Unequalled Lover[2] ※オリキャラが登場します。「俺と別れてくれ。」 俺の発した言葉に、千秋は目を見開いている。 信じられないものを見たかのように。 あながち、間違いではないけれど。 「ど、して…?」 動揺のせいなのか声が震える千秋を見て 胸が締め付けられて壊れそうになる。 そんな顔をさせて…そんな事を言わせて すまない、千秋。 「もう疲れたんだ。 お前の担当も、母親代わりも。」 「なん、だよ…それ。」 「高野さんには1か月前から事前に話を通してある。 俺は丸川を辞めて別の職に就くことにした。」 「待てよ!なんだそれは! いきなりそんなことが通ると思ってるのか!」 驚いていた千秋の顔にだんだん怒りが籠る。 それでいい。 「これ以上、お前のお守りは無理だ。 自分への負担が大きすぎるとやっと気づいた。」 「っ…」 こういってしまえば千秋はきっと反論できない。 仕事でも私生活でも俺に頼り切ってるのは自覚があるはずだから。 「担当は次から美濃になる。こっちの引き継ぎは すでにある程度済ませてあるから、 後は美濃と直接話してくれ。」 「待ってよ…頼むから…」 事務的に告げて、はやく出ていかなければいけない。 お前のそんな顔、見ていられないんだ。 だから、最後の一言を吐く。 「20年以上、俺は自分の気持ちを勘違いしていた。 俺の向けるお前への想いは…ただの庇護欲だったんだ。」 「なに…それ…」 「頼りないお前を守ってやらないと、俺がそばにいないと。 そう思ってそれが恋だと思っていた。でも違ったんだ、吉野。 俺はお前が好きじゃなかった。 ただの友達としての想いを勘違いしてたんだ。」 鉛を飲み込んだような重苦しい気分になる。 でもきっとそれは千秋も同じ。 「だから、それに気づいた以上、お前との関係は続けられない。 それだけの話だ。」 そこまで言い切って、俺は上着を取り玄関へと向かう。 理不尽な俺に怒り、憎悪で嫌いになればいい。 一方的に別れを告げるこんな人間を、はやく忘れろ千秋。 じゃないと、お前の身を守れない。 *** 「トーリ。」 1か月前の会社帰り。 呼びかけられた声に俺は立ち止まった。 「吉野?」 呼び方と声質で千秋だと思った俺は振り返ったが そこに千秋の姿はなく、1人の男が立っていた。 「…誰だ?」 「誰だはひどくね?あんなに俺を抱いたくせに。」 その言葉で何かがフラッシュバックする。 『じゃあ、あんたのことはトリって呼べばいいの?』 『あぁ…』 『ふーん、なんなら姿形もあの子に似せてあげようか? 髪型とか服装とかさ。』 「お前…!」 「あはは、思い出した? 大学時代、自分が抱いた人間の顔。」 その言葉ではっきりとする。 今俺の目の前にいるのは、千秋に想いを告げられず 自棄になった時に関係を持った男だった。 「”吉野”」 「そうだよ”トリ”。 思い出してくれた?恋人の顔。」 この男の本名を俺は知らない。 名前を尋ねれば、好きなように呼べと言われた。 だから俺は…こいつを吉野と呼び、 本人に伝えられない衝動をこいつに放った。 「元、だろ…こんなところで何をしている。」 「何って…トリを取り返しに、って うわ、ダジャレになったじゃん!」 1人でケラケラ笑う吉野に寒気がする。 「取り返すってなんの話だ。」 「だっていつまで経ってもトリ帰ってこねぇし ちょっとこれ以上待つのは無理かなってね?」 「意味がわからない。 お前とは大学卒業の時に別れたはずだ。」 就職して、千秋の担当になると誓った時に、 バカげた自分の行動に終止符を打った。 そしてこの吉野もそれを納得したはずだった。 「うーん、だってどうせトリは諦められなくて 苦しんで俺のとこに戻ってくるって思ってたからさ。 あの時はそれでいいかなぁって思ってたんだ。」 「あの時は…?」 「でもさ、さすがにこうなるとは思ってなくてさ。」 そういって、吉野が俺に差し出したのは写真の束。 そしてそこに映るのは俺と千秋。 「これ、は…お前、これどうやって…」 「企業秘密。ちなみにこんなのもありまーす。」 そういって吉野が次に俺に見せたのは、 MP3のプレイヤー。 『おい、吉野。いいかげんだらだらしないで起きろ。 次の締切に響くぞ。』 『うるせぇなー、お前は俺と吉川千春どっちが 大事なんだよ。』 『比べられるか、同一人物だろうが。』 流れる音声に、身体中が氷漬けになった気がした。 「吉野千秋があの売れっ子の少女漫画家さん、 吉川千春だったとはねぇ。しかもホモなんて。 これを公表したらどうなるかな。」 「お前っ…!!」 にやにやして話す吉野の首元を掴みあげる。 すると、どこからともなく黒服の人間が大量に現れ 一瞬で拘束される。 「あー。トリに危害加えちゃだめだよ? 俺の大事な恋人なんだから。」 「お前…何者だ…」 「なにって…俺は『吉野』だろ?トリ。 お前には俺がいるんだから『千秋』はいらない。」 黒服に押さえつけられたまま、俺は吉野を睨む。 「大人しく俺のところに戻ってきてよトリ。 そしたら吉川千春の正体も、男同士で付き合ってたことも 公表しないでおいてあげる。」 「誰がそんな脅しに…!」 言いかけた俺にさらに吉野は畳み掛ける。 「トリってもっと頭がいいかと思ってたのに。 俺が何の地位もない一般人ならこんな黒服が 俺の言うこと聞くと思う?」 「っ…」 「分からないなら身分くらいは明かしてあげようかな。」 そういって、吉野は俺に名刺を見せてくる。 名前の部分は潰されているけれど、 そこに印字されてあったのは日本屈指の大財閥が経営する会社。 そして役職は社長。 「俺はこの財閥の1人息子。 だから漫画家なんて簡単につぶせるよ? 何なら存在ごと…ね。」 怪しく笑う吉野に、全身の力が奪われていくようだった。 「あの子を守りたければ、別れて俺の物になって。 そしたらすべてがうまくいくから。」 *** 「トリっ…待って!!」 玄関ノブに手をかけた俺の背中に 千秋が思いきり抱きついてきた。 「…から」 「え?」 「なお、す…から…全部、だめなとこ…直す… だから、いなくなったらやだ…トリ…」 背中に冷たい雫が染み込んでくる。 「お願い…だから…」 振り返って抱きしめてしまいたかった。 思いきり抱きしめて、全部ウソだと伝えて その涙をぬぐってやりたい。 けれど…できない。 俺にとって何より大事なのは お前の漫画家としての夢、そして何よりお前自身。 そのためなら悪役にでもなんでもなれる。 お前を傷つける最低の男にでも。 「無理に決まってるだろ。お前みたいな人間、 直るはずがない。離せ。」 感情を押し殺して、淡々と言い放つ。 貼りついていた千秋の体が震えて…そっと離れた。 「じゃあな。」 俺は振り向くことなく、千秋の家を出た。 もう2度とくることのないこの家に背を向けて 歩き出し、はじめて気づいた。 自分の頬に流れた涙。 そして噛みしめすぎた唇から流れる血に。 けど、もう後戻りはできない。 ごめん、千秋…愛してる。 ←1 3→ [戻る] |