ろまんちっくニューイヤー ※宇佐見秋彦×高橋美咲生まれてから数十年。 大晦日や元旦なんてなんてことない ただの1日だった。 けれど、ここ数年は大切な恋人が 一緒にいてくれることで、 なんてことない1日も、 特別な1日も全て輝いて見えるから不思議だ。 「ウサギさーん、ちょっと来て!」 玄関から軽やかな呼び声がかかって その声に誘われるように歩いていく。 「なんだ。」 「これ、そこにかけてくれない? 届かなくて。」 玄関ではしめ縄を持った美咲が 困り果てた顔をして俺に助けを求めていた。 「わかった。貸して。」 その手からしめ縄を受け取って 指定された場所に飾り付けると 美咲は満足そうに頷いた。 「ありがと。」 「どういたしまして。」 「さて、次はおせち詰めないと。」 せわしなく動き回る美咲を見ているだけで 胸の奥が暖かくなる。 数年前にはなかったもの。 美咲の歩く足音。 美咲の喋る声。 それらが家の中に溢れているだけで 世界が輝いて見えるんだ。 美咲を追いかけてキッチンに行くと、 美咲は重箱にせっせと食材を詰めていた。 「今年も手が込んでるな。」 「あったりまえだろ。俺を誰と思ってんだ。」 美咲は料理を褒めるととても嬉しそうにする。 自らの過去のせいで自分を卑下しがちな美咲が 何より喜ぶのは誰かの役に立てた時。 本人は頑なに認めないけれど、 俺のためになることを自分が出来たとき、 ことさら嬉しそうに笑う。 「俺の恋人。」 「ばっ…な、何言ってんだよ!」 後ろからきゅっと抱きしめて耳元に囁きかける。 「じゃあ奥さん?」 「ちげえし!」 くすくす笑うとそれがくすぐったいのか 身を捩って逃げようとする。 けど逃がさない。こんな幸福な気持ち手放せない。 「なぁ、美咲。」 「…なんだよ。」 「いつもありがとう。」 俺のその言葉に美咲は抵抗を忘れて動かなくなる。 「今年も1年、俺のそばにいてくれて 俺を支えてくれて、ありがとう。」 「べ、別に…そんなのお礼いうことじゃねぇし。」 「俺にとっては大事なことだ。」 耳まで赤くなっている美咲の表情なんて 容易に想像できる。 「ふ、ふーん。まぁ、ウサギさんも俺に 感謝できるようになるなんて偉いじゃん。」 偉そうな言葉も全部全部照れ隠し。 「俺は美咲がいないと生きていけないから。」 「も、もういいって…」 耐えられなくなったのか急激に腕の中から 逃げようともがき始める。 「お前がいてくれるから頑張れる。 だから来年もその先も…俺のそばにいて?」 もうすぐ美咲は社会人になる。 狭かった学生の世界から、一段階世界が広まって きっとたくさんの人に出会っていくんだろう。 そのことを本気で阻止したいと思う自分と 美咲の自由を奪いたくないという自分が時々せめぎ合う。 俺にしか会うことの出来ない世界に 美咲を閉じ込めてしまえたら、 そんな毒に似た甘美な考え。 けれど、きっとそれでは美咲は美咲でなくなってしまう。 「そんな先の約束できねぇし。」 俺の好きになった美咲は、 生意気で、素直じゃなくて、 でもお人よしで優しくて困っている人がいたら 放っておけないそんな人間。 「けど、まぁ来年の分くらいは約束してやってもいい。」 ほら、そういうところが大好きなんだ。 「ならまた来年の大晦日にも同じ約束をしないと。 今からカレンダーに書いておくか。」 「アホか!」 *** 「もうすぐだね。」 「そうだな。」 新年に変わる5分前、美咲と鈴木さんとソファーに 腰掛けて新しい年に変わるのを待つ。 「あ、ウサギさん。」 「ん?」 「知ってる?日付が変わる瞬間にジャンプして、 新年になった瞬間、俺は地球にいなかったっていうのが 昔はやったんだよ。」 「へぇ、でも正確に言えば地球の大気の中にいるから 地球にいなかったっていうのは正しくないな。」 「ま、真面目に言うなよ。子供の考えることだし。」 真っ赤になって弁解するところをみると 美咲もそれを経験済みということだろう。 その話を聞いてふと思いついた。 「美咲、立って。」 「へ?」 「ほら、早く。日付が変わってしまう。」 俺は美咲の手を取り、ソファーから立ち上がらせる。 「え!?まさかウサギさんやるつもり!?」 「そう、そのまさかだ。」 美咲が考えてるのとはちょっと違うけど、 そう心の中で付け加えて、日付が変わる30秒前。 美咲を思い切り抱き上げる。 「しっかりつかまってろ。」 「うわっ!?」 そして日付が変わる瞬間、美咲を抱えたまま 思い切りジャンプする。 『ハッピーニューイヤー!! 新しい1年の始まりです!!!』 そんな声と共にフローリングの床に ぴたっと着地する。 「な、な、なにすんだよ!」 「日付が変わる瞬間、美咲が触れてたのは俺だけ。」 一瞬だけ、地球からも美咲を引き剥がして 俺とだけ触れている時間を作り出した。 「ば、バカじゃねぇの…」 ゆっくりと降ろしてやると 美咲はへにゃへにゃっと座り込んだ。 「いい考えだろ。」 「いい訳ねぇし、バカウサギ!」 ぶうぶうと文句を言ってる美咲だけど その顔から察するに、照れているだけだろう。 「ニヤニヤすんなよ、もう。」 「一瞬でも美咲を独り占めできて嬉しかったから。」 素直にそう告げると、爆発的に その顔が赤くなって羞恥なのか瞳が潤む。 「大体…いつも独り占めしてんだろ。 こんなに一緒にいるんだからさ。」 「それでも足りない。俺だけが美咲に触れていたい。」 けど、その後の美咲の言葉に 今度は俺が驚かされる番だった。 「つーか…俺に触っていいのウサギさんだけだし、 足りないとか文句言うな。」 「美咲…」 俺の驚いたような声に、美咲は自分の言葉の 恥ずかしさに気付いたのか 叫び声をあげて、凄い速度で自分の部屋に逃げていった。 「まったく…どこまで可愛いんだお前は。」 その後ろ姿をみながらそんな言葉が洩れる。 新年早々、俺を翻弄する嬉しい言葉を告げた恋人に しっかりとお礼をするために 俺は足早に美咲の部屋へと足を向けるのだった。 *END* 120101更新 [戻る] |