TakaRitus-t4 | ナノ


 04.君が残した忘れ物



「ん?なんだこれ?」


修羅場を乗り越えた週末、
やっとのことで部屋の片付けに取り掛かった俺は
棚にあった見覚えのない本を見て首をかしげた。


「こんな本買ったかな?」


いくら考えても自分が買った記憶がない本。

そう考えて手に取った瞬間。
ある出来事がふわりと胸の中に蘇ってきた。




「あっ…!!」








これは…嵯峨先輩の本だ。
あの日、先輩が忘れていった本。



いつもみたいに図書室で本を読んでいて
珍しく先輩が先に帰った日。

机の上に置き忘れられた1冊の本。



慌てて本を抱えて追いかけることも考えたけど、
これを持っていれば、明日も先輩に会う口実が出来る。


付き合っているのだから、口実なんて必要ないのかもしれないけど
その時の俺は、どうしても不安で仕方なくて
自分があの嵯峨先輩の恋人なんだと自信を持てずにいた。


だから、そっとその本を自分のかばんに忍ばせた。
次の日、何気ない顔をして渡すつもりで。






「あれ…?なんでそれを返さずに俺が持ったままなんだ?」



しばし、捨ててしまいたい過去への思いを馳せた後。
どうして翌日にでも本を返していないのかという疑問が残った。



自分の性格なら間違いなく次の日には返す。
好きな人の私物だからと
自分の物にしてしまうようなマネは断じてしないはずだ。


じゃあ、言い出すタイミングを図り損ねた?


それならありえるかもしれない。


先輩と顔をあわせても挙動不審な感じで、
結局、言い出せずに持ったまま…?


…十分ありえる。





「うわ、そうだとしたら俺サイテー…」


どうしよう。はっきりとした理由は思い出せないけど
このままだと俺は泥棒だ。しかも好きな…

いやいや、好きだった人のものを持ったままなんで。


返したい。是が非でも返すべきだ。


しかも幸か不幸か。
本を返すべき人物は、マンションの隣室にいる。


しかし…それには大きな問題がある。



まず、隣を訪ねていこうものならまず無事には戻れない。
しかもこちらに非があった日には、それを理由に
好き放題されるに決まっている。


俺が好きだった嵯峨先輩は、今は見る影もなく
横暴・自己中・俺様な高野編集長へと変わってしまったのだから。






「そ、そうだ!封筒に入れてこっそりポストに
 投函しておけばいいんじゃないか!?」


何年もたって、今更な感じはするし本来なら謝るべきだけど
今の俺は嵯峨先輩、もとい高野さんとは出来るだけ距離をとりたいのだ。



認めなくはないけど、俺の勘違いで俺と高野さんは
高校生の時に別れることになり、10年顔を合わさないままだったが
何の因果か、今は漫画編集の上司と部下という関係になっている。


しかも、10年前の真実がわかるやいなや、
あの人はもう一度、俺に好きと言わせるとか訳の分からないことを
ほざきやがりまして、しかもそれを日々実践中。


俺を押し倒したり、強引にキスしたり…あちこち触ったり…



「うあああ!そんなことはどうでもいいんだ!
 とりあえず今はこれ!これをどうにかしないと!」


高野さんにされたセクハラを頭から振り払って
適当な無地の封筒を引っ張り出し、本を入れて封をする。



高野さんに気づかれないように、こっそりと玄関から出て
隣室のポストに本をねじ込んですばやく退散。




「よし!気づかれずにすんだ!俺だってやればできるんだ!」


家に駆け込んで、ミッションが成功したことに1人喜び勇む。
これで俺がいれたっていう証拠もないわけだからこの件は一件落着。



「さーて、片付けの続きでもしますか。」



重荷が一つ消えて、俺はいそいそと腕まくりをなおし、
荒れ放題になった室内へと戦いを挑みなおした。




ピンポーン。




しかし、その勢いは玄関のチャイムの音にそぎ落とされた。



「誰だよ。せっかく人が気合いれなおして…」


ぶつぶつ文句を言いながら、玄関に向かって
チェーンロックをかけたままドアを開く。



「た、高野さん!?」

「小野寺、お前これどういうつもりだ。」



開けたドアの先には、先ほど俺が投函した封筒を
もって仁王立ちした高野さんがいた。


「な、なんの話ですか?」

「とぼけてんじゃねぇ。俺んちのポストにまた
 何も言わずに物入れやがって。」

「い、言いがかりはよしてください。
 俺が入れたって証拠はあるんですか?」



姿は見られていないはずなのに、まるで俺がやったことを
確信しているかのような高野さんに若干ひるみながら
言い訳のような文句をぶつける。



「この本が何よりの証拠だ。
 これは昔、俺がお前にやった本だ。」

「へ?やった?」


高野さんの口からでた意外な言葉に俺はきょとんとしてしまう。



「とりあえずここ開けろ。
 上司を外で待たせるとかどんだけ非常識だお前は。」

「っ…わかりましたよ!開けますよ!」


少し呆けていた俺は、このままでは高野さんが引き下がらないことを
よく知っているので渋々チェーンロックを外してドアを大きく開いた。


長身の体がするりと俺の家の玄関に入り込み
ドアの前で腕組みをする。


「で、なんで今更これをつき返してきた?」

「つ、つき返すも何も…そりゃ…ずっと返さなかった俺も
 悪いですけど、ちゃんと返したんだからいいじゃないですか!」


確かに謝りもせずに、10年返せずにいて
しかも勝手にポストにいれたのは
そりゃ、ちょっとだけ俺が悪い気もする。

でも、そこまで怒らなくてもいいと思う。


しかし、高野さんの表情はいつもより険しい。
今の顔はかなり怒っている部類にはいる。



「小野寺…お前、ほんとに俺が嫌になったのか?」

「へ?」


しかも問いかけられる内容はさきほどから
訳の分からないことばかりだった。


「ど、どうしてそれが俺の高野さんへの気持ちと
 関係あるんですか…あ、いや、別に好きって言ってる訳じゃ
 ないですけど…でも、嫌いだからポストに押し込んだとか
 そういうんでもなくて…」


処理しきれない状況に俺はプチパニックを起こして
1人で喋りたてる。

そんな俺を見て高野さんはどんどん目を丸くしていき
終いにはこの世の終わりみたいなため息をついた。




「お前、もしかしてまた都合よく忘れてんのか。」

「はい?」


「小野寺。まずはっきりさせておくが
 それは俺が高校のときお前にプレゼントした本だ。」

「え?いや、これは先輩がたまたま忘れて帰った本で…
 俺が返せないままずっと持ってて…」


「…やっぱり忘れて、つーか勘違いしやがって。」


そう呟くと、高野さんが手に持っていた本で
俺の頭をがつんっと殴った。



「いったあああ!!」

「とりあえずその本開けて読め。
 そうすりゃ嫌でも思い出すだろ。」


それだけ言い捨てて、高野さんはさっさと玄関から出て行った。


「なにすんだあの人は…俺が忘れてる?
 忘れてんのはどっちだ。どーせ負け惜しみに決まってる…」


口ではそう言いながらも、何か思い出しかけている。


「べ、別に高野さんに言われたから読むんじゃなくて、
 ちょっと内容的に気になるし。この作家さんの本
 読んでみたかったしね!」


高野さんがそこにいるわけでもないのに、
俺はべらべらと1人で言い訳しながら、片付け途中な事も忘れて

ソファーに体を沈めて本を開いた。





その話は、対極的な2人の子供の話。

生まれてからずっと1人で育ってきた孤独な少年と
裕福で愛に満ちた家庭に育った幸せな少女。

そんな2人はたまたま森の中で出会い、
いつしか少女は少年に恋をする。

はじめは自分の境遇ゆえに少女を遠ざけていた
少年も、少女のひたむきさに触れるほど恋心を募らせた。

そして、美しい月の光の下で
少年は少女に気持ちを打ち明けた。


『何も持っていない僕だけど、君が悲しい時には涙を拭い、
 君が嬉しいときには共に笑おう。』


手と手を取り合った少年と少女はいつまでも
微笑みあい、互いを慈しみながら歩んでいった。






「……」


読み終えた俺は顔が赤くなるのを止められない。
内容としてはごくありきたりな話。

それでも…どこかこの2人に
あの頃の自分と嵯峨先輩を重ねてしまう。


もし、これがほんとに嵯峨先輩から俺に贈られたものだとしたら。

先輩は…どんな気持ちで俺にこれを…。



そこまで考えて、ふいにもやのかかっていた記憶が
鮮明に頭の中に蘇ってきた。





『俺、今日は用事あるから先帰るわ。』

『あ、そうですか…』

『…そんな顔すんなよ。明日も会えるだろ?』

『え!?あ…そんなつもりじゃ…』

『わかりやすい奴。…そうだ、これ。
 お前にやるよ。じゃあな。』

『え…先輩!?』



そうだ、嵯峨先輩は確かに俺にこれをくれた。
でも俺はテンパって、訳がわからなくて…

勝手に記憶の中で先輩の忘れ物にしてしまっていたんだ。



手の中にある本をそっと撫でる。

素直に…嬉しかった。
でも…今の俺にこの本を受け取る資格はない。


きっと高野さんが言いたかったのは、
俺が今更プレゼントされたものをつき返したことへの不満なんだろう。


それでも…こんなものを持っていたら…
俺は自覚してしまう。まだ…こんなにもあなたのことが…



「って…違うし!違う違うちがーう!」


ついもって行かれそうになった思考を振り払って正常に戻す。
その反動で手の中の本が床に叩きつけられてしまう。


「やばっ…」


慌てて拾い上げると、本の間から1枚の紙が覗いていた。


「ん?なんだこれ?」


そっと引き抜いてみると、
それはノートを破りとったものだった。

そしてそこには見覚えのある書体で書かれた文字。



『俺には何もないけど、お前が悲しいならそばにいてやる。
 お前が嬉しいなら、もっと喜ばせてやりたい。

 俺を好きになってくれてありがとう、律。』




「っ…」


眩暈がする。激しい動悸も。
心臓なんか今にも爆発して木っ端微塵になくなりそうだ。


引き返せない。自覚しないなんて出来るはずがない。




俺は本を抱えて玄関を飛び出した。

今度はポストにねじ込むんじゃなくて
腕の中に大事に抱え込んで、隣室のチャイムを鳴らす。



「小野寺…?」


開かれたドアには少し驚いた顔の高野さん。


「本…読みました。」

「そうか。」

「挟まってた紙も…」

「で?」

「お、俺…これ貰った時…気が動転して
 読まないまま、ずっと…今まで…」

「だから?」

「だか、ら…」


涙がこぼれてきた。

あの時、俺がもしこの本をちゃんと受け取って読んでいたなら
嵯峨先輩に遊ばれたなんて思わずに、
ずっとこの人の隣にいられたんじゃないかな。

疑って傷つけることもなく。



「律。お前が今、読んでくれたならそれでいい。」


傷つけたはずの人は優しく微笑んでいて、
俺の目から零れ落ちる涙を拭ってくれる。


「この役目をこれからも俺にさせてくれるなら
 それでいいから。」


そういった後、俺はすっぽりと高野さんの腕の中に
抱き寄せられていた。

不思議と抵抗する気になれなくて、
されるがまま、その温かな胸に顔を埋める。



「本…」

「ん?」


「この本…もらったままでいいですか?」

「今更返されても困るしな。」


「…大事にします。」

「おう。ってことはお前は俺が好きって事だよな?」


「それとこれとは話が別です。」

「なんだそれ。」


高野さんがくすくすと笑う。
その柔らかな振動が体を包み込んで…

俺は…たまらなく…幸せだと思った。



まだ素直にはなれないけれど、
あの本の2人のように、いつか…




*END*
110719 脱稿


【後書き】

甘甘書きたかったのに…なぜかこんな仕上がり…;
でも話的には気に入った(* ̄∇ ̄*)

若干、嵯峨律ですが嵯峨先輩ってばロマンチスト(*/∇\*)キャ

そして完全に落ちてるのに認めない律っちゃんw
続編、裏で書きたいな←
絶対あの後、おいしくいただかれるはずだし(コラ



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