ぜん君と隆史副園長の場合 まるかわ幼稚園で副園長になってから1年。 自由奔放な園長のサポートは 正直言ってうんざりしてしまうが それでも子供たちの笑顔を見ていると癒される。 父兄や教員どもには強面だとかなんとか言われるが、 (特に新入りの小野寺はビビりまくりだ。) 園児たちはそんなことおかまいなしに懐いてくれるので こちらもおのずと笑顔になってしまうのだ。 けれど、最近気にかかる園児が2人いる。 1人は、最近転園してきた年少組の高野政宗。 まさむねは家庭が複雑らしく、 転園手続きの際、母親がそれなりの金額を差し出し 本来なら親がする送り迎えをうちの教員に頼んだ。 当然断るだろうと思っていたが、 あろうことか園長はそれを引き受けた。 まぁ、金は受け取らなかったのだけれど。 それ以来、まさむねは新入りの小野寺が 送り迎えを任されている。 複雑な家庭環境なら、経験のある教員に 任せたほうがまさむねの為だと、園長に進言したが 『新入り同士、仲良くやれるだろ。』 なんて、無責任な発言で、 そのまま、小野寺に任されることになった。 心配して俺もせっせとまさむねに声をかけてはいるが、 一応小野寺はうまくやっているようで、 はじめはクラスから浮いていたまさむねも徐々に馴染み始め、 小野寺には懐き過ぎだろうと思うほど べったりとくっついている。 それがなんだかむかついている自分がいて よくわからない感情に苛まれる今日この頃だ。 そして、もう1人の気にかかる園児というのは 年長組の桐嶋禅だ。 ぜんは俺が副園長になる前、 年少、年中と俺のクラスの園児だった。 物わかりもよく、優秀な園児であるぜんは 同じクラスの朝比奈薫と共にクラスをまとめる、 そんな立ち位置の子供だった。 しかし、年長に上がってからは なんとなく雰囲気が変わったのだ。 そして、その理由はほどなくして明らかになった。 ぜんは年長にあがってすぐ、 別の幼稚園に通っていた幼馴染を亡くしたそうだ。 2人はとても仲が良く、ゆくゆくは 恋人同士、なんて親が冷かしていたほどで 本人のショックは量りきれない。 表面上は、今までと変わりなく振る舞っているが その顔には時々寂しさのようなものが浮かび、 他の園児と一線をひいているように見えた。 もともと自分の受け持ちの園児であることも重なり、 俺は暇があればぜんに声をかけるようにしている。 そう思いたいだけかもしれないが、 ぜんも俺が話しかけた時は、 楽しそうに笑ってくれる気がしていた。 けれど、最近はぜんの様子がおかしい。 「ぜん、また1人で本読んでるのか?」 「よこざわせんせい。」 今日も教室の自分の机で年不相応な本を広げるぜんに 声をかけると、ちらりと俺を見て名前を呼ぶだけで また本に視線を戻した。 前だったら、もっと嬉しそうに 今日会った事なんかを話してきてたのに。 「どうかしたのか?」 「なにが?」 「いや、なにがっていうか…」 自分でもどう説明したらいいかわからない。 ただ、少し違和感を感じるだけ。 「べつになにもないよ。 ほんよんでるだけだからきにしなくていいし。」 突き放すような物言いにイラっとする。 「そうか。」 取りつく島もないと判断した俺は 苛ついた気持ちのままぜんに背を向けた。 だからその時のぜんの寂しそうな顔に気付けなかった。 *** 「副園長、ちょっといいですか?」 「ん?」 園児たちが全員帰宅して、まさむねも小野寺が 送って行った後、雑務をこなしている俺のところに 年長組の担当である高橋がやってきた。 「どうかしたのか。」 「いえ、たいしたことではないんですけど 今日、一段とぜん君の元気がない気がしたんです。」 高橋もぜんが幼馴染を亡くしたことは知っている。 だから気にはかけているらしいのだが… 俺は今日のぜんの突き放すような様子を思い出す。 「特にお昼やすみの後くらいから なんだかぼんやりしているみたいで。」 「昼休み…」 それはちょうど俺と話した後くらいだろうか。 「何もないならいいんですけど…」 心配そうに言う高橋に、明日から俺ももう少し 気にかけてみると告げてその会話を終わらせた。 もしかしたら、俺のそっけない態度がぜんを 傷つけたんだろうか? けど、先にそういう態度をとったのはぜんのほうで… そこまで考えて、俺は頭をかかえた。 相手はしっかりしているようでもまだ子供だ。 自分と同じ考え方をしてどうする。 ぜんがあんな態度でもちゃんと話をするべきだった。 「…何年教員やってんだ俺は。」 *** 翌日、時間が出来た俺はさっそく休み時間に 教室にいるだろうぜんの姿を探した。 しかし… 「いない…?」 いつもぜんがいる場所にその姿はなかった。 まさか休んでいるんだろうか? そう思いながら、ふと外のグラウンドに目を向ける。 するとそこには他の園児に交じって遊んでいるぜんがいた。 「は?」 一瞬、その光景が理解できず俺はバカみたいな顔で 教室の中からグラウンドを眺める。 そこへ高橋と、 もう1人の年長組担任、高槻がやってきた。 「あ、副園長。」 「高橋…」 「ぜん君、今日はすっかり元気みたいで。 というか前より元気っぽくて、 ともだちや俺たちにも積極的に自分から。」 「そうそう、昨日とはまるで別人みたいね。」 高橋と高槻が顔を見合わせながら 安心した表情で語る。 なんだ…心配して損した。 ちゃんと元気になったならそれでいい。 まぁ、子供の精神なんて不安定なものだから。 そう思って、再びグラウンドに目をやると、 偶然、ぜんと目があった。 しかし、俺からはすっと目をそらし、 隣にいた高橋や高槻に大きく手を振る。 「あれだけ元気になれば問題ないですかね。」 「そうね。」 それに手を振り返す2人を見て、 収まっていたイライラが再び湧き上がる。 他の奴らには愛想よくするのに俺だけ無視か。 今まで散々気にかけてきたのが馬鹿らしくなる。 他に仲良くできる奴ができれば はい、おしまい。 まさか園児にそんな態度をとられるなんて 思いもせず、想像以上にショックを受けた。 「ね、副園長。」 笑いかけてくる高橋の声も耳には届かない。 俺はその場をふらふらと歩き出す。 そのとき、足元に誰かが駆け寄ってくる。 「よこざわせんせい。」 「…まさむねか。」 そこにいたのは、まさむねだった。 どうやら転がってきたボールを取りに来たようだ。 「せんせいもボールする?」 小さな体にサッカーボールを抱えて 俺に尋ねてくるまさむねが無性に可愛く見えた。 「いや、俺は大丈夫だ。」 「そう。」 そこへまさむねを呼ぶ声が聞こえる。 声の正体は小野寺だ。 「りつせんせい!」 その声にまさむねは勢いよく反応すると じゃあ、と俺に背を向けて走り出した。 そしてボールそっちのけで小野寺に飛びつく。 それを見た同じ年少組のあんが大騒ぎする。 その光景は微笑ましかった。 同時に、結局今まで自分が気にかけていた2人は どちらにも自分は必要なかったんだと笑えてきた。 それからは何を考えて仕事をしていたのか よく覚えていない。 気が付けば園児たちの帰る時間。 さよならの声が多数響き渡る、オレンジ色に染まった幼稚園。 そこに立つ俺はなんだかとても惨めな気がした。 「よこざわせんせい。」 ぼんやり立ち尽くしている俺は、 手を引っ張られる感触と呼ばれた声で我に返る。 次に、その相手に驚いた。 そこにいたのはぜんだったのだ。 「な、なんだ。」 とっさの事で理解できず、声が裏返る。 「おかあさんがおむかえこられなくなったから えんちょうせんせいが、よこざわせんせいに おくってもらいなさいって。」 「は!?」 急な展開に理解が出来ず、 見送りをしていた園長を見るとにこにこと笑って よろしくとばかりに手をあげている。 なんでこんなタイミングの悪い時に… そう思ったけれど、次の瞬間にはぜんに手をひっぱられていた。 「お、おい。待てって。」 2人で夕焼けの道を歩く。 歩幅の狭いぜんに合わせてゆっくりと歩くから 普通にあるけばすぐそこのぜんの家が遠い。 きまずい空気に耐え切れず、 俺は思わずこんなことを聞いてしまった。 「送ってもらうの、高橋先生とか高槻先生が よかったんじゃないのか?」 「どうして?」 「どうしてと聞かれても、お前は俺なんかより 他の先生や友達がいいんだろ?」 そんなことをぜんに言っても仕方ないのに なんだか拗ねたような物言いになってしまう。 情けないと思いつつ、取り消しのきかない 口から出た言葉に後悔していると、 ぜんが不思議なことを言い始めた。 「きのうときょう、ためしてたんだ。」 「は?」 「でも、やっぱだめだった。」 「だからなんの話だ。」 俺の問いかけに歩き続けていたぜんが止まる。 「やっぱよこざわせんせいじゃないとだめ。」 「…は?」 「せんせいがたかのばっかりかまうから じゃましないようにしようとおもったけどだめ。」 情けなくも幼稚園児の話についていけない。 ぜんは一体何の話をしている? 俺がまさむねを構うから…邪魔しない様に? 「それは…」 「たかのにはりつせんせいがいる。 だからせんせいはおれのことみてて。」 ぜんはそう言うと俺の足元にぎゅっと抱きついてくる。 ぜんの言いたいことはよくわからないけど、 ひとつ確かなのはぜんが俺を必要としてくれている事。 「…お前は俺でいいのか?」 「おれはよこざわせんせいがいい。 ほかのだれといてもたのしくない。」 思い起こせば、俺に対してぜんの態度がおかしくなったのは まさむねが来た頃からだったかもしれない。 それまでは、俺と居る時、ぜんは楽しそうに笑っていた。 要は、ぜんは俺が まさむねを気にかける事に嫉妬していたのだ。 「…なんだよ、それ。」 「さあ。」 俺の絞り出したような声に、ぜんは笑う。 それがなんだかすごくムカついて、 それ以上に嬉しくて。 俺は足元のぜんを思い切り抱え上げた。 「うわっ!」 「…心配かけやがって。」 「ちょ、せんせい!やめろって!」 ぜんを抱えたまま、全力疾走する。 落ちないようにとしがみついてくるぜんの 温かい体温を感じながら、気分は嘘のように晴れやかだった。 後日、『熊みたいな強面の男が 小さな男の子を誘拐か!?』という いろんな意味でショッキングな張り紙を見るまでは。 *END* 1204027 更新 |