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 俺様2×苦労人2



「今回こそは
 全員締め切りに間に合うといいなぁ。」



小野寺律。25歳。
丸川書店エメラルド編集部編集者。

叶うことのないであろう望みを口にしながら
俺は数少ない修羅場明けの穏やかな時間を味わっていた。



「ま、吉川先生がいる時点で無理なんだけどね。」



何度か顔をあわせたことのある、
幼さを残した先生を思い浮かべて苦笑する。

今回もきっと羽鳥さん苦労するんだろうな。


そんなことを思いながら、ふともう1人
締め切り破りの常習犯の顔を思い出した。



「宇佐見先生も元気かなー。」



宇佐見秋彦。
本を読まない人間でも知っているだろう
超大物作家である彼もまた、締め切り破りの常習犯だった。


小野寺出版にいた頃、宇佐見先生の担当をしていたけれど
あの人と仕事してる時だけは、今と同じくらい
修羅場を味わったのを覚えている。


もし、丸川でも文芸に配属されてたら
また宇佐見先生と仕事をすることがあったのかもしれない。





「あれ?小野寺か?」


物思いにふけっていると、後ろから声をかけられる。


「え?あっ!宇佐見先生!」


今まさに、頭に思い描いていた人が
振り向いた先にいて、俺は驚きを隠せない。


「小野寺を辞めたとは聞いていたが…
 丸川にいたなんてな。元気にしてたか?」

「はい!今は少女漫画の編集をしてます。
 宇佐見先生はお仕事ですか?」

「あぁ…嫌だというのに担当がどうしても
 顔を出せとうるさくてな。今度の映画化がどうとかで。」

「映画化ですか。いろいろ雑務がありますからね。」


あぁ、宇佐見先生はこういうのダメだったなと
思わず笑ってしまう。小野寺でもずいぶん手を焼いたのだ。



「あ、いたいた!ウサギさん!
 相川さん探してるから早く戻れって!」


昔を思い出してのほほんとしていると、
今度はなんだか元気いっぱいの声が聞こえてきた。


「美咲。お前はいつから相川の手下みたいになったんだ。」

「手下とかじゃねーし。って、あ…」


見た目高校生くらいの男の子が、
宇佐見先生に文句を言っているかと思えば、
俺の存在に気づいて、慌てて頭をさげる。


「あ、ごめんなさい。お話中だったんですね。」

「ううん、大丈夫だよ。」

「美咲、お前もここに入社するんだから
 今からちゃんとマナーは身につけておけよ。」

「マナーとか一般教養とか、ウサギさんには
 一番言われたくないね。」


ん?入社??


「あの、宇佐見先生?その子は?」

「あぁ、俺の恋…」

「あ、あの!俺高橋美咲っていいます!
 こちらの会社に合格しまして、春からお世話になります!」


宇佐見先生が何かをいいかけたのにかぶさるように
高橋君が大きな声で挨拶してくれる。

ていうかちょっと驚いた。高校生だとばかり思ってたのに。


「あぁ、そうなんだ。俺は丸川の少女漫画
 エメラルド編集部の編集をやってる小野寺律といいます。
 配属はもう決まってるの?」

「いえ、配属はまだ聞いてないんですが…」

「そっか。じゃあ先に言っておくけど
 エメ編だけには来ない事を祈っておいたほうがいいよ。」

「え?なんでですか?」

「それはね、編集長がなんというかもう筆舌しがたいくらいの
 鬼編集長で、人を人とも思わない残虐非道な…」




「それは誰の話だ。小野寺。」



あ、俺死んだ。



「なかなか戻らないと思えばこんなところで
 上司の悪口か?えらくなったもんだなぁ小野寺?」

「あ、あわわ…」


低音ボイスで俺を金縛り状態にする人間はそう多くない。
そして今、俺の背後にいるのは間違いなく
そういう人間の中でトップに君臨する高野編集長だ。


「あ、これは宇佐見先生。ご無沙汰してます。」

「あぁ、高野さん。」


俺にどす黒いオーラをぶち当てたのとは
うってかわって、目の前の宇佐見先生には
きちんと常識的な挨拶をするこの人。

当たり前なんだろうけどなんかむかつく。



「あ、あの…小野寺さん。大丈夫ですか?」


顔を青ざめさせたり赤くさせたりしている俺を
高橋君が心配そうに見つめてくる。


「あ、うん。平気だよ。大丈夫。
 こんなのいつもより全然マシだから。ははは。」

「お、小野寺さん…目が怖いっす。」

「高橋君。身をもって覚えておくんだよ。
 これがエメ編だということを…」


俺が半笑いで高橋君の肩をぽんぽんと叩くと、
高橋君の顔もひきつっていく。


「小野寺。何を一般人を脅迫してるんだ。」

「脅迫じゃないし、高橋君は来期から
 うちの会社に入社するそうなんで。」


会話に割り込んでくる横暴編集長をキッと睨むと
ふーんと興味深そうな顔をする。


「で、来期入社さんが何でこんなところに?」

「あ、あの。何ヶ月か前からバイトをさせてもらってて
 入社試験が無事終わったので今日から
 バイトを再開させてもらってるんです。」

「へぇ。そうか。」

「そういえば高橋君。宇佐見先生探しにきたんだよね?
 文芸のほうでバイトしてるの?」

「あ、いえ。バイトはジャプン編集部のほうで
 させてもらってて…ウサギさんを呼びに来たのは
 たまたまウサギさんの担当の相川さんが
 先生が逃げたって泣き叫びながら走ってたのでついでに…」

「あいつも大変だな。」

「つーか相川さんがそうなってるの
 ウサギさんのせいだかんね。そろそろ自覚しなよ。」

「なんのことだかさっぱりだな。」

「こんの…はっ!」



宇佐見先生としばらく言い争っていた高橋君は
俺と高野さんが唖然とした顔で見ているのに気づいたのか

面白いくらいオーバーリアクションで「はっ!」と叫んだ。



「あ、す、すいません!会社で大騒ぎして…」

「いや、いいんだけど。その、高橋君は
 宇佐見先生と親しいの?」


今の様子だと、どう考えてもただ単に
担当さんに頼まれて宇佐見先生を探しに来た訳じゃなさそうだ。


「い、いや…それは…」

「お前がさっき変に遮るからだろ?
 この子は俺の同居人でね。一緒に住み始めて
 もう3年以上になる。」

「そうなんですか!?」

「どおりで親しげな訳ですね。宇佐見先生?」

「あぁ、美咲と俺はただならぬ仲でね。」

「何言ってんだバカウサギッ!!」


「いや、見てればわかりますよ。
 2人の間には何か特別なものがありそうですね。」

「さすが高野さん。さすがの観察眼だ。」

「いえいえ、私のそばにも同じような人間がいまして。」


そういって、高野さんの視線がちらりと
こちらに投げてよこされる。

おいおい、待て待て。なんだその目線は。



「ほう。そうか。小野寺がこっちに移ったのは…」

「違います!断じて違います!」


宇佐見先生のにやり顔に慌てて否定の言葉を叫ぶ。


「照れなくてもいい。素直になることはいいことだ。
 なぁ、美咲?お前もそう思うよな?」

「はぁ!?な、なんの話だよ!!」


高野さんも大概だが、宇佐見先生も負けず劣らずの俺様気質だった。
しまいにはうちの美咲が、とかうちの小野寺が、とか
俺と高橋君の人権総無視で2人で盛り上がり始めた。



俺は高橋君の頭をぽふぽふと撫でる。



「俺、高橋君とは友達になれる気がするんだ。」

「奇遇ですね。俺もです。」

「携帯の番号とアドレス交換しようか。」

「喜んで!!」





「「そこ!!何ベタベタしてる!!」」


見事にシンクロした高野さんと宇佐見先生の声が
赤外線通信でアドレスを交換していた俺と高橋君にぶつけられる。



「小野寺。うちの美咲に手を出した日には
 以前見せた修羅場よりさらに酷い地獄を見せるからな。」

「高橋といったな。小野寺に妙な気でも起こしてみろ。
 丸川で一番きっつい仕事にまわしてやるからな。」


それぞれが鬼のような形相をして詰め寄ってくる。
怖い、この2人怖すぎる!!


「お、小野寺さん…うぐ…」


高橋君にいたっては泣きそうにぷるぷるしている。
しかたない…


「あんたたちいい大人なんだから
 ここは会社ってことわきまえろ!

 宇佐見先生は担当さんが探してるんでしょ?
 高橋君もバイトに戻らないといけないだろうし、

 高野さんはこれから会議でしょ!」


「小野寺の声が一番でかいと思うが。」

「同感ですね。」


精一杯のお説教は俺様2人にあっさり流される。
くそう…これだから俺様はっ…


「そ、そうだよ!ウサギさんはやく仕事しないと
 今日の晩飯、大好きなオムライスに
 ピーマン大量にいれるからね!」

「ちっ…仕方ない。小野寺、くれぐれも美咲に手は…」

「出しませんよ!」



なぜか不満げな顔をしながらもやっと
宇佐見先生は、担当さんがいるのだろう方向へ歩き出した。


「あ、あのじゃあ俺もこれで!」


高橋君も俺と高野さんにぺこりと頭を下げると
宇佐見先生と同じ方向へと走っていった。






「はぁ…」

「なにため息ついてんだよ。ほら、俺らも戻るぞ。」


「半分以上は高野さんのせいですけどね。」

「俺が何したって言うんだ。」


「こんなところで宇佐見先生に張り合ったり、
 高橋君を脅したり。いい大人がすることじゃありません。」


どっと疲れがでた俺はトゲトゲと高野さんに文句を告げる。


「お前があのチビと仲良くしてるのが悪い。」

「そんなの高野さんに関係ないでしょ!」

「ある。お前は俺んだから。」



今まで茶化すように話していた言葉がふと真剣みを帯びる。


「だからいつ誰があんたのものに…」

「10年前からずっと。」

「っ…」


…これだから俺様は嫌なんだ。
好き勝手に事実を捻じ曲げて自分の都合に合わせてしまう。



「そんなの、認めません…」

「かわいくねーの。」


認めない。10年前からあんたのものだなんてことも。
今、その言葉をとても嬉しいと感じている自分も。




***



「あの人こえー…俺、エメ編に配属されたら死ぬかも。」

「お前は心配ないだろ。」

「なんで?」

「お前に乙女心なんて繊細なものはわからないだろうから
 少女漫画になんて配属されないさ。」

「てんてー。それすげぇ失礼だと思わない?俺に対して。」


「せっかく丸川に就職したんだ。
 いっそ俺の担当になればいい。そうすれば
 今までどおりずっと一緒だろ?」

「はぁ!?俺は漫画の編集がいいの!」

「だから前も言っただろう?好きなとこに配属されるとは
 限らないんだからな。」


「んなことはわかってるよ!ただ、最初にどこに配属されても
 俺はいつか漢みたいな本を担当する編集になるんだ!」

「…美咲。」

「なんだよ?」


「もし、そうなっても…俺を忘れるなよ?」

「は?忘れるわけないじゃん?」

「どれだけ忙しくなっても、疲れてボロボロになっても
 お前の帰る場所はここだからな。」

「な、何手広げてんだ。恥ずかしい奴。」

「いいじゃないか。仕事前に癒して?」

「やだ!ぜってーやだ!」

「やれやれ。」




*END*
1107029 脱稿

【後書き】

リクエスト第一弾、チキン野郎様からの
「ウサミサと高律遭遇」を書かせていただきました!

この4人が一同に会するとなると、
やっぱり丸川かな、と。美咲も無事就職したしね。
美咲は就職して、律っちゃんと仲良くなるといい!
苦労人つながりでww

しかし高野&宇佐見って最強だなwいろいろとw

甘いシーンはあまり入れられませんでしたが
ご希望に添えましたでしょうか??

チキン野郎様、どうぞお納めください♪



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