ToriChia-2 | ナノ


 お前じゃないと


今の気分を例えるなら…そう。



死刑宣告をされた時の気分だ。

お前にはもう未来がない、
ここで命尽き果ててしまえと。



それに等しい宣告をしてきた目の前の男を前にして
俺は完全に放心状態だった。






『もしかしたら
 お前の担当じゃなくなるかもしれない。』



目の前の男。

生まれたときからの幼馴染で、
吉川千春という漫画家の担当で、吉野千秋の恋人である

羽鳥芳雪29歳。愛称トリ。



その男が、締め切り明けに
俺に告げてきた言葉はまさに死刑宣告だった。



「は…?ごめん、よく聞こえなかった…」


本当はしっかりと聞こえたけれど
聞き間違いであって欲しいと
一縷の望みにかけて再度、トリに問いかける。

俺の声は震えていたかもしれない。



「…お前の担当じゃなくなるかも
 しれないと言ったんだ。」


決して冗談を言うような奴ではない。

カレンダーを確認するけれど
今日はエイプリルフールでもない。


それが嘘ではない証拠にトリの顔は今までに
見たことのないような渋面だった。



「なに、それ…なんで急に?」


まず頭をよぎったのは
ついにトリに愛想をつかされたということ。

今回も締め切りをぶっちぎりで破って
多大なるご迷惑をおかけしてしまった。


「お、俺が締め切りいつも破るから?
 次は締め切り破らない!絶対にやぶらないから!!」



一気に頭まで血が上った俺は
思わずトリに向かって叫ぶ。

信憑性なんて欠片もないけれど
それでも…トリが離れないでいてくれるなら


血反吐はいたって締め切りに間に合わせる。

それくらい…


トリと離れるのは嫌だった。


あの時、花火を見に行ったあの夜とは
比べ物になんかならない。

大切で…どんな時でも自分のそばにいてほしい。


仕事でもプライベートでも
俺以外の人なんて見ないで欲しい。




目の前が潤んで見えなくなっていく。




「いや、お前のせいじゃないんだ。」


そんな俺をみて、トリはそっと俺を抱き寄せた。


「トリ…ほんとに…
 俺のせいじゃないのか?」

「お前の締め切り破りで担当やめたくなるなら
 とっくの昔にやめてる。」

「う…それはそうだけど…」


痛いところをつかれた気分だけど
とりあえず自分のせいで
トリが離れていくのではないと分かって少しだけ安心する。



「実はな…一之瀬先生が原稿を落とした。」

「え!?あの一之瀬先生が!?」


一之瀬絵梨佳。

雑誌エメラルドの看板作家で
今まで一度たりとも原稿を落としたことなどない。

締め切りだって破ったことがないあの一之瀬絵梨佳が…?



「なんで?あの人いつも進行完璧だろ。」

「今も高野さんが説得に当たってるが…
 原因は…俺なんだそうだ。」

「はぁ!?なんでトリが原因で
 一之瀬先生が原稿落とすんだよ。」


訳が分からない。
トリは一之瀬先生の担当でもないし、
直接進行に関わるようなことは…


そこまで考えて違和感を感じた。


担当が変わるかもしれないというトリの言葉。
トリのせいで原稿を落としたという一之瀬先生。



俺の考えが纏まりきらないうちにトリが話を続ける。



「俺に恋人がいると…
 どこからか噂が流れたらしくてな。

 それを聞いた一之瀬先生が
 仕事が手につかなくなったと。」

「な…どっからそんな噂…」


「わからん。お前とのことは
 柳瀬くらいしか知らないはずだが…」

「優はそんなことしねえ!」


優と仲がよくないのはわかるけど
優は絶対そんなことしない。

俺が食って掛かるとトリはなだめるように俺の頭を撫でる。



「わかってる。性格は最悪だが
 そんなことをするとは思っていない。

 大方、どこかで作家か誰かと
 会っているのを見た奴が流したんだろう。

 前にお前が勘違いしたようにな。」

「…!」



少し前に、トリが昔の彼女と歩いてて
それを目撃した俺は見事に勘違いした。

そんな恥ずかしい過去さっさと忘れろよ!と怒鳴りたくなるが
今はそんなことで言い争っている場合じゃない。


「それで…一之瀬先生が
 俺が担当にならない限り、
 仕事が続けられないと言ってきたんだ。」



俺の嫌な想像がはっきりと言葉にされる。


俺と一之瀬先生、両方の担当になんて
なったら羽鳥は間違いなく倒れてしまうだろう。

ただそれ以前に…好意を持つ一之瀬先生の担当に
トリがなる事がなにより嫌だった。





「もちろん一之瀬先生には
 俺が直接そんな相手はいないと
 言っておいたが、聞く耳持たずでな…」


そんな相手はいない、
その言葉に状況を無視して傷つく。


そりゃ俺とトリの関係を
公にするわけにはいかないし

一之瀬先生にだって
そういうしかなかったってわかる。



「で、でも…いくら看板作家だって
 わがまますぎじゃねえの?公私混同にもほどが…」



そこまで言って、自分がそれをいえる
立場じゃないことを思い出す。

自分こそ公私混同にもほどがある。


自分で言った言葉に傷ついて
うつむいていると、そっと顎を掴んで上を向かされた。



「お前のことはいい…
 俺は担当である前にお前の恋人だから。」


甘い言葉に体全体が震える。


しかし、次の言葉は別の意味で俺を震えさせた。


「しかし…一之瀬先生が
 雑誌を降りるようなことだけは
 避けなければならない。

 最悪の場合…」



そこから先はトリが口にしなくても痛いほどわかった。



一之瀬先生に続けてもらうために
トリが俺の担当を辞めて、一之瀬先生の担当になる。



「俺…は…」



嫌だ。嫌だ嫌だ。



「大丈夫…」

「吉野…?」



大丈夫なんかじゃない。



「トリが担当じゃなくても
 どうにかなるし、やめるなんていわないし。」


トリじゃなきゃ嫌だ。
お前が担当じゃないなら俺だって…


「無理するな。そんな顔の
 どこに説得力があるんだ。

 …泣きそうな顔してる。」

「っ…」


精一杯の見栄も、あっさりと
見破られて悲しくて悔しくて…



「じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ!!

 どうしたら…お前…
 俺のそばにいてくれんだよ…」


感情のままに叫んだ。


いつもなら恥ずかしくて
こんなこといえるはずないのに。



「…千秋。」

「トリのこと困らせたくないけど
 俺は…俺は…」

「千秋、前にも話したが
 俺はお前を支えるために編集者になったんだ。」



見つめてくる瞳はまっすぐで目がそらせない。



「だから、仮に一之瀬先生の
 担当になったとしても、絶対お前の担当に戻るから…」


体を強く引き寄せられて、
同い年とは思えないその大きな体にくるまれる。



「だから…俺を信じてくれるか?」

「トリ…」




怖い。誰かにトリを盗られたら。
そう思っただけで…涙が出そうになる。



でも…信じたい。


28年、俺だけを想ってくれていた
羽鳥芳雪を。

どれだけ無神経な発言をしても
何も言わずにずっと俺のそばにいてくれたこの男を…



俺はきっと信じられる。




「うん、わかった。」

「千秋…」


今度は見栄なんかじゃない。本心からそう言える。


トリならきっと、絶対
俺のところに戻ってきてくれる。




「でも…」

「でも…なんだ?」


こんなこと口にするのは死ぬほど恥ずかしい。

それでも言わなきゃ…



たとえ信じていたって
お前が俺を想ってくれている証が欲しい。



「休みの日は…俺のとこに…きて…」

「…もちろんだ。」



力強いその言葉に押しとどめていた涙が
堪えきれず溢れ出す。



「ごめん、千秋。」

「いい…トリのせいじゃないし。」


謝りながら、その長い指で涙のしずくを拭ってくれる。




ピルルル…




「あ、すまない俺だ。」


甘い雰囲気を引き裂くように
トリの携帯が鳴り始める。


「高野さんから…」


小さく呟いた声に体がこわばる。
覚悟は決めたものの、正直、不安は拭いきれない。




「はい、羽鳥です。…はい…はい。」



携帯を耳に当てて頷いているトリから
とっさに離れる。

まだ…聞く準備ができてない…




「え…本当ですか?…いえ、
 わかりました。失礼します。」


驚いた顔をしたトリが電源ボタンをおして通話を終える。



「…高野さん、なんて?」

「一之瀬先生が…
 高野さん担当のまま仕事続けるって。」

「え!!」


俺は驚きのあまり、
トリの顔を見つめてフリーズしてしまう。



「どうやら噂を流したアシスタントが
 大事になったことに気を病んで
 嘘をついたと白状したらしい。」



話によると、そのアシスタントの子も
羽鳥が気になっており、
一之瀬先生に羽鳥を諦めさせようと嘘をついたらしい。


「それで一之瀬先生も冷静さを
 取り戻して、私情で担当を代えろ
 なんてプロ失格だと言い出したらしくてな。」



心を覆っていた黒いもやがどんどん晴れていく。




「そっ、か…そっか…」



声が上擦るのが自分でもわかる。

なにか表現しがたい感情が
湧き上がって体の中で沸騰して

俺はトリに思い切り飛びついた。



「お、おい。千秋…」

「トリは俺の担当でいられるって
 ことだよな!?それでいいんだよな!?」

「…あぁ、これからもお前の担当でいられる。
 仕事でもちゃんと支えてやれるから。」



見上げたトリの顔は
いつもより柔らかい笑顔で


俺は思わず少しだけ弧を描いている
その唇に自分の唇を押し付けた。


トリは俺のいきなりの行動に
目を丸くしていたけれど

そのまま頭を抱え込まれて



だんだんと深いキスへ…
俺を堕としていった。



***


「そういや約束は守るんだろうな?」

「約束って?」


男2人でもだだっ広いベッドに
あられもない姿で潜り込んだまま

ふとトリがそんなことを聞いてきた。



「次の締め切りは必ず守るんだろ?」

「そ、それは!!」


己のした失言に息をのむ。
あの時はトリに離れて欲しくない
一心でそんなことを言ったけれど…


「離れないでいるなら
 締め切り守ってくれるんだよな?」


なぜか妙に優しく告げてくるトリに
俺は背筋が寒くなる。



「今晩は許してやるが、明日は
 きっちりと次号の打ち合わせやるから
 しっかり寝ておけ。」

「〜!!トリのドS!
 お前なんか…お前なんかぁ!」

「なんだ。いいたいことが
 あるなら言ってみろ。」


「知るかっ!馬鹿者っ!」




絶対に素直になんていってやるもんか。



この世界のどこを探しても
お前の変わりになる奴なんかいないなんて。



*END*
110608 脱稿


【後書き】

えりか様は絶対羽鳥を担当にしたがってるよね。
間違いないよね。ってことで思いついた話。

千秋は意地っ張りだから素直に担当やめないでって
いえないと思うんだ。そんなとこも愛らしい(*´Д`)

しかし千秋を泣かすなんてエリカ様ってば!(泣かしたのはお前だ


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