Re-Torichia-1_5 | ナノ


 Unequalled Lover[5]
※オリキャラが登場します。


トリが俺の前から消えて2か月が経った。


送られてきた俺の私物の箱は
角のほうで開封されないまま埃をかぶり始めている。



「吉川先生、大丈夫ですか?」

「え…あ、はい。平気です。」



目の前の人の声に現実に引き戻された。
トリの後に俺の担当になった美濃奏さん。

今は打ち合わせの真っ最中だったのに、
つい、思考が他へ流れてしまった。



「とりあえず今日はここで終わりにしましょうか。」

「あ、はい。わかりました。」


美濃さんは柔らかく微笑んで、
コーヒー淹れますねとキッチンに立った。

その姿が一瞬、トリと被って涙がこみ上げてきそうになる。



2か月前、トリに別れを告げられた次の日、
俺は優に宣言した。

ちゃんと決着をつけるって。


どうして別れるなんてことになったのか
きちんとトリと話をしようと思っていた。

泣くだけじゃなく、喚くだけじゃなく、
ちゃんと…ちゃんと話をしようって。



けど、その次の日。
トリは完全に俺の前から姿を消した。


丸川を退職し、住んでいた家ももぬけの殻。
携帯もつながらない。

実家に連絡をしてもおばさんは引っ越したことすら知らなかった。

変に心配をかけてはいけないから、
どうにか誤魔化して会話を終わらせたけど、

俺を包んだのはどうしようもない絶望だった。



あれだけ偉そうに優に言ったのに…

俺の知っている場所にトリがいないというだけ、
たったそれだけのことで、

すべてがぐちゃぐちゃになってしまう。


本当に愛想を尽かされただけなのかも。
俺を嫌いになったのかも。

そんな考えが身体中を駆け巡って、気持ち悪くなる。



「どうぞ。」


差し出されたコーヒーを受け取るけど、
手が震えて、零してしまいそうになる。



「吉川先生は羽鳥と幼馴染でしたね。」


そんな俺に、美濃さんは静かに話し始める。


「は、い…」


答える声に、震えが、涙が混じる。
ただの幼馴染なんかじゃない…トリは俺にとって…

何よりも大事な…大事な…


「でも、それだけじゃないんじゃないですか?」

「っ…」


見透かすような美濃さんの言葉に声を詰まらせる。
この人は…知っているのか。


「すいません、本来作家さんのプライベートに
 口を突っ込むことはしないんですが…
 今回ばかりは、どうしても、ね。」

「美濃さんは…羽鳥に聞いたんですか?」

「いえ、ただ僕はそういうことには聡い性格でして。
 大体、好きあってる人間なんて見てればわかります。」


そう話す美濃さんの感情は読めなかった。
けれど、この人の言葉には何か不思議なものがある。


「羽鳥のね、態度がわかりやす過ぎるんですよ。
 吉川先生のところへ行くとき、一瞬顔が綻んだり、
 メールやFAXが届いたとき少し微笑んだり。」

「トリ…が…?」


意外だった。
あの真面目を貼りつけたような男が、
職場でそんな顔を見せていたなんて…信じられない。



「そして、なにより羽鳥は目でわかります。
 大切なものがあって、それを守ろうとする瞳。
 1年半くらい前からそれが強くなった。」


1年半…それはちょうど俺とトリが付き合い始めた頃。


「そして、さらに強くなったのが…3か月前。
 編集部のみんなにやめることを話した羽鳥の目は
 今まで以上に強かった。
 誰も何も言い返せないほど強い瞳でしたよ。」

「そんな…」

「吉川先生、単刀直入に聞きます。
 今のあなたと羽鳥の関係はどうなっているんですか?」


はっきりとした問いかけに…涙が溢れた。


「別れ、ました…」


ボロボロと溢れてくる涙をもう止められなかった。
別れたと自分で口にすると、
押し殺していた感情が決壊してしまう。



「辛いことを言わせてしまってすいません。
 けれど、ここからは推論ですが聞いてもらえますか。」

「は、い…」


零れる涙を袖で拭って、目の前の人を見つめる。
トリを知るヒント、どんな些細な事でも聞き逃しちゃいけない。


「おそらく羽鳥は…吉川先生の為に
 丸川をやめ、姿をくらませたんだと思います。」

「俺の…為…」


「何か、羽鳥があなたのそばにいることで
 不都合が起きた。その不都合で何かしらあなたにとって
 よくないことが起きると、羽鳥は判断したんじゃないでしょうか。」


そう言われて、その言葉が胸にすっと落ちてくる。

考えろ、トリはどういう人間か。
俺を守るためにいつも必死になってくれたトリ。

例え、自分を犠牲にしても。
28年間、俺への想いをひた隠しにして
そばにいてくれたその誠実さを。

その…まっすぐな愛情を。



「羽鳥は僕たちにとっても大切な仲間です。
 出来るなら戻ってきてほしい。
 正直、吉川先生の担当は羽鳥じゃないと
 とてもじゃないけどつとまりません。」


美濃さんの笑い顔に、俺は一瞬きょとんとして
すぐに自分の作家としての出来の悪さに恥ずかしくなった。


「す、すいません…」

「それに、今の吉川先生のお話はとても悲しい。
 それはあなたが深く悲しんでいるからでしょう?」


そう、情けないことに何度プロットを切っても
悲しい展開にたどり着いてしまう。


「だから、こちらでも羽鳥の行方を捜しています。
 だから吉川先生も諦めないで、羽鳥を信じてあげてください。」

「美濃さん…」

「今の言葉は小野寺君の受け売りです。
 あ、小野寺君は2人の関係には気づいてませんから
 ご安心ください。」


「…はい。」


あの真面目で好印象の青年の顔が浮かぶ。
きっと本気で心配してくれているんだろう。

トリの事も…自分の事も。


「ありがとうございます…俺…頑張ります!」

「はい、ついでに原稿も頑張っていただけるとありがたいです。」

「あ、あはは…はい。」


久しぶりに笑った気がした。


「帰ってきた羽鳥に叱られないように、ね。
 それでは今日は失礼します。」

「はい、ありがとうございました。」


美濃さんが手を振って帰って行った後。

俺は角の埃をかぶった段ボールに手を伸ばした。
自分が出来ることから始めよう。


トリを探すために。
どんなことだってしよう。


今まで与えられるだけだったから、
今度は、俺が…トリの為に出来ること、頑張るから。



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