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 1.こんな雨の日には


こんな雨の日には、

自分の恋人が泣いているんじゃないかと
とても不安になる。



煮詰まってしまった原稿を放り出し、
休憩に珈琲を淹れるため降りていけば

外は雨粒に浸食されていた。



「雨か…」



香しい湯気をたてるコーヒーを手に
窓越しの雨を眺める。




「美咲。」



愛しい名前を呟けば、胸に不安が押し寄せる。



恋人、そして親友の両親が
命を落とした時も、雨粒は世界を侵していた。


それは今だ、根強く美咲の中に
根を張って俺ですら届かない闇を作っている。


ほんとならすべてを打ち明けて、
何もかも放り出して、俺に甘えてほしいと思う。


不安も孤独も何もかも
お前のものなら包んでやるのに。



けれど、美咲はそれを頑なに拒む。

拒まれた以上、嫌われたくない俺は
それ以上前には進めないのだ。



実の兄ですら癒せないのだから
もともと他人である俺にはもっと不可能なのかもしれない。


けれど、孤独だった俺を救ってくれたのは
他の誰でもない美咲なのだから、

その美咲の孤独を癒すのは
俺でなければいけない気がする。



今だに『好き』の言葉すらいえない恋人。

けれど言葉にしなくても
伝わってくる想いがあるから。





『ただいま。』



玄関から声がして、
ほどなくリビングに美咲が現れた。


その姿は、やはり少しだけ儚げに見えて。



「あれ…ウサギさん休憩中…って
 ちょ、なにすんだよ!」



近づいて、その身体を強く抱きしめた。


「美咲切れ。」

「アホか…」


口ではそう言いながらも、
俺を突き放そうとはしない美咲。


今はまだ、言葉や態度で示さなくていいから
こうして俺の腕の中にいてほしい。


癒えない傷の痛みを
少しでも和らげることができるなら。



***


こんな雨の日には、

昔の事を思い出して心が苦しくなって
すごく辛い…


雨に侵されたこの世界で、
自分がたった1人になった気がするから。


「ウサギさん…」



そんな時、
決まって俺はあの人の名前を口にする。


本人がいる前では決して言わないけれど、
その名前の響きだけで少しだけ心が落ち着くんだ。



いつだって俺のそばにいてくれるウサギさん。


意地悪だけど優しくて…
手の冷たさとは反対に温かい体温。


俺の心の中にある闇に一筋の光を照らす人。



すべて…何もかも忘れて、
ウサギさんに甘えることが出来たなら
俺の心の中の闇は晴れるのかもしれない。


けれど、それを抱えて生きていくことこそが
俺に与えられた十字架なのだ。


だから、この傷は…消さない。
消しちゃいけない。


だって…すべては俺のせいなんだから。



俺だけ、何もかも忘れて幸せになんて
なっちゃいけない。

あの雨の日、
両親の命を奪ったのは俺なんだから。


もし、そんな俺が幸せを願って…
すべてを取っ払ってウサギさんを愛してしまえば


神様は俺からウサギさんを奪うかもしれない。

それだけは…耐えられない。



だから、そっけないふりをして
傷ついてない顔をして

俺は、ウサギさんの待つ家へと戻るのだ。




「ただいま。」


玄関でそう声をかけて、
リビングへ足を踏み入れたら、

コーヒーカップを手にしたウサギさんが立っていた。



雨粒のちりばめられたガラスを背にして
立っている姿は…すごく綺麗。



「あれ…ウサギさん休憩中…って
 ちょ、なにすんだよ!」


けれど、先ほどまで雨を絵画のように
背負っていた人は、

いきなり俺に近づいてきて
俺をぎゅっと強く抱きしめた。


まさか…心配させるような顔、してた?



「美咲切れ。」


けれどウサギさんの口から出てきたのは
いつもの決まり文句だった。


「アホか…」


ほっとしてそう呟くけれど、
いつもみたいに抵抗できない自分がいる。


逃げない俺をウサギさんは
不思議に思うかもしれない。


けど…お願い。
もう少しだけこの腕の中にいさせて。



この胸の痛みに
ウサギさんの温かい光が染み込むまで。



*END*
120620 更新


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