1.いつか罪に呑まれても 夜。 隣ですやすやと眠っている恋人を見つめていると どうしても頭をよぎることがある。 今、こうして2人、 寄り添っていることは罪深いことなのだと。 あどけない顔で寝息をたてている恋人、 高槻忍は大学生。 成績優秀、容姿も端麗、 性格は…まぁ多少難ありだけれど 将来有望な若者だ。 しかも、父はM大文学部学部長。 変わって俺、宮城庸は、忍の父、M大文学部学部長の元で働く M大文学部教授。35歳。 文学と芭蕉を愛する、容姿はただのおっさん。 間違っても大学生に 手を出していい年齢と立場ではない。 加えて、俺たちは2人とも男だ。 それなのに…俺はテロリストのごとく 迫ってきた忍に、いつのまにか追い詰められ落とされ、 気が付けば自分から追いかけていた。 「ん…」 小さく声を漏らして、寝返りをうつ忍にそっと触れる。 まだまだこれから世界が広がっていくはずの この生意気なテロリスト。 お前は…いつまで俺の隣にいてくれるだろう。 忍の為を想うなら、 きっとどこかで終わらせなければならない。 けれど、それが出来なくなっている自分がいた。 「情けねぇなぁ…」 言葉にしてしまえば、さらに情けなさが増してくる。 もう、手放すなんて考えられないのだ。 忍がいることが当たり前で、 忍が俺を想ってくれることが俺の幸せ。 17年以上、『先生』と 別れを告げることが出来ずにいた俺を 再び、恋なんて舞台に引っ張り上げてしまったお前が悪い。 もう1人ではどうしようもない心の穴を埋められるのは お前しかいないのだから。 そんな忍が、俺の手の届かないところへ行ってしまったら… 俺以外の誰かを愛してしまったら… 恐怖が身体を這いずり回って、 気が付けば、眠る忍を抱え込むように抱きしめていた。 「ん、…みや、ぎ…?」 当然、そんなことをされれば誰だって目を覚ます。 例外なく、忍もその口を開いた。 今、この不安を口にすれば忍はどう思うだろう。 女々しいと笑うだろうか。 重いと突き放されるだろうか。 そんなことを考えて、言葉を選べずにいると、 忍の身体がもぞもぞと動いて、 その細い腕が俺の背中に回される。 「みやぎ…」 名前を呼ばれて、どうしようもなく切なくなった。 嫌なんだ…このぬくもりを、この想いを手放すのは。 罪だとわかっていても、俺は… 「みやぎ…好きだ…」 「っ…」 どうやら、忍は寝ぼけているらしい。 それなら…泣いてもばれやしないだろう。 枕が濡れている言い訳は、明日の朝考えればいい。 *** 「…なんか俺の枕が濡れてたんだけど。」 「忍ちん、よだれでも垂らしたんじゃないの?」 いつもどおりの朝がやってきて、 寝る前に考えた言い訳を告げれば、 おじさんには致命傷なくらいの回し蹴りをくらった。 「いったああああ!!!」 「俺が涎なんて垂らす訳ないだろバカ宮城!」 「わかった、わかったから蹴るなって。」 骨の悲鳴を聞きつつ、慌てて距離を取れば 忍はふんっと鼻をならして仁王立ちする。 「だいたい俺じゃなくて宮城が 俺の枕になんかしたんじゃねーの。」 「いろいろ疑われるような発言はやめようか、忍ちん。」 まぁ、あながち間違ってはいないが 泣いていたなんて認める訳にもいかず顔をしかめる。 「とりあえず洗濯機に放り込んどいたから。 ちゃんと干しとけ。」 それだけ言うと、まだパジャマ姿だった忍は 着替えてくると自室に戻って行った。 「やれやれ、俺の涙は洗濯機の中か。」 堪え切れずに流れた涙も、その他もろもろと もみくちゃに洗われてしまうのだと思うと なんだかおかしかった。 言われた通り、朝食の準備を終えてから洗濯機に向かえば 見事に綺麗になった枕が俺を待っていた。 それをじっと見つめていると、 後ろからぼすんっと軽い衝撃があった。 「…忍?」 「腹減った。」 俺の背中に抱きついている忍はぶっきらぼうにそう言う。 「飯の用意なら出来てるから先喰ってろ。 俺はこれを干してから…」 そう言ってやるけど忍は動こうとしない。 「どうかしたのか?」 「…別に。飯は一緒に食う。」 「へいへい。」 「あと大学、途中まで送ってけ。」 「はいはい。」 「それと…」 「まだなんかあんのかよ。」 「…枕、濡らしてもいいから1人で泣くなよ。」 「!?」 寝ぼけてたんじゃなかったのか。 自分の失態に気付いて、動けずにいると そっと背中からぬくもりが消えた。 「大丈夫だから。」 「な、にが…」 「よくわかんねぇけど、大丈夫ったら大丈夫なんだよ。」 忍はそう言って、笑った。 その笑顔が、いまだ少し重苦しかった俺の胸の つっかえを吹き飛ばす。 それはまるで爆弾のようだった。 「おら!さっさと干して飯食うぞ。 腹減ったっていってんだろ。」 枕をひっつかんでベランダに走っていく忍をぽかんと 見つめた後、おかしくてたまらなくて笑ってしまった。 いつまでたっても変わらない そのテロリストぶりに。 夜。 隣ですやすやと眠っている恋人を見つめていると どうしても頭をよぎることがある。 今、こうして2人、 寄り添っていることは罪深いことなのだと。 けれど、もしこの先…いつか罪に呑まれても 忍と一緒なら、俺は笑っていられるんだろう。 *END* 120421 更新 [戻る] |