01. 「友達」でも油断しないで 「あれ、もしかして千秋?」 後ろからそんな声がかけられる。 もっとも、それは俺にではなく 俺の隣を歩いていた吉野千秋にかけられたものだ。 「うわ!まじで久しぶりじゃん! 何してんのこんなとこで!」 呼びかけられた千秋が 後ろを振り向いて顔をほころばせる。 「ちょっと買い物。お前は?」 「俺も。」 相手を確認しようと振り返ると そこにいたのは中学時代の同級生だった。 「お、羽鳥じゃん!」 「久しぶりだな。」 実を言うと、この同級生にあまりいい思い出はない。 中学時代。 やたらと吉野にベタベタとくっついて うっとおしかったのを覚えている。 「なんだ、お前ら相変わらず 仲いいよなぁ。さすが幼馴染?」 なんだかその幼馴染という言葉に 皮肉が含まれている気がするのは俺の気のせいか? 「そ、そうなんだ! 幼馴染だからさ!腐れ縁っていうか?」 対する吉野は顔を赤面させて やたら幼馴染を強調しながらしゃべる。 それを愉快そうな顔で見つめる目の前の男は ふといたずらを閃いたような顔をした。 「せっかく会ったんだしさ。 飯でもくいにいかね?」 「おー、いいな!行こう行こう!」 誘われて乗り気になる吉野。 しかし、せっかく仕事抜きで 2人になれる貴重な休日に邪魔者はいてほしくない。 「吉野、お前展覧会はどうするつもりだ?」 「あ、そっか…」 本来ならこのあと、吉野の見たがっていた 展覧会に足を運んで、 家に戻ってから遅めの夕食をとるつもりだった。 「展覧会?なんの?」 「あぁ、俺の好きな画家の展覧会が 今日最終日なんだ。それで今から トリと見に行く予定だったんだけど。」 でもせっかく会えたんだしなぁ、と 吉野は考え込んでしまう。 「じゃあ俺も一緒にいってい?」 「まじで?絵とか興味あったっけ?」 「千秋が好きなものなら興味あるぜー?」 「なんだそれ。」 …やはり、と確信する。 こいつはいまだに吉野に好意を持っている。 「チケットは2枚しかないぞ。」 俺はすこし苛立ち気味に告げる。 人気の展覧会なので、当日券は売り切れるだろうと 事前にチケットを買っておいたのだが、 当たり前だけど俺と吉野の分しかない。 「当日券あるかもしんねーじゃん。 なー、千秋。」 「そうだなー。とりあえず行ってみるか?」 「おう!さっすが千秋!」 チケットがないという理由で追い払うつもりが さらに吉野に体を寄せるように近づいてにたっと笑う。 その顔に俺のイライラはますます募って 展覧会につくまで俺は終始無言だった。 *** 運悪く、当日券は売れ残っており、 結局3人で展覧会を回ることになった。 「うぁ…やっぱり本物は違うよな。」 吉野が絵の前で足をとめると 当然のように横を陣取って、 わかりもしないくせにふんふんと相槌をうっている。 それが証拠にあいつの目は 展示されている絵になんかほとんどいってない。 絵を見てキラキラとした笑顔で語る 吉野の顔ばかり見ている。 おもしろくない。 「あ、俺トイレいってくるな。」 展示品を半分ほど見終えた所で吉野がトイレにいった。 「なぁ、羽鳥。」 「…なんだ。」 「千秋って今恋人いるの?」 「なんでそんなことを聞く。」 「いや、いないなら狙おうかなって。」 「…少し前から付き合ってるやつがいる。」 「ふーん…ま、略奪も燃えるんだけどさ。」 「お前…何考えてる。」 「羽鳥。」 どこか遠くをみていたその目が自分に向けられる。 「今の間に帰ってくれねぇ?」 「なぜ俺が帰る必要がある。」 「んなこと聞かなくてもわかれよ。」 「理解不能だから聞いている。」 「これから千秋、実力行使で落とすから。」 「!?」 「既成事実つくっちゃえば 相手とも別れるしかないだろ。 ましてや男同士でそういうことしたって 知ったら彼女も幻滅じゃね?」 くつくつと暗い笑い声をあげて、俺を試すような目でみる。 「だからさ、さっさと帰れよ。 邪魔なんだよ、お前。昔からずっと。」 「お待たせー。」 そんな空気を中和するように 吉野ののんきな声が響いてくる。 「おかえりー。 千秋、羽鳥体調悪いから帰りたいってさ。」 「おまえっ…」 いきなり強引に俺が帰る方向へ もっていこうとしている目の前の男に いいしれない怒りが湧き上がる。 「え!?まじで?大丈夫かトリ!!」 しかし、吉野はそれを聞くなり俺の顔をじっと見つめてきた。 そして予想もしなかった行動をとる。 「じゃあ帰ろうトリ。 お前最近ほとんど寝てないだろ?多分そのせいだって。」 口早にまくしたてて、 俺の腕をぐいぐい引いて出口へと向かっていく。 「おい、千秋。 羽鳥だけ帰らせればいいだろ?」 それを見て、慌てたように声をかけてくるが 千秋は顔だけそちらに振り返ると 「だめだ!!トリはほっとくと死にそうでも 無理するし、俺が見てないとだめなんだ!」 「吉野…」 吉野から出た思わぬ言葉に俺は目を丸くする。 「だからって なんでお前がそこまですんだよ!」 なおも食い下がるあいつに吉野は勢いに任せて叫んだ。 「幼馴染だからだ!!!」 そして俺にだけ聞こえる程度の小さな声で 「それに…恋人…だから。」 そう呟いた。 その響きの優しさに、俺は体調の悪さを 否定しないまま、吉野に家まで引っ張られて帰った。 「ほら、はやく横になれよ。 おまえんち薬どこにあったっけ? あれ…そもそもなんの薬が…」 「吉野、俺は体調なんぞ悪くない。」 「へ…??」 あたふたと俺の家の中をかき回す吉野に 俺は漸く自分の健康を告げる。 「あれはあいつの嘘だ。」 「なん…で??」 信じられないとでも言うように 俺の顔をじろじろ眺める。 「気づかなかったのか? まぁ、お前は鈍いから仕方がないが。」 「に、にぶいってなんだよ!!」 「あいつはお前を狙ってたんだ。」 「は?狙う?なにが?え??」 理解が追いつかないのか 吉野は完全にパニック状態であたふたとその辺を歩き回る。 しかたがないので吉野にもわかるように あいつが実力行使にでようとしていたことや そのために俺を帰らせようと嘘をついたことを話した。 「ま、まじかよ…」 全部を聞き終えて、理解した吉野はがっくりと肩を落とした。 「せっかく昔の友達に会えて よかったなぁって思ってたのにさー。」 その声は寂しげでいたたまれない。 同時に吉野の気持ちにかまわず、 自分の欲望のために動いたあいつに怒りが込みあがる。 「吉野…友達でも油断するな。 あいつだけじゃない。他にもお前を そういう目でみているやつがいるかもしれない。」 あいつ以上に厄介な存在だっているんだ。 猫目の男を思い出してため息をつく。 「誰かれホモにすんなよ!つーか…大丈夫だし…」 「何が大丈夫なんだ!今日だって もし俺が一緒にいなければ何されてたかわからないんだぞ?」 「っ…だからトリがいてくれるんだろ!?」 思い切り叫ばれた言葉にきょとんとする。 「俺は…普段あんまし外に出ないし、 出る時はほとんどお前と一緒だし…」 しおしおと勢いをなくした吉野の言葉は 反比例して俺の心臓ごとぐらぐらと大きく揺さぶる。 「だから…もし、その…今日みたいなことが あっても…大丈夫なんだよ!!」 「千秋…」 「こんなときだけ名前呼ぶな!バカ!バーカ!」 反発する顔はこれ以上ないほど朱がさしていて、 言葉より明確に吉野の気持ちを伝えてくれる。 「わかった。ずっとお前のそばにいてお前を守ってやる。」 「ま、守るとかそんなんじゃなくて… その…あれだ。その仏頂面みたらみんな逃げてくっつーかさ。」 「仏頂面にさせているのは9割お前なんだがな。」 「9割!?せめて7割くらいだ!!」 「わかったから落ち着け…」 訳がわからなくなって無意味にジタバタする 吉野を思い切り抱き寄せる。 「なっ…」 「好きだ…千秋。」 そう耳元に囁いてやると今までの暴れっぷりが 嘘のように静かになる。 「恋人って言ってくれて、嬉しかった。」 「あ、あれは…」 展覧会で消えそうに告げられた言葉。 俺以外の誰にも聞こえないような音だったけど お前の本当の気持ちや想いは俺だけが知っていればいい。 「千秋…もういっかい言っ…」 グーーーキュルルルル。 甘くその赤い耳に囁きかけた瞬間。 「あ、あはは…」 「お前の腹はムードという言葉を知らないのか。」 「し、知るかよ!あー、つかまじで腹減った。 今日の晩飯なにかなー?」 白々しく目をそらして関係ないことを言い始める。 まったく…いつまでたっても慣れない奴だ。 そう思いながらも、その初々しさが可愛くて 愛しくてたまらないのだから俺も末期だ。 「今日は…」 メニューを告げる前に少し寄り道。 吉野の薄く開いた唇をゆっくり味わってから 俺の唇は今日の夕飯のメニューを紡いだ。 *END* 110705 脱稿 【後書き】 トリチアお題SIDE羽鳥第1弾でーす。 いやぁ、お題見た瞬間 これは羽鳥かあさんで書くしか!!と、ね。 友達をあえてただの昔の同級生に してみました。優にしようと思ってたけど あまり優をいじめるのも可哀想で… 声優さんのせいで優が嫌いきれないっ…!! 千秋を好きな人はみんなどす黒い感情の持ち主だと思うよっ☆← [戻る] |