Unequalled Lover[4] ※オリキャラが登場します。「羽鳥さん…ほんとにやめるんですか。」 「あぁ…急な事ですまない。」 徹底的に千秋から離れることを要求された俺は 丸川を離れることになった。 1か月と少し前、高野さんに離職の旨を伝えてから 木佐に副編としての仕事を教え込んで、 美濃に千秋の担当の引き継ぎをした。 しかし、今目の前で瞳を揺らしている部下には 結局何もしてやれなかったと思う。 「小野寺、お前はいい編集になれると思う。 高野さんのやり方は厳しいだろうが、 きっと小野寺なら大丈夫。」 最後にこんな言葉しかかけてやれないことを悔やみながら、 それでも頷いてくれる部下に微笑んだ。 「トリ。ちょっといいか。」 小野寺と2人話しているところに、 高野さんから声がかかった。 手で外に出るようにと促され、ついていく。 連れて行かれたのは会議室だった。 「いよいよだな。」 「そうですね。」 今日、俺は丸川を離れる。 千秋の担当ではなくなる。 高野さんのその言葉で実感がわきあがった。 「俺は、エメラルドはお前がいてくれたからこそ 立ち直ったと思ってる。」 「辞めるからって褒めすぎですよ。 エメラルドが立ち直ったのは高野さんの手腕です。」 「それでも…お前のサポートあってこそだよ。」 机に腰かけた高野さんはそう呟いてから 俺を射抜くように見つめた。 「本当に理由は言えないのか。」 それは1か月前にも問われたことだった。 いきなりやめると言い出した俺に高野さんは理由を求めた。 嘘でもなんでもでっち上げればよかった。 けれど、その瞳に嘘はつけなくて 『理由はいえません』と答えただけだった。 「はい。」 そして今もそれは同じ。言えるはずのない理由だ。 吉野千秋を守るため、などと言ってしまえば 俺と千秋の関係まで露見してしまう。 高野さんがそれを言いふらすとは思わないが、 可能性は低いほうがいい。 「わかった、これ以上は何も言わない。 けど、覚えておけ。」 「なんでしょう。」 「エメラルドにはいつだってお前の席を空けておく。」 「っ…」 「ケリがついたら戻ってこい。」 それだけ言うと高野さんは会議室から出て行った。 その言葉が嬉しかった。 自分がこの場所に必要だと言われた気がして。 けれど、この問題にケリがつく日なんて来るんだろうか? 湧き上がる僅かな希望と、心を支配する絶望。 でも、なにより大事なのは… 『トリ!』 屈託のない笑顔。 その手が生み出す素晴らしい漫画。 不器用だけど、愛しい吉野千秋という存在。 それを守るためなのだと、再度自分に言い聞かせて 最後の仕事をするために俺も編集部に戻った。 *** 別れの挨拶を終えて、自宅に戻ってきたところで 見覚えのない黒塗りの車が目に入ってくる。 そして、そこから降りてきた人物の姿を見て、 再度、心の中が黒く塗りつぶされるのを感じた。 「おかえり、トリ。」 「…」 「挨拶もなし?冷たいなぁ。まぁいいけど。 いきなり気持ちを切り替えろなんて酷いことは言わないし。 じゃあ行こうか。」 「どこへだ。」 硬い声で尋ねると、吉野はクスリと笑った。 「どこって…俺の家に決まってるでしょ? これからは24時間、俺のそばにいてもらうから。 それが出来ないなら…」 「わかった。」 続く言葉を言わせない為に言葉を切る。 この家で暮らすことももう叶わないらしい。 せめて、千秋との思い出があるこの部屋なら まだ耐えられるかと思っていたが、 目の前の男はそれすら許してはくれないようだ。 「俺の荷物は。」 「全部運んであるから。あぁ、ちなみに 千秋の私物は全部送り届けといてあげたし。 捨てずに送ってあげるとか優しいだろ。」 にっこりとほほ笑んでいるが、 その笑顔の下はきっと真っ黒だ。 嫉妬に狂い、自分の持つ権力を私欲のために おしみなく使う目の前の男は、千秋には 似ても似つかない。 千秋…千秋… 送り返された自分の服や私物を見て どう思っただろう。 もう、これ以上傷つけたくはないのに。 「じゃあ帰ろう、トリ。」 まるで千秋のことを考える隙すら与えないとばかりに、 俺の腕は吉野に絡め取られ、車の中へと引きずり込まれた。 本当にすべてが終わった、 俺にそう思わせるかのように黒い車は 夜の闇の中へ走り出した。 ←3 5→ [戻る] |