Kiriyoko-1 | ナノ


 プリンセスの初恋


最近、ヒヨの様子がおかしい。


やたらとそわそわしている事が多いし、

前々からおしゃれが好きな子だけど
服装や髪形にもさらに気を使うようになった。


そして、時折ぼおっと頬を染めて
遠くを見ているのだ。




一瞬、脳裏に浮かんだ考えを一刀両断する。


ない、ありえない。
俺のヒヨに限ってそんなことがある訳がない。


けれど、俺は見てしまったのだ。


滅多に小遣いなど欲しがらないヒヨが
家の手伝いをするからお小遣いをくれと良い、

その小遣いで買ってきたもの、
それは、恋に関する特集を組んでいる雑誌だった。



ヒヨはそれを嬉しそうにめくり、
頷いてみたり、驚いてみたり、

とにかく、それはそれは
恋する乙女全開の表情だった。


しかもこっそり覗いていたら
それがバレて思い切りヒヨに怒られた。


『パパの変態!』と。



その一言に傷ついた俺は、
愛する横澤に慰めて欲しくて居酒屋に誘ったのだ。




「で、なんだっつーんだその暗いオーラは…」

「横澤…俺はもう生きていけない…」


「は?」

「俺が死ぬときはお前の腕の中で死なせてくれ…」


「ちょ、待てって…あんた…なんか病気なのか…!?」

「あぁ、深刻で治らない病気だ…」


「っ…バカ言ってんじゃねぇよ!
 あんたがそう簡単にくたばるようなタマか!」

「横澤…お前は優しいな。」


「と、とにかく病院には行ったんだろ?
 病名はなんだよ!その病院で駄目なら別の医者を…」

「病院には行ってない。」


「は!?馬鹿か!!病院にいけば助かるかも
 しれないだろ!」

「…無理なんだ。この病気は病院では…」



と、そんな会話をした後、ヒヨに好きな人が
出来たらしいと告げると、

目の前を星が飛ぶほど頭をひっぱたかれた。



「いってぇな!!」

「あんたはアホか!!!
 人を散々心配させといて!!!」

「アホじゃねぇよ!!俺にとっては大変な問題だ!」

「バカ野郎!!」



居酒屋の一角で騒ぎ始める俺たちに
店員や他の客の冷たい視線が突き刺さってくる。



「…とにかく、病気とかじゃねーんだな。」

「正確には病気じゃないが、病気よりひどい。」

「…俺をこれ以上イライラさせんじゃねぇ。」


横澤に抑え気味の声で凄まれてしまった。
俺は結構本気で言ってるのに。



「お前はなんとも思わないのか!!
 娘のヒヨがどこの馬の骨ともわからん奴に
 奪われるかもしれないんだぞ!?」

「俺の娘みたいな言い方をするな!
 たしかにヒヨは可愛いが、そろそろ
 そういうことに興味を持つ年齢だろーが。」


俺の必死の訴えも、横澤は酒を飲みながら
軽くかわしてしまう。

それから俺がどれほど訴えても
あんたが騒いだってどうにもならないの
一点張りで、横澤はまったく慰めてくれなかった。




「うー、ひっく…」

「ほら、しっかり歩けって…」


その結果、飲みに飲んだ俺は足元がおぼつかず、
ふらりふらりと横澤に支えられながらの帰宅となった。


「まったく…そんな調子じゃヒヨが結婚するなんて
 なったときは本当に死ぬんじゃないのか。」

「けっこんなんてパパは許しません!!」

「でかい声出すなって…」


そんな言い合いの中、横澤が玄関のカギを開けて
俺を家の中にかつぎ込んだ。



「ほら、家ついたぞ。」

「う…うぅ…ひよぉ…」



「パパ…?」


そこへパジャマ姿のヒヨがひょっこりと姿を現した。

そして、俺たちを確認するなり、
真っ赤な顔で部屋に飛び込んでしまった。


そして、恥ずかしそうに部屋から顔だけを出す。



「横澤のお兄ちゃん…お帰りなさい。」

「あぁ、ただいま。
 ヒヨ、悪いけど水を1杯持ってきてくれないか?」

「あ…うん!」



横澤に頼まれて、水を汲みにヒヨはキッチンへと向かう。
しかし、なんだろう。あの様子は。

やけに、緊張して照れているような…


そこまで考えて、急激に一つの結論にたどり着く。



まさか…まさか…!?



「はい、お兄ちゃん。」

「あぁ、ありがとう。」



戻ってきたヒヨが横澤に水を渡す。

その顔は真っ赤に染まっていて、
それに比例する様に俺の顔は真っ青になる。


「ほら、さっさと水のめって。
 ヒヨは玄関は冷えるから、部屋に行って寝てろ。」

「あ…うん。でもお兄ちゃんだけで平気?
 私、お手伝いしようか?」

「ありがとう、ヒヨは優しいな。」


そう言って笑う横澤を見るヒヨの目は…
あぁ、駄目だ。完全に堕ちてる。



「けど大丈夫だから。
 ほら、寒いから顔赤くなってる。」


そういって横澤がヒヨの頬に手を伸ばす。
次の瞬間、無意識に俺はその手を払っていた。



「いてっ…なにすんだよ。」

「パパ!なんでそんなことするの!」


なんでと言われても…

触れさせたくなかった。
そして、触れてほしくなかった。



可愛い娘が自分の恋人に恋をするなんて…
誰か冗談だと言ってくれ。



「パパの馬鹿!!」


そうこうしているうちにヒヨは怒って
部屋へと行ってしまった。

そんな様子に横澤はため息をつく。


「あのなぁ…いくらヒヨが恋をしてるかもしれないからって
 俺にまで過剰反応してどうするんだ。」


この様子では横澤はわかっていない。
分かられても困るけれど。


その問いかけの答えが自分の言葉で見つからず、
仕方なく俺は寝たふりを決め込んだ。



「って…おい!寝てんのかよ…
 つーことは寝ぼけてたのか。」


横澤の独り言に、ぜひそうしてくれと内心で思う。


「仕方ねぇな…」


続いて、呆れたような声の後、ふわりと体が浮き上がった。



「くそ、重てぇな…玄関まで戻って
 つぶれてんじゃねぇよ。」


グチグチと続く横澤の悪態と共に、
俺の身体は寝室へと運ばれていく。


そして寝室にたどり着くと、
案外優しくベッドへと降ろされた。



「はぁ…まったくこの親バカは。」


横澤はそう呟いて、少しだけ俺の髪に触れてから
寝室を出て行った。




「親バカだけじゃないんだけどな。」



しいていうなら、親バカと恋人バカのミックスだ。


可愛い娘が恋人に恋をするのに苛立ち、
愛する恋人が娘に好かれているのに苛立つ。



「…なんのイジメだ、これは。」



まだ少し酒でズキズキと痛む頭では
到底答えなど出しようもない。



どちらも独占したいという我儘な願いを
叶えるにはどうするべきか…


そんなことを考えながら
バツイチ、子持ち恋人もちの俺の夜は更けていった。



*END*
120403 更新


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