第5幕『純情な博識者の道しるべ』 しばらく森を進んでいたミサキですが そのうち右も左も分からなくなってきました。 「うう…誰もいないし。」 だんだんと妖しく暗くなってくる 森の様相にミサキは不安になり、 あたりとウロウロと見渡します。 しかし、人はおろか動物すら見当たりません。 「…やっぱりあのウサギを 追いかけてればよかったのかな。」 今更後悔しても、 ミサキの視界にあのウサギはいません。 仕方なく、とぼとぼと歩き続けると 不意に開けた場所に辿り着きました。 そこにはたくさんのキノコが生えていて 中でも中央にはとても巨大なキノコがあります。 そして、その巨大キノコの上に人影が見えます。 「あ、あの!!」 ミサキはやっと見つけた人影に 慌てて駆け寄っていきました。 「すいません!」 「…誰だ君は。」 大きな声で呼びかけるミサキに キノコの上の人物はゆっくりと振り向きます。 「えっと…俺はミサキといいます。」 「ミサキ。それで何か用なのか。」 「はい!あの俺、自分の世界に帰りたいんです!」 ミサキは振り向いた人物に必死に尋ねます。 「自分の世界…君は一体何者だ。」 「何者…と言われましても…」 その問いかけにミサキは明確に 答えることが出来ません。 自分が何者かなんて考えたことも なかったからです。 「自分が何者かも理解できていない者に 理想を叶えることなど出来ない。」 そういうと、その人物は咥えていた パイプの煙をミサキにふうっと吹きかけました。 「げほっ!!ちょ、なにすんだアンタ!」 「アンタではない。私はハルヒコだ。」 ハルヒコと名乗った人物は 淡々と告げると、興味なさそうに ミサキから視線をはずした。 「え、偉そうに言ってますけど ハルヒコさんは自分が何者か説明できるんですか?」 その態度にイラついたミサキは 半ばケンカ腰にハルヒコに噛み付きました。 「私はこの森に住む芋虫のハルヒコだ。 それ以上でもそれ以下でもない。」 「芋虫!?」 今までもウサギの耳がついた男や 小さな妖精を見てきましたが まさか芋虫まで人のような形をしているとは 思っても見ませんでした。 「何か文句でもあるのか。」 「あ、いえ…ちょっと驚いたもので。 俺の世界では…その芋虫というのは これくらいのサイズで…」 ミサキは指で従来の芋虫のサイズを 表現して見せました。 するとハルヒコは興味深そうに ミサキの方を眺めてきました。 「君は…俺の知らない世界を知っているようだな。」 「え…あ、はい、多分。 俺の世界はこことは随分違いますし。」 少なくとも芋虫は喋らないし、と ミサキは心の中で呟きます。 「なら、君の世界の話を聞かせてくれ。」 「え?いや、でも俺は…」 一刻も早く帰りたいのに、 こんなところで話し込む時間はありません。 「すいません、俺急いでますので。」 「私は君の知識が欲しい。」 しかし、ハルヒコはキノコから下りてきて ミサキの手をぐいっと掴みます。 「は、離して…」 「ここで私と暮らせばいい。 君は君の世界の話を、私はこの世界の 話をしてやろう。」 「いや、だから…」 ミサキはすっかり困り果ててしまいます。 どうにか手を解こうとしても、 ハルヒコより遥かに小さな身体では 逃げ出すことも叶いません。 誰か助けて… 心の中でそう叫んだ、その時です。 「そいつから手を離せ。」 木の陰から、あのウサギが現れました。 「あ…!」 ミサキはその姿を見て、なぜかほっとしました。 こんな世界に引っ張り込まれて むかついていたはずなのに、 この状況でウサギが現れたことに安堵したのです。 「アキヒコか。」 「え?」 ミサキを掴んでいたハルヒコは 現れたウサギを憎々しげに睨み付けます。 「聞こえなかったか。 そいつの手を離せと言った。」 対するウサギも、ハルヒコを鋭く睨みます。 「違う世界…そうか、お前がこの子を この世界に引きずり込んだのか。」 そう呟くと、ハルヒコはミサキの手を離します。 「あ…」 ミサキは反射的にハルヒコの元から逃げ出し、 ウサギの方へ駆け寄ります。 「こんなことで 本当に解放されると思っているのか。 相変わらず空想ばかりに逃げる男だな。」 ハルヒコが不思議な事を言うと、 ウサギは不機嫌そうな顔でその場を駆け出しました。 「あ、待てって!」 ミサキは慌ててウサギの後を追おうとします。 しかしハルヒコに呼び止められました。 「これを持っていけ。」 「え?」 ハルヒコの手には2つのキノコがありました。 「こちらは君の身体を大きく、 こちらは君の身体を小さくしてくれる。」 それを投げてよこすと、ハルヒコは 何事もなかったかのように元いた場所へ 上っていきました。 「君があいつに何をもたらすのか… 空想が現実になりえるのか、 俺はここで見届けさせてもらう。」 そして、またしてもミサキには理解不能な ことを言うハルヒコにミサキは問いかけます。 「それってどういう…」 「はやくいかないとアレが行ってしまうぞ。」 それ以上ハルヒコが何かを話すことはなく、 ミサキはぺこりと一礼して、 ウサギの後を追いかけ始めました。 自分の中に湧き上がる疑問を解消するために。 第6幕→ [戻る] |