咲き誇る華を君に 「ウサギさーん、ご飯できたよー。」 完璧なる日本の朝食を机の上に作り上げて 俺は家主兼とりあえず恋人っぽいウサギさんこと 宇佐見秋彦大テンテーを呼び出す。 今日はまだそんなに締め切りに終われてないから 普通に睡眠をとって機嫌も悪くないはず。 そんなことを考えながら、味噌汁をよそっていると 予想通り、ちょっと眠そうだけど普通なテンションの ウサギさんwith鈴木さんが降りてきた。 「おはよう美咲。」 「おはよ。」 「今日の朝飯は?」 「鮭の塩焼きと出し巻き卵、ほうれん草のおひたしに 豆腐と油揚げの味噌汁。」 「お前もすっかり主婦だなぁ。 なぁ、やっぱり丸川に就職はやめてこの家に永久…」 「い・や!俺が試験受かるのどんだけ苦労したと 思ってんだよ!」 鈴木さんを席に座らせながら、 また馬鹿なことを言っているウサギさんの前に 味噌汁と炊き立てのごはんを並べる。 「まぁ、いい。 今は兼業主婦もたくさんいる時代だしな。」 「いい加減、その主婦から離れませんかテンテー。」 「何を言う。今は恋人という関係だが、 ゆくゆくは夫婦になるんだから…」 「日本の法律じゃなれねぇよ!」 「ん?そうか。もう美咲はとっくに結婚できる 年齢だったな。今から婚姻届を…」 「人の話聞けよ!」 本気で出かけようとするウサギさんを席に 押しとどめて、とりあえず飯が冷めるというと諦めて食事を始めた。 まったく。この常識しらずのぼっちゃんテンテーは 今日も突拍子もない行動をとって俺を困らせる。 今の年齢で過ごす最後の1日がこれってどうなのよ? とか思いつつ、まぁ、これはこれで幸せなのかも、なんてね。 むかつくから言ってやんない。 「そうだ。美咲。」 「何?」 「明日はちゃんとバイト休みにしてあるだろうな?」 「はいはい。ちゃんと休みをもらってますよ。」 そう、明日は俺、高橋美咲の誕生日だ。 ウサギさんが誕生日デートしようなんて言い出したから 俺は言われるがままにバイトの休みを取った。 別にデートしたいわけじゃないけどさ。 誕生日は…やっぱりウサギさんと過ごしたかったし。 「で、明日はどこ行くの?」 「内緒。」 「えー。教えろよ。」 「教えたら楽しみが減るだろ?」 ウサギさんはイキイキとした表情で答える。 毎年、俺の誕生日にウサギさんは張り切って準備をする。 ウサギさんと住み始めてはじめての誕生日は 寝台列車で北海道まで行ったっけ。 その時のことを思い出すと ちょっと…つーかかなりハズイ。 主に旅行に旅立つまでの…いやいや、思い出すまい。 結局、マリモがメインみたいになってたけど それでもたくさん写真を撮って、いろんなところに行って すげえいい思い出になったんだ。 俺様で世間知らずなウサギさんだけど いつだって俺のことを考えてくれる。 優しいウサギさん。 「じゃあ期待しとくからガッカリさせないでよね!」 その言葉は胸の中だけに仕舞っておいて。 うわべだけ生意気な言葉を言ってみる。 「あぁ、しっかり期待しておけ。 でも、楽しみにしすぎて寝不足になるなよ?」 「俺は遠足前の小学生か!」 「お前ならやりかねん。」 「ガキあつかいすんなー!」 そんないつも通りのやりとりをしながら朝食を終えた。 その時、俺はまだ見当もつかなかった。 今年ウサギさんが俺に何を用意しているのか。 *** 翌日。俺の誕生日当日。 0時ちょうどにお祝いを言いたいから、なんて理由で ウサギさんの部屋に連れ込まれていた俺は 物書きのくせに、力強いウサギさんの腕の中で目を覚ました。 なんだかすげぇ恥ずかしいんですけど。 今日出かけるからって、ウサギさんは何もしてこなかった。 ただ俺を抱きしめて、キスして… 0時ちょうどに「おめでとう」と言ってくれた。 くすぐったくて…でも嬉しかった。 『俺より先に美咲にお祝いを言う奴がいてはいけない』 というむちゃくちゃな独占欲で 電源を切られていた携帯を手探りで復活させる。 ちなみに家の電話も電話線を抜くほどの徹底振り。 これも毎年の恒例行事。 携帯には兄ちゃんと姉ちゃん、藤堂や薫子さん、 ウサギ兄、ウサギ父(なぜこの2人は俺のアドレスを知っているのか) 角先輩、その他友達、そして相川さんや編集部の人から お祝いのメールがたくさん届いていた。 みんなに気を使わせたくはないけど、 やっぱりこうして祝われるのは悪い気はしない。 自分が産まれて来たことを喜んでくれる人がいるのは とても幸福なことだと思うから。 「ん…」 俺がごそごそと動いていたからなのか、 ウサギさんが身じろいで目覚める。 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「んぅ…」 まだ寝ぼけているのか、俺を抱き寄せて 髪の毛に顔を埋めてくる。 「ウサギさん、くすぐったいって。」 「…美咲のにおいがする。」 「!?」 寝起きの少し掠れた声には妙に色気があって 思わず心臓がドキッと音を立てて跳ねる。 「も、もう寝ぼけてないで起きなよ! 俺、朝飯の準備するし。」 「もう少し…」 「あ、こら…だめだって。」 ベッドから出ようとする身体を ぎゅうっと抱きしめられて身動きがとれなくなる。 いつもなら離せバカウサギって大騒ぎするけど、 今日はなんだか、俺も離れがたくて… もう少し、もう少しならいいかって抵抗する力を抜いた。 「美咲、準備できたか?」 「うん!」 あれからちょっとだけ2度寝して、 朝食、シャワーを終えた俺とウサギさんは 愛車の赤いスポーツカーでマンションを後にした。 「まずはどこ行くの?」 「そうだな。はじめは美咲の見たがってた 映画にいこうか。ほら、スペルベアーグの新作。」 「まじで?ロスト・ベア・パーク?」 「あぁ。」 「やったー!あれ見たかったんだよね。 前作で遺伝子操作されて知能が強化されたクマが とある島で生き残っていた!! 偶然、その島にたどり着いた船に乗っていた 少女とクマの友情の物語!!」 「ポップコーンは?」 「もちキャラメル味!」 見たかった映画に行けることになって 俺のテンションは一気に上がる。 映画館に着くまでロスト・ベア・パークの話ばかりをして ウサギさんに笑われてしまった。 今日の俺、ほんと浮かれすぎかも。 それから映画館でポップコーンを食べながら ロスト・ベア・パークに大騒ぎして、 映画が終わったあとは、その辺でぶらぶら買い物。 お昼にはウサギさんが今だ未体験の ベアーズ・フライドチキン。 新商品のベアバンズチキンバーガーに ウサギさんは俺以上に興味津々でおかしかった。 その後は、水族館にいって 産まれたばかりのアザラシの赤ちゃんを見て イルカショーではしゃいだ。 しかし楽しい時間はあっという間に流れるもので。 気がつけばもう、夜の色が空を染めていた。 「あと今日の予定は夕飯くらい?」 「あぁ、そうだな。」 「夕飯はどこで食べるの?」 「ホテルでルームディナーを予約してる。」 「またかよ!あんまりお金かけなくていいって。 昼間だって十分遊んだんだし。」 ホテルという言葉に一瞬慌ててしまう自分が恥ずかしい。 でも、なんつーか。ホテルに泊まったときで ウサギさんに何もされなかった記憶がまったくない訳で。 うん、俺は悪くないだろ。 「今回はホテルじゃなきゃだめなんだ。」 「な、なんだよそれ。」 「詳細は内緒。美咲がここでキスしてくれるなら 教えてやってもいいが?」 「はぁ!?」 運転しながら、ニヤニヤと笑っているウサギさん。 どうせよからぬ事をたくらんでるんだ。そうに違いない。 「今聞かなくたって後でわかるんだろ!」 「お、美咲にしてはするどいな。」 「バカにすんな!」 「してない。純粋に褒めてるんだ。」 すごいすごい、と到底褒めているように聞こえない ウサギさんの声に俺は頬を膨らませる。 そうこうしているうちに、車はホテルへと到着。 わかってはいたけれど星5つの高級ホテルだった。 「ようこそお越しくださいました、宇佐見様。 お部屋までご案内させていただきます。」 そして、これもわかってはいたけれど、 案内されたのは最上階、スカイビューのスイートルーム。 「金は老後に備えろってあれだけ言ってんのに…」 派手さはないけれど、いかにも高そうな室内を 見回しながらぶつくさ文句をたれる。 「美咲の誕生日は1年に1回だけなんだから これくらいしても罰はあたらん。」 「そりゃ…そうだけど。」 「お前が人に気を使わせるのが嫌なのはわかってる。 でも俺はお前の恋人なんだ。 俺にだけは甘えて欲しいし、俺が気を使ってるなんて 考えて欲しくないんだよ。」 「ウサギさん…」 どうしよう…きっと俺、顔真っ赤だ。 俺はウサギさんにたいしたことしてあげられてないのに。 この人はいつだって俺を喜ばせて、幸せな気持ちにしてくれる。 「俺はいつだってお前を繋ぎとめるのに必死なんだ。 美咲が俺以外の人を好きになったら? 俺のことが嫌になったら? 正直、お前の繋ぎとめ方が…俺にはわからない。」 そういうと、そっと腕の中に抱き寄せられた。 「そんなの…」 そんなの、必死に考えなくたって… 俺は…もう、ウサギさんから離れられないのに。 この暖かい体温を知ってしまったから。 優しさにくるまれる心地よさを知ってしまったから。 ウサギさんが好きって…思ってしまったから。 「だからいろんなもので気を引いて お前をどうにか…俺のそばに置こうと。 でもお前は物を買い与えるのも、 高いレストランやホテルも要らないと言う。」 顔をあげると、そこには思った以上に 不安げに瞳を揺らすウサギさんがいた。 「俺は…お前に何を与えればそばにいてもらえる?」 「…バカだよ、ウサギさんは。」 そんな悲しげに聞くから。 ちょっとだけ…気まぐれを起こしたくなる。 いつもなら、言えないような言葉も ウサギさんのために言ってあげたくなる。 「プレゼントも、レストランもホテルも 嬉しいよ?体験したことないものばっかだし。 でもね、俺はもう、ウサギさんから 一番欲しいもの、貰ってるから。」 「美咲の…一番欲しいもの?」 背中に回した手でウサギさんのシャツをきゅっと掴む。 さすがに照れくさくて、顔を見てはいえないけれど。 「ウサギさんが、俺にそばにいてほしいって 思ってくれること自体が、一番欲しいものだから。」 「美咲…」 それ以外は、何もいらない。 ただウサギさんと一緒に過ごしていく時間が 俺にとって一番大事なものなんだ。 「いつもありがとう。ウサギさん。」 誕生日は自分が産まれてきたことを周りが 祝福してくれる日でもあるけど、 産まれてきた自分を、愛し守ってくれる人達に 感謝する日でもあると思うんだ。 お礼を言った俺を、ウサギさんは 何も言わずにきつくきつく抱きしめた。 しばらくそうしていた後。 ウサギさんはおもむろに俺の手を引いて 外に広がるバルコニーへと連れ出した。 そして… 「美咲。今日のメインプレゼント。」 そう、耳元に囁かれた瞬間。 目の前の夜空に大輪の華が咲き乱れた。 赤、緑、青、紫、そして眩しい金色が俺の視界へ。 心臓まで振るわせる打ち上げ音が俺の鼓膜へ。 「花火だ!!ウサギさん、花火!!」 色とりどりの光の演出を俺は無我夢中で見入った。 「美咲へ誕生日の花束。」 そんな俺をそっと抱き寄せながら ウサギさんはとろけそうなほど甘い言葉を吐いた。 「は、花束なんてレベルじゃないじゃん!」 「俺の美咲への想いは普通の花束なんかじゃ 表現できないから。花火で表現してみました。」 少し茶化すように笑うウサギさんに胸が熱くなる。 ドンドンととめどなく打ち上げられる花火すべてが ウサギさんが俺に向けてくれる想いの結晶。 「それに、花火にしたのはもう1つ理由がある。」 「え?どういう理由?」 「これなら、お前のご両親にも見えるかなって。」 「っ…」 一瞬、時間が止まった気がした。 「お前をこの世界に産んでくれたことを俺はすごく感謝してる。 だから美咲を祝う花束を、 お前のご両親にも見て欲しかったんだ。」 「っ…」 あぁ、こういうのをるいせんのけっかいって言うんだ。 一瞬、そんな思考が頭をよぎった後。 俺はその場に泣き崩れた。 格好悪いとかウサギさんの前で泣くなんてとか そんなことはもう考えられなくて… ただ幸せで、切なくて。 胸が張り裂けそうなくらい嬉しくて。 言葉になんてならなかった。 自分の身体なのに、涙の止め方がわからなくなった。 「美咲…愛してる。」 崩れ落ちた俺をそっと抱き起こして、 涙でぬれた唇に、ウサギさんのそれが重なる。 「これから先もずっと…お前だけを愛してる。 だから、お前も俺を愛して。」 軽く唇が触れたまま、囁かれる愛の言葉に まるで熱に浮かされたように頷く。 あぁ、俺がついていく人はこの人で間違いない。 俺様で世間知らずのおぼっちゃんで生活能力ゼロの この宇佐見秋彦大テンテーを 俺は笑ってしまうくらいどうしようもなく 愛してしまっているのだから。 「美咲、フィナーレだ。」 そのまま、バルコニーで抱き合った状態の 俺とウサギさんは漆黒の夜空に視線を向ける。 そこに大きく咲いたのは… 「鈴木さん!?」 「そうだ。特注でな。今の日本の花火技術というのは 素晴らしいな。ある程度の形ならできるそうだ。」 俺の誕生祝いの最後に夜空にキラキラと輝く鈴木さん。 いかに花火で鈴木さんを形作るかを熱弁する姿をみて あぁ、やっぱりウサギさんはウサギさんだと思った。 そして、そう思うとおかしくて笑えてきた。 「ん?どうした美咲。」 「ウサギさんはどーしよーもねぇなってこと。」 「なんだそれは。」 「内緒。」 そこまでいって俺はあることを思い出して からかい半分に言ってみる。 「でもウサギさんがキスしてくれるなら 教えてあげてもいいよ?」 「…じゃあたっぷり教えてもらおうか。」 「え、いや…冗談っ…んぅ…!!」 高橋美咲。誕生日の夜。 キラキラの鈴木さんが消えていく余韻の中。 意地悪な恋人をからかった代償はでかかった。 *END* 110802 脱稿 【後書き】 美咲、お誕生月おめでとおー(*´Д`)!! 正確な誕生日はわからないので お誕生月のお祝い話ってことで♪ 初めは浴衣と花火というのをモチーフに 書いてましたが、まさかの浴衣登場のタイミングを逃す!! 高級ホテルで浴衣もないだろうとw 今回の美咲は基本素直ですv デートにも乗り気でついていきますv そしてウサギさんの甘いプレゼントを 高級ホテルのバルコニーで。 空から見守ってくれている美咲の両親にも 見えるように大きく煌く花火を。 ちなみに近隣はいきなりの花火に大騒ぎでしょうな(笑) 平気で3000発くらいあげそうだしw この後はディナー前にデザート食べちゃう ウサギさんのお決まりコース(爆) [戻る] |