01. 肩をぶつけて作るきっかけ 丸川書店、専務取締役である 俺は非常に忙しい。 専務としての実務はもちろん、 お偉いさんがたとの会食やら 受賞パーティーに参加するのをごねる 大物作家先生をひきずりだしたり。 とにかく、それはそれはとても忙しいのだ。 だから恋人といちゃつく時間など 爪の先ほどの限られた時間しかないのだ。 それなのに… それなのに、俺の恋人は そんな限られた時間にさえ 俺になかなか触れようとはしない。 「あー…」 「なんでしょう?」 「いや…その、テレビのリモコンとって。」 「…このくらい自分でお取りなさい。 体を動かさず怠けているとメタボになりますよ。」 「はぁ!?俺のこのバランスのとれた ボディがメタボになるわけないだろ。」 そんなことが言いたかった訳じゃないのに こんな時までお説教口調になる 我が恋人、朝比奈には頭を抱えたくなる。 「わかりましたよ… これでよろしいですか。」 そういってコトリと俺の目の前に リモコンが置かれる。 いや、普通手渡しだろ!! 直接渡せよ、直接!! 俺の心の叫びなんかお構いなしで(そりゃそうだろうが 朝比奈は持って戻った書類なんかに目を通し始めた。 「今それする必要あんのか。」 「いえ、特に急ぎではございませんが 今日できることは今日やる、が性分ですから。」 「…そーかよ。」 呆れて文句を言う気にもなれない。 急ぎじゃない仕事を恋人の前で堂々とするなんて… 一体何考えてやがる。アホなのかこいつは。 「何かテレビのリモコン以外に御用がございましたか?」 「ねぇよ!」 むかつく!むかつくっ!! なにが『何かテレビのリモコン以外に 御用がございましたか?』だ! あるに決まってんだろ!ていうかむしろ お前が俺を構うべきだろ! どこにも吐き出せない憤りをどうにか抑え込んで 無意味にチャンネルをくるくると回す。 バラエティー、ニュース、料理番組、 囲碁、歌番組… どれもピンとこないので、乱暴に電源を落とした。 部屋に静寂が訪れる。 それから紙がめくられる音が時折響いて、 耐えがたい空気が流れ始めた。 あぁ、もう。どうしろっていうんだ。 朝比奈は俺の方をちらりとも見やしない。 ただ黙々と手元の書類に視線を落としている。 あぁ、ありえない。 俺の下僕のくせに俺の望んでることすらわからないのか。 …仕方ない。 仕方がないから、もっとわかりやすくしてやる。 断じて構ってもらえないからさびしいとか 自分から甘えるのが恥ずかしいからではなく 朝比奈がもっと下僕兼恋人として きちんとした判断が下せるように 主として躾をするだけなのだから。 心の中で長文の言い訳を用意した後、 俺は意を決して行動した。 どんっ。 「龍一郎様?」 朝比奈の視線がこちらに向く。 どんっ。 もう一度。 「…あなたは素直におっしゃるということが 本当に苦手な方ですね。」 2度目で、朝比奈は苦笑を浮かべた。 その表情で、この男は俺の考えなど すべてお見通しだったのだと今頃気が付いた。 わかっていて、あえて素知らぬふりをし、 俺が行動を起こすまで待っていたのだ。 「…信じらんねぇ!!今すぐ出ていけ!」 自分が朝比奈ごときに翻弄されていた事が 悔しくてムカついて、俺は立ち上がって叫んだ。 しかし… 「出ていけと言われましても、ここは私の家です。」 「…っ。」 「それに今晩、あなたと離れるつもりはありません。」 「…んだよそれ。」 今まで散々放置しておいて、 どの口でそんなことを言ってやがる。 そう思うくせに…すげームカついてるはずなのに… その言葉がすごく嬉しいと思ってしまう。 俺はこんな単純な人間じゃなかったはずなのに。 「では、そろそろ本来の仕事をしましょう。」 「は…?仕事って…」 「あなたを構うという仕事です。」 「…お前にとっちゃ俺の相手も仕事かよ。」 「恋人を構うのは立派な仕事だと思いますが。」 「…阿呆。」 悪態を吐きつつも、なんとなく赤くなる頬を 止めることが出来ずに俯いてしまう。 「待たせた代償はでかいからな。」 「おや。待たせていたのは龍一郎様のほうですよ。」 「はぁ!?俺がいつ…」 「リモコンを取れだのなんだのと別のことを言って 私を待たせたではありませんか。」 そういうと、今まで微妙な距離だった朝比奈が 一気に近づいてきて、思わず後ずさる。 「あ、あさひな…」 「龍一郎様、ひとつお教えしておきます。」 「なんだよ…」 「私はあなたが望むことを叶えたい。 ゆえに自分から行動することにためらいがあります。」 至近距離で射すくめられ、身動きがとれない。 「だから、あなたが命じてください。 私に何を望むのか。」 「命じるって…」 「貴方の望みであれば、この命をかけてでも すべて叶えて差し上げます。」 そんなことを言うのは…ずるい。 結局俺ばかり恥ずかしいことを 言う羽目になるじゃないか。 「…なら、メタボじゃないってこと ちゃんと確認しろ。」 「仰せのままに。」 言うが早いか、朝比奈の手が俺の服にかかる。 そして、耳元で『貴方の身体は美しいですよ』と囁かれ、 拗ねた気持ちやその他もろもろの感情ごと 俺は朝比奈に落とされてしまったのだった。 *END* 120410 更新 [戻る] |