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 大事なもの1つだけ[2-SIDE 秋彦-]




「遅い。」


今日はバイトがないと言っていたはずだからと
授業が終わる時間に合わせて正門に迎えに来ていた俺は
タバコを1本吸い終えて呟いた。


まさか、また角先生の息子と一緒か…?


そんな想像をして不機嫌さを募らせていると
目の前にその不機嫌の原因が現れた。



「あ、宇佐見せんせー。こんにちわ。」

「…美咲はどこだ。」


「挨拶もなしですか。ま、いいや。
 美咲なら女に呼ばれてどっか行きましたよ。」

「…わかった。」


とりあえずこの男と一緒じゃないことは確認できた。


頭脳はビミョーでルックスも人並みの美咲だが
あいつはなんとなく人を惹きつけるやっかいな魅力がある。


その女とやらを探し出さないと。

どうせ美咲のことだ。告白でもされて
断りの言葉が見つからなくてオロオロと時間をかけてるんだろう。



「あ、そーだ。宇佐見さん。
 今日の美咲、家でなんかありました?」


さっさと背を向けた相手に声をかけられて
振り返る時間も惜しいので、そのまま返答を返す。


「別に何もない。」

「ふーん、ならいいんですが。
 授業中、何かをやたら気にしてましてね。」

「…何をだ。」

「聞いても答えませんでしたけど、
 何かに怯えてるみたいだったんで。」

「怯える?」


聞き捨てならない内容に思わず足を止める。


「ええ、顔を青くして周りをキョロキョロ見たり。
 女に呼ばれたときもなんか不安そうでしたね。」

「…」


自分の知らない美咲をこいつが知っているのも癪だが
今はそんなことを言っている場合ではないかもしれない。

嫌な予感がする。


「…やっぱ俺も探すの手伝いますよ。」

「何?」

「いや、美咲は俺の大事な友人ですし?」

「今更何をふざけたことを。」

「確かにあんた目当てで美咲に近づきましたけどね、
 これでいて美咲のことも気に入ってるんですよ。」

「お前…!」

「とりあえず揉めるのは後にしませんか。
 今は美咲を探すほうが先でしょ。」


激しくむかつくが、その通りだった。
俺はイライラを押し殺しながら、校舎へと向かった。







「高橋?いや、見てないけど。」


学校に入って、美咲と面識がある人間に
片っ端から聞いて回ったけれど、

誰からも返ってくる答えは同じだった。



「くそっ…どこにいる。」


携帯も鳴らしてはいるが、電源が切られていた。
ただの充電忘れか…それとも…



「まぁ、落ち着いて。あ、近藤。美咲見なかった?」

「おう角。高橋か?高橋なら今さっき見たけど
 なんか見たことない奴におぶわれてて
 倒れてたから保健室連れてくって。」

「そいつ女?」

「うん。女のくせに高橋おぶってたんだから
 すげーよな。」

「そうか。さんきゅー。
 ってことらしいですよ、宇佐見せんせ。」

「っ…保健室はどこだ。」


肝が冷える思いで角に掴みかかる。


「冷静になってくださいよ宇佐見さん。
 普通に考えて、そのまま保健室なんか連れて行かないでしょ。」


そういって角が窓から外を眺める。
その視線の先には…



「美咲!?」


見たことのない奴におぶわれていく美咲がいた。
瞬間、俺の足は外へ向かって駆け出していた。



「俺のためにそれくらい必死になって
 ほしかったんですけどねぇ、宇佐見せんせ。」


後ろで角が呟いた言葉なんて耳に入らなかった。






外へ飛び出したときには、もうすでに美咲の姿はなく
それでも俺は必死に辺りを見回した。


「やられましたね。とりあえず
 警察に連絡するのが妥当だと思いますが。」


後ろから聞こえた冷静な声に苛立ちながら
携帯を取り出す。しかし110をコールするまえに
自分の車の違和感を感じた。




「なんだ、あれ…」


フロントガラスに置かれているのは…美咲の携帯だった。


レアものなのだと浮かれていた
漫画のストラップがついているので間違いない。

慌ててそれを手にすると案の定、電源が切られていた。
そして携帯の下には白い封筒が1つ。妙に厚みがある。


あけてみると、そこには大量の俺と美咲の写真。
そして俺の顔はカッターで切り裂かれていた。



「うわ、猟奇的。」


後ろからそれを覗き込んできた角が茶化すように言う。
苛立ちを隠さないまま、写真を確認していくと
どんどんきわどい写真が目立つようになってくる。


明らかにこれは家の中で盗撮されている。
どこかにカメラを仕掛けられているのだろう。


誰にも見せたくない美咲のあられもない姿が
しっかりと形に残されている。


いっぱいいっぱいになって俺を呼ぶ声。
初めは抵抗するくせに、
だんだん甘くねだるような声になっていく姿。



頭の中が美咲でいっぱいになっていく。
はやく…はやくこの腕の中に取り戻したい。


写真の最後に便箋が入っていた。



『僕の運命の人を奪った罪は重いよ?

 鈴木美咲は藤堂秋彦に助けられたけど
 高橋美咲は宇佐見秋彦には助けられない。

 可愛い可愛い僕の美咲は、
 もう二度とお前の元には戻らない。
 美咲もそれを望むはずだから。

 それでも探すつもりなら
 この写真すべてをマスコミに公表する。

 そうすればお前の作家生命は終わる。

 物書きしか能がないんだから
 お前の恋人は小説で十分だ。

 せいぜい、物語の中で鈴木美咲を
 可愛がればいいよ。』



こいつは何もかも調べつくしている。
宇佐見秋彦と秋川弥生が同一人物であることも。

だから、この間出た小説になぞらえて
こんな写真を用意したりして
俺の顔を切り裂いて、俺に見せつけたんだ。



「あららー。どうするんですか?
 俺としては美咲も大事だけどあんたの
 作家生命が終わるのは見てられないですよ。」


手紙も盗み見したのか、角が俺の手を掴んでくる。


「愚問だな。」

「へえ?」

「美咲以上に大事なものなどない。
 小説家として書けなくなっても
 美咲のためならどうでもいいことだ。」

「でもあの写真を公表されたら
 あんただけじゃなく、美咲の顔だって
 公表されるんですよ?」

「…それでも、俺は美咲を取り戻す。」


写真など、いまどき合成でもなんでも出来る。
言い訳はあとで考えればいい。

今はただ美咲を…はやく助けてやりたい。



俺は携帯を開いて、呼び出しなれた番号を押す。



「もしもし、井坂さんですか。
 秋彦です。少し話があるんですが。」


出版業界の大御所が知り合いであることが
今日ほどありがたいと思ったことはない。

写真を売り込むならまず出版社だろう。

大手である丸川の井坂さんに先に言っておけば
少しは広まりが抑えられるかもしれない。



「必死になっちゃって…
 あんたがそんなキャラだと俺がっかりです。」


そういいながら、角がどこかへ電話をし始めた。

父親に電話して、出版社に俺のゴシップが来ても
事を荒立てないように掛け合って欲しいと頼んでいるようだった。



「お前…」

「さて、さっさと美咲を追うとしますか。
 そんなあんた、見ていたくないですからね。」


角はそういって笑うと、その辺りにいた学生に
美咲をおぶっていった奴の特徴を聞き始めた。


こいつに助けられるのは本当に癪だが、
今はそれにも縋るしかなかった。



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