6st Word-と- | ナノ


 止まらない時の流れの中で
※草間野分×上條弘樹


ブブブ…
携帯がテーブルの上で震える。

ディスプレイには予想通りの人物の名前。


『すいません、急患の方が来て
 帰れそうにありません。ほんとにごめんなさい。』


そう送ってきたのは、恋人である草間野分。
小児科の研修医である野分に

盆暮れ正月など関係ない。


だから、ある程度予想はついていた。
きっと今年も一緒に新しい年を
迎えることなんて出来ないのだろうと。


けれど、もしかしたら、そう思って
用意していたささやかなご馳走が
テーブルの上で悲しげに見える。


「仕方ねぇって。」


自分に言い聞かせるように呟いて、
自分の分だけを皿にとりわけ、温めて食事をとった。


評判の店のオードブルも、
1人で食べればただの味気ない栄養摂取。


けれど、今頃野分は食事もとらずに
必死で患者と向き合っているんだと思うと

憎んだり、責めたりする気には到底なれない。



着実に夢に向かって頑張っている野分を
応援してやりたいと思う。

身体を壊すほど無理はして欲しくないけれど
それでも、前に病院で見た子供に囲まれている野分は
とても幸せそうで、ほんとに仕事が好きなんだと思った。


自分の仕事に対して誇りをもっているのは俺も同じ。

野分がまだ学生の頃は、俺が論文で手一杯だったりして
ろくに構ってやれない時期だってあった。



だから、不満はない。
ただ…少し、1人の空間を淋しく思うだけ。


聞こえてきた12時を告げる鐘の音。


「はっぴーにゅーいやー。」



***


「ヒロさん、ただいまです!」


翌日の昼ぐらいに野分が帰ってきた。


「おかえり。」

「あの、ほんとごめんなさい!
 今年こそはっておもってたんですが…」

「気にすんなっていつも言ってるだろ。
 俺との事優先して、助かるはずの命が助からなきゃ
 お前は一生後悔することになるぞ。」


俺の言葉に野分は
なんともいえない複雑な表情を浮かべた。


「それは…そうなんですが…」

「昨日の残りで悪いけど、冷蔵庫に飯入れてあるから。
 どうせ何も食ってねぇんだろ?
 あっためといてやるから風呂はいってこいよ。」

「…はい。」


歯切れ悪い返事をした野分は
おずおずと風呂場へと向かっていった。



「あの調子じゃ今日出掛けるのも無理そうだな。」


野分の目の下にはくっきりとした隈が出来ていて
不眠不休で働いていたことが見て取れた。

今日はゆっくり寝かせてやったほうがいいだろう。


残り物を温めながらぼんやりとそんな事を考える。

野分が寝ている間に、
買いためてあった本を読むか少し先が締め切りの
論文を進めておくべきか…


必死に自分の気持ちを誤魔化す方法を考えた。



「いいにおいです。」


不意に後ろから声がして、ぎゅっと抱きしめられた。


「有名どころのオードブルだからな。
 まぁ、味は案外普通だったけど。」

「違います…ヒロさんの匂い。」


そう言って野分は俺の首筋に顔を埋めてくる。
息がかかってくすぐったくて、
それ以上に切ない気持ちになる。


「バカなこと言ってないでさっさと座れ。
 んで飯食って寝ろ。」

「え…でも…」

「隈ひでぇし。今日1日寝てれば少しはマシになるだろ。
 小児科医がそれじゃ、いくらお前でも
 ガキに怖がられるって。」


抱きしめられた腕をそっと解いて、
テーブルの上に食事を並べていく。


「平気です!今日は一緒に…」

「俺もいろいろすることあるからさ、
 気にしないで寝ろって。」


食い下がろうとする野分の言葉を押しとどめて
支度を終えると、自分の部屋に逃げ込んだ。


『ヒロさん…やっぱり怒ってますか?』


扉越しに野分のしょぼくれた声が聞こえてくる。
怒ってるわけじゃない、怒ってなんかいないんだ…

どうしてこういうとき、うまく
野分を納得させてやれないんだろう。

大人ぶるくせに、いつまでも野分相手には
不器用なままの自分が歯がゆい。


『怒ってないなら…顔見せてください。
 俺は…疲れなんてヒロさんのそばにいるだけで
 吹っ飛ぶんです。それ以外でなんて癒されない。』


そして、そんな言葉にほだされてしまう
自分が情けない。

冷静に、状況を判断すれば無理やりにでも
野分を寝かせることが最優先のはずなのに…


ドアにかけた手はノブを回して、
俺の瞳は苦しそうな野分の顔を見つめていた。



「ヒロさん…」


野分は一言呟いて俺をきつく抱きしめる。


「いつも寂しい思いさせてごめんなさい。」


その言葉を否定すればいいのに
言葉が出てこなくて、
その代わりにまわした手に力を込めてしまう。


「俺からのお願いです。
 今日は俺と一緒に過ごしてください。」

「…仕方ねぇから聞いてやる。」


なにが仕方ないんだ、そうしたかったくせに。
自分の中でもう1人の自分が呟く。

けれどそれを認めてしまうわけにはいかない。
そこを認めてしまえば、俺はもっと野分に甘えてしまう。



「近所の神社に初詣に行きたいです。」

「ん。」

「ごはんも一緒に食べたいです。」

「ん。」

「けど…一番は、ヒロさんが欲しいです。」


言うが早いか、野分は部屋に入ってきて
俺をベッドに押し倒した。


その体温と身体の重みを感じて
俺より遥かに大きな身体を抱きしめる。


「ねぇ、ヒロさん。」

「なに?」


「俺の職業上、昨日みたいなことがこれからも
 たくさんあると思います。」

「そうだな。」

「けど、俺がヒロさんと過ごしたい気持ちだけは
 わかってほしいんです。わがままかもしれませんけど。」


そんなこと言われなくてもわかってる。
だってお前は俺にべた惚れだろう?


「わかってる。」

「ヒロさん…」

「だからお前も迷うな。
 俺は…お前の夢、応援してるから。」


「…はい。ありがとうございます。」


心底嬉しそうな声に安堵する。

きっと時は止まることなくこの先も流れて、

俺と野分がこんな風に共にいる時間を
あまり与えてはくれないかもしれない。


けれど、それでも共に生きていくなら
お前がいいと思うから。



「野分、今年もよろしくな。」

「ヒロさん…はい!
 よろしくお願いします!!」



*END*

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