SentimentalTriangle 『七光りを利用してさっさとどこか 別の出版社に行けばいい。』 『ひとのもんに手ぇだしてんじゃねえ。』 『政宗に近づくな。』 あの人は夢の中でまで俺にそう告げてくる。 高野政宗は自分のものだと。 今更、お前なんかが出てくるなと。 「…っうぇ…」 深く暗い夢から強引に目覚める。 こみあげてくる吐き気に耐えられず、洗面所へと駆け込む。 「ごほっ…げほっ…!」 夢に出てくる人物。 横澤さんに初めて会った日から蓄積されてきた言葉は、 確実に俺の精神を削っていき いまや俺の心と身体はボロボロになりつつあった。 もう…5日は食事も喉を通っていない。 ごくわずかな量でも、食べようとしたって吐き出してしまう。 夢でうなされ、会社に行けば必ず1回は 横澤さんの警告を聞かされる毎日は、俺を限界へと誘っていく。 それでも負けたくなかった。 そんなことで仕事をやめたら、俺の負けだ。 高野さんのことは…俺はなんとも思ってない。 それさえ横澤さんに伝われば…終わるはずなのに。 高野さんが必要以上に俺にかまうからそれすら出来なくて、 結局、俺は横澤さんの言葉と戦いながら仕事をしなければならない。 「はぁ…仕事、いかなきゃ…」 荒い息を繰り返しながら、俺は意識を手放し床へと崩れ落ちた。 *** 「ねぇ、律っちゃんどうしたのかな?」 「うーん…無断欠勤するような子じゃないし、 ここ最近ずっと具合悪そうだったよね。」 「まさかとは思うが…家で倒れてるのかもしれないな。」 「……」 小野寺が会社に来ていない。 美濃の言うように、ここ最近のあいつは 目に見えて具合が悪そうだった。 食事をとっているのかどうかも 不安になるほどやつれて、やせ細っていた。 無理はするなと一言でも言いたかったのに ここ数日、仕事以外の会話をしようとすると かたくなに避けられて、それさえ言えなかった。 くそっ…無理しやがって。 「俺が様子を見てくる。」 「高野さんが?」 「あぁ、今日はエリカ様のネームチェックが メインだし、少し抜けても平気だろう。だから…」 「高野、いるか。」 予定を確認しながら、出る準備をしていると 後ろから馴染みの声がかかる。 「なんだ横澤。今からちょっと出るんだが。」 「出る?」 「…小野寺が連絡がないまま会社に来てない。」 「はぁ!?サボりかよ。」 「いや、ここ数日体調が悪そうだったし、 もしかしたら倒れてるかもしれない。」 話している時間ももったいない。 はやく、はやく行って小野寺の無事を確認したい。 「それはお前が行く必要があるのか。」 「は?」 「今、一之瀬絵梨佳の漫画のアニメ化の件で 急遽確認したいことがあると向こうのスタッフが ラウンジにきてるんだ。すぐ顔をだせ。」 「いや、でも…」 なんでこんなときに限って… 「すぐ戻るから少しだけ待つように…」 「政宗!!」 言いながらも出かけようとする身体を 横澤の怒号で押しとどめられる。 「お前ら、誰も手空いてないのか。」 「えっと、僕一応空けられます。」 「じゃあ、あいつのところには美濃、お前が行け。 政宗はさっさとラウンジに行け。」 本当なら、仕事もなにもほったらかして 小野寺のところに駆けつけたい。 もし、あいつに何かあったら…俺は… 「っ…美濃、着いて確認できたらすぐに連絡しろ。」 「…了解。」 だめだ。仕事をないがしろにはできない。 とりあえず美濃に確認にいかせて、声だけでも… 律…なにやってるんだ…お前は。 *** 薬品のにおいが鼻につく。 おかしいな。家の洗面所にいたはずなのに… 「あ、小野寺君。気がついた?」 「み、の…さん?」 「あ、無理して喋らなくていいから…大丈夫?」 小さく頷きながら今の状況を考える。 ここは洗面所じゃなくて 俺は白いベッドの上に寝かされていて… 「ここ…は…?」 「病院。小野寺君、家の洗面所で倒れてたんだよ? 管理人さんにお願いして鍵開けてもらったんだ。」 やはりあのまま洗面所で意識を失ったのか。 自分の不甲斐なさに唇を噛みしめる。 「すいませ、ん…迷惑…かけて…」 いつも通りの笑顔でベッドの横に腰掛けている 美濃さんに謝罪を告げる。 「いいんだって。お医者さんが言うには 栄養失調と過労、それにストレス過多だって。 小野寺君、最近ご飯ちゃんと食べてた?」 「…いえ。」 「だめだよ?忙しくてもちゃんと食べないと。 編集者は身体が基本だからねぇ。」 俺を心配するようにかけられる言葉に 目頭が熱くなってくる。気を緩めたら泣いてしまいそうだ。 「はい…ありがとうございます。」 「ほんとはね、高野さんが小野寺君の家に 行くっていってたんだけど… 横澤さんが来て、エリカ様のアニメ化のことで…」 「っ…」 横澤、その名前を聞いただけで堪えきれないほどの 吐き気に襲われて、口を押さえる。 ドロドロと黒いものがこみ上げて、目の前がちかちかと明滅する。 「小野寺くん!?」 美濃さんが慌てて、俺の背中を撫でてくれる。 必死に呼吸を整えて吐き気をやり過ごす。 「ゆっくり息をして…そう。」 必死に美濃さんの声に意識を集中して、やっと身体が弛緩した。 「治まった?」 「は、い…ごめん、なさい…」 「謝らなくていいよ。」 美濃さんはほっとしたように息を吐いた。 そして、ふと真剣な表情になる。 「ねぇ、小野寺君。聞きたいことがあるんだけど…」 コンコン。 美濃さんが何か話を切り出した瞬間。 部屋のドアがノックされた。 そしてそこから顔を出したのは俺が、一番会いたくない人物だった。 *** 「戻りました。」 「あ、おかえりー。律っちゃんどう?」 「うん…結構やばいかもね。」 俺は目の前の光景に目を疑った。 「おい、美濃。なんで戻ってきた? 俺が行くまで小野寺についてろって…」 そう、俺がいくまでは美濃に小野寺のそばにいるように 電話で指示したはずだった。それなのになぜ美濃はここにいる? 「…病室に横澤さんが来て、高野さんがこられないから 代わりに自分が来たって。で、俺には帰れって…」 横澤?どうして横澤が小野寺のところに… 「…高野さん。ちょっと話いいですか?」 追いつかない思考をよそに、美濃がいつもとは違う 笑みを消した表情で俺に問いかける。 「わかった。」 2人で編集部を出て、人気のない廊下へ移動する。 「高野さん。単刀直入に聞きます。 高野さんと小野寺君は付き合ってるんですか?」 「…いや。付き合ってはいない。」 「でもお互いに好意は持っている。」 「多分な。俺はあいつが好きだし、 あいつも素直に言わないだけだろ。」 聞かれた以上、隠すこともない。俺は正直な気持ちを美濃に話す。 それを聞いた美濃は複雑な表情を浮かべる。 「引いたか?男同士で。」 「いえ、それはいいんです。 僕としては2人が幸せならそれで。ただ…問題は…」 美濃が一旦言葉を切って、深呼吸をする。 「そのことがおそらく小野寺君を苦しめて、 今日みたいなことを招いたんだと思います。」 「それは俺が小野寺の負担になってるってことか?」 そんなこと、こいつに言われる筋合いはない。 ついイラッとして美濃を睨んでしまう。 「いえ…小野寺君の負担になっているのは…横澤さんです。」 「よこ、ざわ…?」 確かに横澤は俺と小野寺の過去を知っていて、 小野寺をよく思っていないことはわかっている。 でも…それが小野寺が倒れるほどの負担になんて… 「僕、一度見てしまったことがあるんです。 小野寺君がトイレで横澤さんに怒鳴られてるの。 仕事の話ではなく、高野さんのことでした。」 「俺の…?」 「『七光りを利用してさっさとどこか別の出版社に行けばいい。』 『ひとのもんに手ぇだしてんじゃねえ。』 『政宗に近づくな。』主にそういった内容でした。」 目の前が暗くなっていく。 「小野寺君の倒れた理由は、ストレスがかなり大きな原因だそうです。 もし、この脅迫まがいの恫喝が1度や2度じゃなかったとしたら?」 身体中の血が沸騰している気がする。 「医者の判断では、小野寺君は今まともに 食事すらとれないほど弱っているそうです。 多分、数日は何も食べていないと。 僕は今日横澤さんが来て確信しました。」 「そうだ…あいつ…なんで今、小野寺のところに…」 「…この状況を利用して、小野寺君を高野さんから 徹底的に引き離す仕上げに行った…というところでしょう。」 律が…壊される。横澤に…。 「美濃…」 「わかってます。後の仕事は任せて行ってください。 小野寺君は高野さんにしか救えません。」 「すまない。行ってくる。」 俺はそれだけ言うと廊下を駆け出した。 *** 美濃さんが出て行った病室。 今まで笑顔を絶やさない人が座っていた場所には 笑顔を見たことがない人が座っている。 その人の顔を…俺はまっすぐ見られない。 「仕事さぼって入院か? どうせたいしたことないのに 政宗の気を引きたいだけなんだろ。」 この人に言い返すだけ無駄なことだと、 この数ヶ月で学んだ俺は、ただ背中を向けるしかない。 「反論しないってことは図星か。 まぁ、てめぇのたくらみも無駄だったな。 政宗はここにはこねぇよ。今日いっぱい 手が空かない様にしてきたからな。」 俺の反論がないのをいいことに 横澤さんは勝ち誇ったように喋り続ける。 「いい機会だ。このまま、過労でも ストレスでも理由はなんでもいい。丸川をさっさとやめろ。」 「…やめ、ません。」 「はぁ?」 「そこだけは、ゆずれない。 仕事に関しては、俺は逃げるわけにはいかない。 どんな理由があろうと、どんな嫌がらせをされようと 仕事であんたの言いなりにはならない。」 振り返ってまっすぐ目を見つめて話す。 顔を見るだけで恐怖や嫌悪がこみ上げて吐きそうになる。 それでも…負けるわけにはいかない。 決めたんだ。俺は、高野さんに認められるような 編集者になるんだって。 「はっ…それがストレスで倒れた奴の台詞かよ。 お前がそういうなら何度だって病院送りになるまで言ってやるよ。 そのうち会社も政宗もおまえが使えない奴だって判断するだろ。」 「っ…」 「そうやっていつも小野寺を脅迫してたのか。」 気力だけで堪えていた俺の耳にそんな言葉が飛び込んできた。 「政宗…!?なんでお前ここに。」 「横澤、俺の質問に答えろ。 お前が小野寺を脅迫してたっていうのは本当か?」 静かに病室に響く声。 それでも触れたら斬られてしまいそうなほど鋭利な声。 「脅迫なんかした覚えはない。ただ事実を告げていただけだ。 それをこいつが勝手に勘違いしたんだろ。 お前、最低だな。コソコソと政宗にちくったのか。」 「…最低はどっちだ。横澤。」 一段と声のトーンが低くなる。 言われているのは俺じゃないのに、背筋が凍りそうだ。 「小野寺は俺に一言も言わなかった。 今までずっと1人で…我慢してたんだろ?」 その視線が一瞬だけ俺に向けられる。 それは今までの怒気をはらんだ視線ではなく、 心から俺を心配しているような…そんな瞳だった。 「美濃がな、お前が横澤に怒鳴られているところを 目撃したことがあるらしい。」 もしかして…さっき美濃さんが帰る前に聞きたいことがあるって 言っていたのは横澤さんのことだったんだろうか。 「ちっ。告げ口はあいつか。まったくエメ編は ろくな奴がいねぇ…!?」 横澤さんが憎々しげに呟いた瞬間。その身体は真横に吹っ飛んだ。 「ぐあっ…」 「!?」 俺は目を疑う。横澤さんが吹っ飛んだのは 高野さんが思い切り横澤さんの顔を殴ったからだった。 「これ以上…ふざけたことを言うな。次は本気で殴る。」 「まさ、むね…?」 殴り飛ばされた横澤さんは信じられないといった顔で 高野さんを見上げる。 「俺の部下を侮辱して、律をこんな目にあわせて… 俺と縁を切る覚悟はあるんだろうな、横澤。」 「は?縁を切るって…なんだよ、それ。」 今まで余裕で喋っていた横澤さんの顔から あざけ笑ったような笑顔が消えている。 「お前は俺の親友だ。横澤。 だがな、俺にはお前より遥かに大事なものがある。」 そういって高野さんは俺のほうに近づいてきて 俺の頭を大事そうに撫でる。 それを見た横澤さんが苦悶の表情で睨みつけてくる。 「なんだよそれ!!お前を支えてきた俺より お前をボロボロにしたそいつのほうが大事だって言うのか!」 「あぁ、そうだ。」 高野さんの声に迷いはない。 「俺が愛して守りたいのは10年前からずっとお前だけだ、律。」 「高野…さん…」 ずっと、ずっと。 横澤さんに絡まれるようになってから 胸の真ん中に燻っていたもやが晴れるように… 高野さんの想いが身体の中にしみこんでくる。 この想いに対して…嘘をついてはいけない。 「俺…もです。俺が本気で好きになったのは…高野さんだけです。 どんな人といても、忘れようとしても…消えることはなかった。」 「嘘付け!!二股かけて、政宗を傷つけたくせに!」 俺の言葉に横澤さんの恫喝が混じる。 「違う!!確かに俺は高野さんを傷つけた。 勘違いで一方的に離れたことは間違いない。 けど、俺が高野さんを好きな気持ちだけは絶対に嘘じゃない!」 声がかすれる。涙がとまらない。 横澤さんが怖くて、封印していた想いをさらけ出すのが怖くて。 そんな俺の手を高野さんは力強く握ってくれた。 「横澤。お前には本当に感謝してる。 俺がここまで立ち直れたのもお前のおかげだ。 だけどな、こいつを傷つけて遠ざけるのは 俺のためなんかじゃない。お前の自己満足だ。」 「俺は…ただ…お前が…大事で… あんな状態になるのを見てられないんだ。 好きだから…好きなんだ、政宗。」 横澤さんの口から弱々しく呟かれた言葉。 それは嘘偽りのない横澤さんの本音。 「俺はお前の想いには応えられない。 俺が好きなのは、律ただ1人だから。」 「……」 高野さんのまっすぐな言葉。 横澤さんは静かに立ち上がると、病室を出て行った。 「律…」 2人きりになった病室で、 高野さんは俺の身体を思い切り抱きしめた。 「高野さん、痛い…」 「バカ!なんでこんなんなるまで言わなかった! 俺が…どれだけ心配したか…」 抗議しても抱きしめる力は緩むことなく、 まるで俺の全身を包み込むようにさらに強まる。 「ごめん、なさい…」 「謝ってもゆるさねぇ。」 「じゃあ…どうしたらいいですか?」 もうお互いしかこの世界にいないんじゃないか、 そう勘違いしそうになるほど、 俺と高野さんの身体は密着している。 「お前の、本当の気持ち聞かせて。」 「俺の…気持ち。」 「俺のこと、今どう想ってる?」 「…俺は…高野さんが好き…です。」 「あぁ、俺も好きだ。」 「もう、知ってます…」 「奇遇だな。俺も知ってた。」 そこまで言うとやっと身体が開放される。 「それにしても…ほんと酷い有様だな。 今日まで気づけなくて…悪かった。」 病院着の上からそっとあばらの辺りを撫でられる。 そこにはしっかりと骨が浮き上がっているので 我ながら酷い状態だと思う。 「いえ…気にしないでください。」 「バカ。気にしないわけないだろ。 とりあえず退院したら、しばらく俺の家で暮らせ。」 「へ!?」 「お前が元に戻るまでしっかり面倒みてやる。」 「い、いいです!遠慮します!」 「なんだよ。俺のこと好きなら問題ないだろ。」 「それとこれとは話が違うー!」 きゃんきゃんと抗議の声をあげていると、 ふいに高野さんが優しく笑った。 「よかった。元通りだな。」 「あ…」 そういえば、こんな風に高野さんと言い合いをしたのも なんだかすごく久しぶりな気分だ。 「律…」 その笑顔に負けないくらい優しい声で 名前を呼ばれてしまったら、もう抵抗できないじゃないか。 顔が近づいてきて、触れるだけの短いキス。 そのキスだけで、今まで体に残っていた 倦怠感もすべて吹き飛んでしまった気がした。 「続きは退院したらな?」 「や、病み上がりになにするつもりですか!」 「お前が期待してること。」 「期待なんかなにもしてない!」 思わず叫ぶと、くらりと眩暈がして そのままベッドに仰向けに倒れこむ。 「律!?」 「あ、すいません。叫んだら眩暈が…」 「バカ野郎…おとなしく寝てろ。」 「叫ばせたのはあんただけどね!」 頬を膨らませていると、そっと手が添えられる。 「はやくよくなれ、律。」 「…はい。」 子供っぽい言い分を振り回したかと思えば 急に大人な対応をするこの人はほんとに困る。 だから…俺もちょっとだけ困らせてみる。 「高野さん…」 「なんだ?」 「…もう1回だけ…キスしてください。」 「なっ…」 まぁその後、結果的に困ることになったのは俺だけど それは…俺と高野さんだけの秘密。 *END* 110802 脱稿 【後書き】 リクエスト第二弾、あんぱん様からの 「横澤の脅しで倒れる律。それに気づいて 激怒する高野さん」を書かせていただきました! いやぁ、アンチ横澤(やめい)な私にとっては 楽しんで書けた作品でした(笑) でも、ほんと律っちゃんはそのうち 身体壊しちゃいそうですよね; 高野さんはやく守ってあげて(>o<)!! 最後は横澤さんガン無視でラブラブしてもらいましたが ご希望に添えましたでしょうか?? あんぱん様、どうぞお納めください♪ [戻る] |