閉幕『純情な青年は夢を見る』 遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえます。 …サキ…ミサキ…ミサキ! 「ん…」 その声に誘われるようにミサキは目を開きました。 「もう、やっと起きたな。 こんなところで眠ったら風邪をひくだろ。」 「…兄チャ…ン?」 そこにいたのはウサギではなく、 少し心配そうな顔をした兄、タカヒロでした。 「まだ寝ぼけてるのか? ほら、そろそろお茶の時間だから戻ろう。」 タカヒロに抱き起されて、 ミサキはぼんやりしたまま立ち上がります。 「…夢…だったのかな。」 あの不思議な洞窟も、不思議な扉も、 まったく似てない双子も、花の妖精も、 芋虫も、チェシャ猫も、 マッドハッタ―、金色のウサギ、眠りねずみ… トランプの兵隊、ハートの女王や王様。 そして、あの無茶苦茶なウサギ。 全部全部、夢だったのでしょうか。 ミサキの頬を一筋の涙が伝い落ちました。 まだ…自分の唇には、あの感触が残っています。 抱きしめられた温かさも。 あれがすべて夢だとしたら、 ミサキのこの想いこそ、あの世界に囚われの身です。 「あ、そうだミサキ。 これからお客さんが来るからね。」 「お客さん…?」 ぼんやりとしながら家に戻ると、 突然、タカヒロがそんなことを言いました。 「そんな話してたっけ?」 「してなかったっけ?」 なんとなく要領を得ないタカヒロの返事に 首をかしげながらも、言われるがまま お茶の用意を手伝っていると 玄関の呼び鈴が鳴り響きました。 「あ、来たかな。」 その音に反応して、 タカヒロが玄関へと向かいます。 そして、しばらくしてタカヒロと一緒に 家の中に入ってきたのは… 「ミサキ、紹介するよ。 俺の友人のウサミアキヒコ。」 そこにいたのはなんとあのウサギでした。 しかし、その頭に耳は生えておらず、 特徴的な懐中時計も見当たりません。 「ウサギ…さん?」 「あれ、ウサギと会った事あったっけ?」 タカヒロは不思議そうにミサキに 尋ねますが、ミサキはそれどころではありません。 限界まで見開いた目に映ったウサギは くすりと笑って、こう言ったのです。 「会うのは初めてだが… そうだな、夢でなら会ったかもな。」 *END* 120514 更新 [戻る] |