01. 付き合ってるのに触れてもくれない 俺にはつい最近恋人が出来た。 同じ会社に勤めている横澤という男。 横澤の失恋をきっかけに偶然出会った 俺たちが、今恋人として過ごしているのだから 世の中はわからないもんだ。 俺たちが所属する丸川書店では 『丸川の暴れ熊』なんて異名を持つ横澤だが 実際、プライベートを知れば知るほどに 暴れ熊よりテディベアのほうが似合っていると思う。 それくらい、結構純情な奴なのだ。 *** 「じゃあパパ!行ってくるね!」 「あぁ、気を付けて。」 友達とのお泊り会に出かけるひよが 元気よく俺に手を振る。 それに俺も笑って手を振り返してから ひよを連れて行ってくれる親御さんに挨拶をした。 「お手数をおかけしますがよろしくお願いします。」 「いーえ、ひよりちゃん、いつもいい子ですから。 では娘さんお預かりしますね。」 「パパ、明日お休みだからってぐーたらしちゃ だめなんだからね?じゃあね!」 しっかりと俺にクギをさして、 ひよは友達とその母親と家を後にした。 「…ぐーたらねぇ。」 明らかにテンションがあがっているその後ろ姿を 見送ってから、家の中に戻り会社へ行く支度を整えた。 「ぐーたらする暇は確かにないかもな。」 ・ ・ ・ 「は…?今なんつった?」 「だから、今日からひよは友達の家に泊りだから。」 「聞いてねぇぞ!」 「言ってないからな。」 仕事を終え、昨日は家に戻っていた横澤を連れて戻れば ひよの不在を尋ねられたので、お泊り会のことを告げた。 「なんで言わなかったんだよ!」 「そのほうがお前のリアクションが面白いかと思って。」 俺の予想は大幅に当たっていた。 想像通り、デカい図体の恋人はその顔を真っ赤にして あきらかにテンパっている。 それも仕方ない。 ひよのいない、2人きりの状況は 今だ数えるほどしか過ごしていないのだから。 「そ、それなら俺は帰るぞ!」 「どうして?」 「ひよがいないなら飯だって作らなくていいだろ。」 「俺には作ってくれないのか?」 「…なら飯作ったら帰るからなっ!」 明らかに2人きりを意識して、 必死に帰ろうとする横澤は見ていて面白いが これ以上からかって本当に帰られてはたまらない。 緊張のあまり強張っている横澤の手を、 思い切り引っ張ってソファーに引き倒す。 「って…てめぇ、なにすんだ!」 「なにって…お前が帰らない様に?」 ぐっと距離を縮めて、囁くようにその耳に言葉を落とせば まるで燃えているかのようにその顔が熱くなった。 「せっかくの2人きりなんだ。帰すわけないだろ?」 「っ…」 横澤の目元が少し潤んだのを確認し、これで 帰る意思も失せただろうと身体を離す。 「俺先にシャワーしてくるから飯頼むなー。」 「…」 返事はなかったが、俺は気にせずにシャワーを浴びる。 そして、シャワーから上がった頃には うまそうな匂いがキッチンから立ち込めていた。 「ふーん、今日はピラフか。」 「なっ…!服着てから来いよ!」 腰にバスタオル1枚で匂いをたどっていけば 盛大に怒られてしまった。 「男のくせにこれくらいでぎゃーぎゃー 反応するなよ。」 「男とか女とか関係ねぇ!人としての常識だ!」 「はいはい。」 そのうち『晩飯抜き』とでも言われかねない形相に おとなしく部屋に戻って、部屋着に着替えた。 それから再度キッチンに戻ると、少し満足そうな顔をして テーブルに夕食を並べ始めた。 「うまそー。いただきまーす。」 「…いただきます。」 ・ ・ ・ 夕食が終わり、ちょっとだけ帰るそぶりを見せたけど 2人きりが照れくさいのかと尋ねたら ムキになったようにシャワーを浴びに行き、 出てきた後はソファーへ腰を下ろした。 それからしばらく2人で酒を飲んでいたが、 ふとあることを思いつく。 横澤と恋人になってから、俺から触れることはあるが 横澤から触れてくることはまずない。 考えてみればかなり一方的な感じが多い。 付き合ってるのに触れてもくれないとはいかがなものか。 そう思った俺は、ためしに俺から何もしなければ 横澤はどういうリアクションを起こすのだろうと考え、 ひたすらただの世間話やひよの話を続けた。 横澤はというと、普通に返事をしたり、頷いたりで 特に行動を起こす気もないらしい。 これではおもしろくない。 「じゃあ、そろそろ寝るか。ひよにも 休みだからってぐーたらするなと言われたからな。」 「え…あぁ。」 俺の言葉に横澤は一瞬びくりと肩を震わせたが、 なにもないように装って、空き缶の片づけを始めた。 俺も手伝い、あっさりと片づけが終わる。 「じゃ、おやすみ。」 そう言ってひらひらと手を振ると、俺はさっさと寝室へと入った。 さて、これでどうでる横澤。 こちらに来るか、あっちの部屋で寝始めるか。 もちろん、おとなしく寝かせてやるつもりはないから あっちで寝るならあっちで襲うまでだ。 そう思ってしばらく聞き耳を立てていると やがて、玄関が開く音がした。 「へ?」 するはずのない音に部屋から飛び出せば、 今まさに横澤が出ていこうとしていた。 「!」 「お前、どこ行く気だよ?」 「…帰る。」 「はぁ!?」 なぜこのタイミングで『帰る』という選択肢になるのか。 横澤の考えを図りきれないでいると、 俯いた横澤はぽつりとつぶやいた。 「せっかくの休み、俺がいないほうがいいんだろ。」 「はぁ?何言ってんだお前。」 「だいたい、喋ってても雑談とかひよの話ばっかだし、 さっさと寝室に入るから…俺がいないほうがいいんだろ!」 同じセリフをさっきよりデカいボリュームで言う横澤。 とするとあれか。 まさか、拗ねて帰ろうとしてんのか? 「とりあえず中に戻れ。そこで話してたら近所迷惑だ。」 「っ…誰がはいるか。俺は帰るんだ。」 少しトーンを落として、帰ろうとする横澤を 慌てて家の中に引っ張り込んだ。 「ちょ、なにすんだ…」 そしてその反動でそのまま、その身体を抱き寄せる。 「俺が悪かったって。拗ねるなよ。」 「す、拗ねてなんか…」 腕の中でじたばたもがく横澤を押さえつけながら やれやれと白状することにした。 「俺たちは恋人同士だよな。」 「は?……そりゃ、…まぁ一応。」 「それなのにお前は俺に一切触れてこない。」 「!!」 「だから、ためしに俺から触れなければ お前はどういう行動をとるのかと思って。」 「なっ、あんた俺を試してたのか!?」 「まぁ、そうなるな。」 あっけらかんと言えば、拗ねていた顔が どんどん怒りに染まっていく。 「ふざけんなよ!こっちがどんな思いをしたか…」 「どんな思いって?」 「っ…とにかく帰る!」 「帰さないってさっきも言っただろ。」 「うるせぇ!」 「お前の方がうるさい。」 「…」 「…」 しばしの無言が続いて、やっと横澤が抵抗の力を弱めた。 そしてしぼりだすような声で言った。 「…俺から触れれば、今後試すようなことはしないんだな?」 「まぁ、そうなるだろうな。」 「きちんと約束しろ!」 首をかしげながら答えると、 ものすごい形相で脅されたので片手をあげて宣誓する。 「俺はお前から触れてくれれば、 今後試すようなことはしません。…これでいいか?」 そう告げると、横澤はこくりと頷いた。 そして、不意にその顔が迫ってきて、 気付けば唇同士が触れていた。 「…?」 一瞬、何が起きたか分からずにきょとんとする。 「っ…これでいいんだろ!」 すっと離れていった横澤が顔を真っ赤にしてそう言った。 あぁ…そういうことか。 「お前にしては上出来だろうな。」 「なんだよその上から目線は!!」 「いや、可愛いなと思って。」 「かわっ…!?」 絶句する横澤の腕を掴んで、ずんずんと寝室を目指す。 「おい、なんだ、ちょ…離せって…」 「黙ってないと舌噛むぞ。」 そして、寝室に入るなりその身体をベッドへと押し倒す。 少しだけベッドの軋む音が聞こえた。 「っ…」 「約束通り、もう試すようなことはしない。 ここからはきっちりいつも通りに振る舞ってやるよ。」 「な…んんっ!!」 自分からやっといてなんだか、 もうそろそろ限界だったし、まさかあの横澤が あんな可愛いことをするなんて思いもしなかった。 これで理性的に振る舞えってほうが無理な話だ。 「愛してるよ、横澤。」 *** 「パパ、お兄ちゃん!ただいま!」 「おー、ひよ!おかえり!」 「おかえり、ひよ。」 日曜の夕方、ご機嫌で帰ってきた娘を出迎える。 「パパ、約束通りグータラしなかった?」 「あぁ、もちろん。ただ横澤はグータラしてたけどな。」 「!?」 「えー、駄目だよ、お兄ちゃん。 お休みの日もいつまでも寝てたら。」 「…あぁ、そう、だな。」 横澤はひきつったような顔で答えた後、 思い切りこちらを睨みつけている。 ま、横澤がグータラしてたのは俺のせいだし? 睨むくらいなら許してやるか。 「そうだ、あのねお土産があるの!」 上機嫌の娘と、超不機嫌の嫁を見比べて あぁ、幸せだな、なんて思う俺は ちょっとだけ、いや、かなり 不謹慎な父で旦那なのかもしれない。 *END* 120516 更新 [戻る] |