと…
お前の声は俺の中に染み渡っていく。


「素直になれなくて…ごめんなさい。
 まだ…怖いから…」



髪を梳きながら寝ている俺に語りかけるその声は
か細く震えていて、胸の奥が痛くなった。

今すぐ起き上がって抱きしめたいけど、
俺が起きたら、きっとこの言葉はまた飲み込まれてしまうだろう。



「ほんとは…今日見てたんです。
 俺によく似た人を高野さんが必死に追いかけてるの。

 そのあと…あんな辛そうな顔されたら…
 見てられなくなるじゃないですか。」


見られてたのか。かっこわりぃな俺。
でも…だからあの時小野寺は俺に声をかけてきたのか。

髪から頬へ、小野寺の手が移動してくる。


「あんな泣きそうな顔しないでください。
 俺は…もうどこへもいかないから。」


泣きそうな顔しないで、そういった小野寺の声のほうが
よっぽど泣きそうで、切なかった。


俺は寝返りをうつフリをして、
小野寺の腰の辺りに抱きつく形をとる。



「え!?起きて…!?」

「…」

「…な訳ないか。」


そう呟くとまた安心したように俺の髪を梳き始める。
俺は…今のお前の言葉を信じていいんだよな。

その手を、体温を、泣きそうな声を。



***




「ほんといい加減にしてくださいよ!
 膝枕で何時間も寝るなんて非常識です!
 足しびれたし家に帰れないし!」

「なら俺をどけて帰ればよかっただろ?」

「…俺は高野さんみたいに性格悪くないんで
 そんな非道なことはできません!」

「優しいねぇ、小野寺は。」

「っ…とにかく調子にのらないでくださいね!
 今日みたいなことはこれきりですから!」


結局、小野寺の膝枕を2時間ほど堪能して
ほんとに眠りに落ちていた俺は

起き抜けに小野寺に怒鳴られていた。



「せっかくいい夢見れたのにな。」

「はぁ!?」

「お前が、もうどこにもいかないって
 俺に約束してくれる夢。」

「っ…な、な、な…そんな約束、す、する
 訳、ないでしょ!!」


どもるのにもほどがある。


「それは絶対に夢ですからね!夢!
 ほら!高野さんも一緒に叫んで。それは夢ぇ!!」

「はいはい、夢だって言ってるだろ。」

「わ、わかればいいんです。」

「律。」

「なっ…んん!?」


面白いほどうろたえてうるさいので
その元凶を塞いでやる。


「な、なにすんですかー!!!!」

「お前うるさいから。」

「なっ、うる…っ、そんなっ…」

「これ以上うるさくするともっかいするぞ?」

「っ〜!!」


まだなにか文句を言おうとしていた小野寺に
そう釘をさすと、両手で口を押さえて黙り込んだ。



「さっきの夢、正夢になるといいな。」

「なりませんよ!」

「…ほんとに?」

「…知りません。」




ハッピーエンドにはまだ遠い。
けれど、着実に前に進んでいるから。

今はこれで許してやる。


「んぅっ!?またっ…高野さん!!!!」




*END*
110805 脱稿


【後書き】

ちょっと弱っちゃった高野さんが
律っちゃんに甘やかしてもらうっていいよね。←

うちの高野さんは結構脆い仕様。

学生時代、律っちゃんに似てる人を見かけるたびに
追いかけちゃったんだとおもうとホロリ(T_T)

これから存分に律っちゃんに甘やかして
もらうといいよ!!ハッピーエンドにはまだ遠い、でしょうが(笑)



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