こう君と翔太先生の場合 俺がこの職業に就いたのは波風を立てない為。 別段、子供が好きな訳じゃない。 まぁ、嫌いでもないんだけど。 それでも、幼稚園教員なんて職を選んだのは 圧倒的に女の教員が多いからだ。 女が好きな訳じゃない。 むしろ、そうじゃないからこそ俺は女の多い職場を選んだ。 俺は生まれてこのかた、男にしか興味を惹かれない。 男に抱かれることでしか満足感を得ることが出来ないのだ。 だから、社会人として働くと決めた時に せめて職場でもめ事は起こしたくなかった。 同僚と関係をもったりして ややこしいことになるのはごめんだ。 学生時代はそれでいろいろとトラブルも起こしたりしたし、 この職業の選択は、俺の経験の結果から導かれたのである。 教員となって数年は、女ばかりの職場の中、 なかなかうまくやれていたと思う。 男は外で作って、仕事とは一線を引く。 けど、俺がやっと幼稚園教員としての ペースをつかみ始めたころ、 市村という男が俺の働く角山幼稚園に 教員としてやってきた。 俺は一目でそのビジュアルが気に入ってしまい、 こうならないために幼稚園の教員になったのに、 一度気になりだしたらもう駄目だった。 さりげないアピールの結果、 割り切った関係と告げて、俺はうまく市村と一晩を共にした。 そこまではよかったんだ。 次の日から、市村からの執拗なアピールが始まり、 仕事中も落ち着かない日々。 何度も人目を忍んでは 『好きだ』とか『愛してる』とか囁かれる。 正直、俺としては顔が気に入っただけで そんな感情など持ち合わせてはいない。 割り切った関係と言ったはず、 そう告げても、市村は諦めてはくれず ついにはストーカーまがいのことまで始め、 家の近辺をうろつき始めた。 このままでは、園での仕事に支障が出る。 そう思った俺は、園長に頼み込み、市村に行先を 知られることなく角山を辞めることになった。 そして、心配してくれた園長の計らいで 園長の知り合いである井坂という人が園長を務める 今現在の職場、 まるかわ幼稚園へと転職することにしたのだ。 「しょうたせんせー、あそんでー!」 「わたしも!」 「ずるい!わたしもしょうたせんせいとあそびたい!」 きゃあきゃあと賑やかな声に 過去の回想から意識が戻ってくる。 「ほらほら、ケンカしない。 じゃあみんなであそぼっか。」 「はぁーい!」 にっこりと笑顔を向けると、 集まっていた子たちも笑顔を返してくれる。 子供は嫌いじゃない。 けれどあまりにも無垢すぎて、 たまに自分の穢れを見せつけられるのが…少しだけ苦しい。 「しょうたせんせい!」 疼く胸の痛みを笑顔で塗りつぶしていると、 1人の園児から声をかけられる。 「おお、ゆきな。どうした?」 「おれもこっちであそんでいいですか?」 そう言ってきたのは年少組の雪名皇。 幼稚園児のくせにびっくりするほど整った顔で どこぞの王子様のような子供だ。 まぁ、うちの幼稚園はやたら美形や可愛い系 ばかりが揃っていて、顔で入園許可を出してるんじゃと 噂になっているくらいだけど… それでもゆきなは飛び抜けていると思う。 もちろん、女の子たちにも大人気で いつもゆきなの周りには取り巻きがいる。 けれど、本人はいたってそれを特別視することもなく なぜかよく俺のところにやってくる。 「もちろん。」 「わーい、ゆきなくんもいっしょに おすなであそぼ?」 「わたしといっしょにおやまつくろうよ!」 「えー、あたしとのほうがいいよね!」 ゆきながやってきた瞬間、興味の対象が 俺からゆきなに移る女の子たちに 今後の末恐ろしさを感じたりしてみたり。 「じゃあみんなでおやまつくればどうかな?」 そしてそんなおんなのこたちをうまく あしらってしまうゆきなは 将来、さらにモテるだろうな…なんて ついそんな感想も抱いてしまう。 「しょうたせんせいもいっしょにつくりましょ?」 そして、その幼稚園らしからぬたらしな笑顔は がっつり俺の心も掴んでしまうのだからタチが悪い。 いくら俺が男にしか興味を惹かれないからって こんな子供にやられてどうすんだ。 「そうだな。じゃあみんなででっかい山作ろうか。」 一瞬危険な思考に持って行かれそうになった俺は ことさら明るく園児たちに告げて腕まくりをする。 元気な返事が返ってきて、それを微笑ましく思っていると ふいにぞくりとするような視線を感じた。 「っ…」 慌ててあたりを見渡すけれど、いるのは園児と まるかわの先生達だけ。 俺の予想した人物などいるはずもないのに… 変に過去を思い出したから 神経が過敏になっているんだろうか、 勘違いと分かっても、心臓の音はなかなか収まってはくれなかった。 *** 「せんせい、さよならー!」 「さよならー!」 園児たちの親が次々と迎えに来て みんな元気いっぱいに手を振って帰っていく。 「また明日なー。」 俺もそれに応えて手を振り返し、 帰っていく園児たちを見送った。 そして園児たちが帰った後、 部屋に残っているのは同じ年少組の教員、 律っちゃんが送り迎えを 担当しているまさむね君だけのはずだった。 けれど、今日はそこにもう1人の姿。 「あれ?ゆきな。お母さんは?」 「きょうはすこしおむかえおそくなるって。」 尋ねた俺にゆきなはにこりと笑って答えた。 「そっかー。じゃあせんせいと待っとくか。」 ちょうど今日は仕事もあらかた片付いているし、 ゆきなの親がくるまで一緒にいても問題ないだろう。 隅で絵本をよんでいるまさむね君にも声をかけたが、 絵本を読むからいいと言うので、 俺はゆきなを連れ、ブランコへと移動した。 小さなゆきなをブランコに乗せて、 大きく揺らしてやると楽しそうにはしゃぐ。 可愛いよなぁ…なんて思いながら ブランコを揺らしていると、また視線を感じた。 「!!」 やっぱり勘違いじゃない。 俺は慌ててゆきなをブランコから抱きあげる。 「しょうたせんせい?」 「ゆきな、悪いんだけどちょっと教室のほうに 行っててくれるか?」 「…はい。」 ゆきなは不思議そうにしつつも、 降ろしてやると、俺の言うとおり教室へと走って行った。 「…出てこいよ。」 ゆきなが教室に入ったのを見届けると 俺は視線を感じた方角に声をかけた。 がさりと音がして、そこから出てきたのは やはり予想通り、市村だった。 「翔太…」 「何やってんだよ。不法侵入だぞ。」 「そんなのはどうでもいいだろ? 俺はずっとお前に会いたかったんだよ。 俺に何も言わずに角山をやめて…」 少し苛立ったような物言いに、こちらも苛立ちが募る。 「何度も言ってるけどさ。 俺はべつにあんたが好きじゃないし、 割り切った関係って言ったはずだ。」 「そんな冷たいこというなよ。 俺に触れられなくて身体が寂しがってるだろ?」 その言葉にすぐ反論できない自分が歯がゆい。 確かにこちらに移ってからトラブルはごめんだと 誰とも関係は持っていない。 身体を持て余しているのは事実だった。 「ほら見ろ、お前には俺が必要なんだよ。」 「んな訳ねぇだろ…」 やっと絞り出した反論を市村は鼻で笑う。 「声に説得力がないぜ、翔太。」 そう言いながら俺の肩を掴んで強引に顔を近づけてくる。 「ちょ、やめろっ…!ここをどこだと!」 「いいから!」 いいからじゃねぇよ! そう思って抵抗するけれど、力では敵わない。 必死に顔だけでもそむけると、 急にぎゃっという叫び声がして、 俺を押さえていた力が無くなってしまった。 「え?」 何が起こったのかわからずに そむけていた顔を元に戻すと 市村がその場にうずくまっていた。 そして、その傍らには黄色い幼稚園帽。 「ゆきな!?」 「しょうたせんせい、だいじょうぶ?」 「へ?あ…あぁ。」 ゆきなは俺の答えによかったと微笑んで、 次にうずくまっている市村に視線を向ける。 どうやら脛のあたりを押さえているので ゆきなに蹴られたかなにかしたんだろう。 「しょうたせんせいになにしてるんです。」 「っのクソガキ…!」 市村は一言吼えてゆきなに掴み掛ろうとする。 慌てて止めようと思ったけど、 俺が止める前に市村の動きは止まっていた。 「おれのせんせいになにしてんだってきいてんだ。」 ゆきなの幼稚園児とは思えない 高圧的な低い声に、市村は完全に戸惑っていた。 「さっき、えんちょうせんせいにへんなひとがいるって けーさつよんでもらったんで。」 「くっ…」 凍りつくようなゆきなの宣告に 市村は悔しそうな顔をして、その場から走り去った。 「…」 俺はただその背中を見送ってきょとんとしていたが、 しばらくして緊張の糸が切れ、その場にしゃがみこんでしまった。 「しょうたせんせい!」 そんな俺に慌ててゆきなが近づいてきて その小さな体が抱きついてきた。 そして、同じく小さな手が俺の頭をゆっくりと撫でる。 「せんせい、もうだいじょうぶですよ。」 さっき市村が聞いた声とはまるで違う 可愛らしい、けれどしっかりとした声で俺に そう囁いたゆきなに… 俺は思わずどきりとした。 幼稚園児のくせに…反則だろその男前度は。 さらに… 「これからもなにかあったら おれがしょうたせんせいをまもります。」 なんてダメ押しのひとことを言われてしまった俺は 常識なんて言葉を忘れて、 つい、こくりと頷いてしまった。 「そういやゆきな、園長に警察に連絡って…」 「あ、あれはうそです。」 「…おまえ、度胸あるよな。」 「しょうたせんせいをまもるためですから。」 …最近の幼稚園児ってすげぇのな。 *END* 1204011 更新 |