好きをあげるのは 「美咲、そっちはどう?」 「うん、いい具合に焼けてるよ。」 俺は問いかけられた言葉に オーブンを覗き込みながら応える。 いつもなら、広い家に 俺とウサギさんしかいないんだけど 今日は馨子さんが遊びに来ていて、家の中は賑やかだ。 ウサギさんは馨子さんの突然の訪問に 思い切り顔をしかめていたけど、 締め切りが近いってことで コーヒーカップを手に仕事部屋へと戻っていった。 「ここは…そうね。飴細工の蝶を 飾るのはどうかしら?」 「あ、それいいかも。 だったらこっちには花を置くといいね。」 ウサギさんには悪いけど こうやって馨子さんとケーキを作るのは 楽しいのでちょっと嬉しい。 来るたびにパティシエとしての 新しい技術を身につけていて、 それを俺にも教えてくれるし。 「ねぇ、美咲。」 「ん?なに?」 「秋彦兄様といて幸せ?」 「!?!?」 なんてことない日常会話に混ざりこんだ いきなりの問いかけに俺は思わず目を見開く。 「どうなの?」 「え…あの…いや…」 どうなの、と聞かれても困る。 「幸せじゃないの?」 「そ、そんなことは…」 ない、と思う。 「じゃあ幸せなのね?」 「…多分?」 「なによその疑問符は。 じゃあ質問を変えるわ。 美咲は本気で秋彦兄様が好きなのよね?」 「へ!?」 今度こそ俺は絶句する。 なぜ馨子さんは今になってこんなことを言うんだろう? 「答えなさい、美咲。」 しかもなぜかすごく上から目線。 でもその表情は…いたく真剣だった。 「馨子さん…?」 「私は本気で美咲が好きなの。」 凛とした顔。でもそれはどこか寂しそうな顔。 ごまかしでは通用しない、本気の瞳。 あの時…春彦さんのときと同じだった。 「俺は…ウサギさんが…」 覚悟を決めて言葉を搾り出す。 「馨子。美咲を困らせるな。」 しかしその覚悟は後ろからの声に あっけなく遮られる。 「ウサ、ギさん…」 「困らせたいわけじゃないわ。 私はただ美咲の口からきちんと聞きたいだけ。」 馨子さんは泣きそうな表情で ウサギさんを見る。 そんな顔を見ているだけで辛かった。 「前にも言ったが、 こいつのすべては俺のものだ。」 しかしそんな馨子さんから目をそらさずに ウサギさんは言葉を続ける。 いつもなら『なにをバカな』と 口を挟むところだけれど、 今の空気が俺の唇を開かせない。 「ただこいつはなかなか言葉にはしない。 俺に対して好きだといったのは 数えられるほどしかない。」 「それは美咲が…っ」 「俺を本気で好きじゃないから、 とでも言いたいのか?」 言い放たれて馨子さんはぐっと言葉に詰まる。 きっと馨子さんはわかってくれてる。 俺がウサギさんをどう思ってるのか… 痛いほどわかっていて、 でも、それでも俺に尋ねてきた。 「馨子さん…俺は…」 「美咲、無理していわなくていい。」 ウサギさんが険しい顔をして 俺の発言を押しとどめようとする。 でも俺はかぶりを振って続ける。 「俺はね…今まで女の子と付き合ったことも ないし、自分から告白なんてしたこともないから 好き、とかそういうのあんまりいったことなくて。」 馨子さんは静かに聴いてくれる。 ウサギさんも少し驚いた顔をして俺の声を聞いてる。 「でも、言葉にしないから好きじゃないとか そういうのじゃなくて… 好きだから、大切だから言えないんだ。」 自分でも何を言ってるかわからない。 上手く説明できている自信がない。 だけど… 「馨子さんが俺を好きだって 言ってくれるのはすごくすごく嬉しい。 だけどね… 俺がこの先、めったに口に出さない、好きって 言葉を伝えられるとしたら…ウサギさんだけなんだよ。」 これだけは…きっと譲れない。 俺はバカだし、素直じゃないから… 認めたくないし、何度だって反発するけど 俺の「好き」という気持ちをあげられるのは ムカつくくらいにウサギさんだけなんだ。 「…ふん、とんだ惚気話になったわね。 ケーキも出来たし、私は帰るわ。」 言い終えて、じわじわと込みあがる 恥ずかしさを堪えていると、 馨子さんは割烹着を外して帰り支度を始めてしまう。 「あ、馨子さん…その… 傷つけたなら…ごめんなさい…」 そんなこと、なんの意味もないんだろうけど 俺は頭をさげて謝る。 「何を謝っているの?」 「え…だって…」 「秋彦兄様への気持ちが本物なら あなたが今謝るのは矛盾してるわよ。」 顔をあげて見つめた先には、 いつもと変わらない凛とした馨子さんの顔。 「秋彦兄様!」 「…なんだ。」 表情はそのままに馨子さんは ウサギさんへと向き直る。 「美咲を不幸にしたら許さないから。」 「お前に言われるまでもない。」 「美咲を泣かせたら…絶対に許さないから。」 「わかってる。」 「ならいいわ。それじゃ。」 そういって馨子さんはスタスタと 玄関のほうへ歩いていった。 「あ、馨子さん!送って…」 「美咲、やめておけ。」 慌てて見送りにいこうとした俺の腕を ウサギさんが強い力で阻む。 「だって女の子1人じゃ危ない…」 「今、あいつはお前のそばにいたくないはずだ。」 「あ…」 その言葉はもっともだった。 俺は…今、はっきりと馨子さんを振ったんだから。 「それに…」 「それに?」 「今は俺がお前を離したくない。」 「ウサギさん?わっ…!」 掴んでいた腕をぐいっと引っ張られ、 勢いよくウサギさんの腕の中に引き込まれた。 「急になにすんだ!バカウサギ!」 「美咲、嬉しい。」 いきなりの行動に文句をつけてやろうと ウサギさんの顔を睨みつけるけど、 その顔は見事なまでに破顔していた。 なんつー顔してんだよ…バカウサギ… 「美咲、美咲、美咲…」 「何回も呼ぶな!うぜえ!」 「美咲…好きだ…」 「うるせえっつってんの!」 きっと今のウサギさんの顔と声は ろーにゃくなんにょ誰が見たって…堕とされる。 この世の全部の幸せを手にしたみたいな。 欲しいものをすべて手に入れたみたいな 満ち足りた穏やかな顔。 「なぁ、美咲。」 「…んだよ。」 「さっきのもう1回言って?」 「はぁ?なんの話でございましょーか? 俺にはすっかり記憶がございませんねぇ。」 照れ隠しにそっぽを向いても その嬉しそうな顔と声から逃げられない。 「嘘、その顔は覚えてる。」 「っ…前も言ったろ!男たるもの 大事なことは1度言えばいいんだよ!!」 「あれは馨子に向けて言ったものだろ? 俺はまだ言われてない。」 「屁理屈いうな!!」 逃れられない…ウサギさんという存在から。 ううん…多分俺は…逃れる気がない。 だってそっと近づいてくる唇を、 目を閉じておとなしく待ってしまっているのだから。 *** 「でもさ、なんで俺が馨子さんに 言おうとするの邪魔してたわけ? いつもなら無理にでも言わそうとするのに。」 けだるい体をベッドに沈めたまま、 俺はふとウサギさんに尋ねてみる。 そう、いつもなら俺に好きだと言わそうと 躍起になってくるくせに。 「あぁ、あれはだな。 俺のいないところで美咲が俺を 好きだ、愛してる、抱いて欲しいなどと 言うのが認められなかったからだ。」 「あの、てんてー。 俺そこまで言うつもりまったく これっぽっちもみじんもなかったんすけど。」 また結局いつもの独占欲かよ。 呆れかえって俺は眠る体勢に入る。 「お前の口から出る『好き』って言葉を 他の誰にも聞かせたくないんだよ。 たとえそれが俺を好きだという台詞でもな。」 そんな俺の頭を撫でながらウサギさんは続ける。 「そんなの…いわねぇし。」 「ならいい。その言葉は2人きりのときに。 なんなら今は全然かまわないぞ?」 「だからいわねぇっつーの。もう寝るし!」 赤くなっているであろう自分の顔を隠すように 俺はうわがけを顔まで引き上げる。 「おやすみ、美咲。好きだよ。」 「っ…、おやすみ!!」 最後の爆撃を受けて完全に沈められた俺は 乱暴に返事をして無理やりに目を閉じた。 そして少しだけ思った。 もしウサギさんが夢に出てきたら ちょっとだけ、好きっていってやろうって。 *END* 110706 脱稿 【後書き】 個人的に馨子さん可愛くて好き(*´Д`) 今回は美咲に振られちゃうお話でしたが 幸せになって欲しい1人です♪ そして、私は美咲がごく自然に ウサギさんへの想いを語るのが大好きです。 観覧車の中で好きって言った時とか 心臓止まりそうだったもん← 今回も馨子さんに話しながら 内容はちゃっかりウサギさんへの愛ww [戻る] |