Re-UsaMisa-1_5 | ナノ


 大事なもの1つだけ[5-SIDE 美咲-]



「そんなことをしたって美咲はお前のものにはならない。」


硬く目を閉じて恐怖から逃れようとしていた
俺の耳に届いたのは、聞きなれた低い声。



「宇佐見秋彦!?なんで…なんでここに!?」

「うさ、ぎさん…」


彼の驚いた声と俺の掠れた声が重なって
ドアの前に立っているウサギさんに届いた。


「美咲。もう大丈夫。」

「ばかっ…!何で来てんだ!
 あんな写真、公開されたらウサギさん
 小説家続けられなくなるんだぞ!」

「そんなもの、お前を失うくらいならいらないさ。」


やんわりと俺に微笑んでくるウサギさんに
目頭がこれでもかってくらい熱くなる。


「ばか…バカウサギ!」

「お前の説教は後でたくさん聞いてやる。
 その前にお前への説教だ、秋彦。」

「へ?」


ウサギさんはなぜか自分の名前を呼んだ。
しかし体を強張らせたのは俺に覆いかぶさっていた男だった。



「どうして…名前まで知ってる…」

低く呻くような声。


「孝浩、つまり美咲の兄がお前を覚えていた。
 名前もな、俺と同じだったから記憶に残っていたそうだ。」

「同じ…名前…」


つまり俺を助けに来てくれたのも、
俺に覆いかぶさっているのも”秋彦”ってこと?

しかも兄ちゃんがこの人の事をおぼえてた?

ってことはやっぱり俺はこの”秋彦”と会ってるのか?



「とりあえず美咲の上からどけ。俺が本気で怒る前にな。」


その言葉で違和感を感じた。
俺がこんな目にあってるんだから、普段のウサギさんなら
問答無用で秋彦を排除するはずだ。

でも手を出さずに言葉だけで忠告している。


「怒る…?勝手に怒れば?美咲は渡さない!
 絶対に…絶対に美咲は…僕の…」

「それはお前の空想の中だけだ。
 現実の美咲が想っているのは俺だけだ。」


こんな…かなり危険な状況なんだけど、
どうしよう。ウサギさんの言葉が…嬉しい。

何がどうなってるのかはわからない。

でも…今はウサギさんの体温が恋しい。


俺は持てる力を振り絞って、秋彦を突き飛ばした。



「うぐっ!?美咲…!?」


呼ばれる声にも振り向かず、一目散に
ウサギさんの元へと駆け寄った。

広げられた腕の中に飛び込んで、その胸にしっかりと顔を埋める。



「ウサギ…さん、ウサギさん…」


ウサギさんのにおいが、ウサギさんのぬくもりが
俺の涙腺をいとも簡単に壊してしまって

目からあふれ出る雫を止められなくなってしまう。



「美咲…無事でよかった。」


囁かれる声が体中を満たして、抱き寄せられる腕が力強くて…
あぁ、俺はやっぱりウサギさんが好きなんだ、と心から思う。



「美咲…美咲…どうして?どうしてその秋彦なの?
 あの時…言ったのに、美咲は僕に…言ったのに…」


幸福の中、温かな温もりからはじき出されたような
迷子の子供の声が背中にかけられる。


「俺が…言った…」


迷子の子供。

そのフレーズが頭の中で雷鳴のように閃きを呼び起こす。




季節外れの台風で、吹き飛ばされそうな雨風の中。
その子は公園の土管の中に座っていた。

膝は血塗れ、顔も薄汚れて、その子のものであろう
荷物は雨の打ちつける地面に散乱していた。



「おい!大丈夫か?」

「…」

「し、死んでるのか!?うわわ、どうしよう!
 兄チャンにでんわ…」

「…死んでない。」

「な、なんだ。びっくりさすなよ!
 しんぞーでるかとおもっただろ!」

「ごめん…」

「それよりおまえ、けがしてんじゃん!
 痛くないのか?」

「…いつもだから。」

「いつもけがしてんのか?こけるのか?」

「…ちがう。」

「こけないのにけがすんのか?
 ま、いいや。あわあわしてやるから
 おれんちこい!あ、俺高橋美咲っていうの。」

「え…?」

「はやく!雨にぬれてたら
 とうさんとかあさんにしかられるだろ!
 服もかしてやるから!

 あ、そのまえにこっちか。」


俺は地面に散乱してたそいつの荷物を
拾ってランドセルに入れなおした。

そして、土管にひっこんでいたそいつの
手をとって、傘をさして家まで帰ったんだ。


兄チャンは驚いて、慌ててそいつの怪我を治療して
俺と一緒に風呂に入れて、真新しい服を着せた。


「ごめんなさい…」

「ん?どうして謝るんだい?」


「迷惑かけたから…」

「子供は迷惑かけた、
 なんて思わなくていいんだよ。
 今日はもう遅いしうちに泊まっていくといい。
 親御さんの連絡先わかるかな?」


小さな声で謝っているそいつから
兄チャンは家の電話番号を聞いて電話をかけた。


「あ、そうだ。君の名前は?」

「…秋彦。」

「秋彦?はは、ウサギと一緒だな。」


それから俺と秋彦は俺の部屋に行って
俺のベッドで一緒に寝ることにした。



「なぁ、あきひこ。お前も
 迷惑かけるの嫌いなんだな。」

「え?」


「俺もさ、父さんと母さんが死んでから
 兄チャンに迷惑かけてばっかりで嫌なんだ。」

「美咲も…お父さんいないの?」

「あきひこもいないのか?」

「うん…父さんずっと前に死んじゃった。」

「そっか…でもかあさんはいるんだろ?」

「いるけど…忙しくて…僕の話は
 あんまり聞いてくれない。」

「俺は母さんもいないけど兄チャンがいるんだ。
 兄チャンはすごいんだぜ!
 りょーりも上手で、美咲デーもしてくれるんだ!」

「…いいな。」

「ほんとはもっと一緒にいて欲しい。
 俺には兄チャンだけだから。」

「美咲…」

「でも今日はあきひこがいるから楽しい!
 だからさ、あきひこ。」

「なに?」

「俺には迷惑かけてもいーよ。」

「え?」

「あきひこも母さんに
 迷惑かけちゃいけないなら、
 俺にいっぱいかけたらいーんだよ。」

「で、でも…ぼく、いじめられっこだから…」

「え?あきひこいじめられてんの?」

「女の子みたいってよく言われて…」

「じゃあ俺がそいつらからまもってやる!
 あきひこ、次いじめられたら
 俺に言えよ!たすけてやるからな!」

「で、でも迷惑…」

「かけていいっていっただろ?」

「う、うん…」






すべてを思い出した俺の目の前には、
あの台風の日と同じ、傷だらけの秋彦がいた。



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