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 Unequalled Lover[1]



「あは、あはは…やっと、終わった…」



乾いた笑いが広めのリビングに響き渡る。



「ったく…毎回毎回ギリギリだな。」


呆れた声が俺の耳に突き刺さる。



「ごめんー…次こそは…」

「出来ない約束する前に反省しろ、千秋。」

「…すみません。」



アシスタントであり、友人である優に
怒られてしまった俺はしょんぼりしながらも
やっと原稿が終わった解放感に浸っていた。

進行がひどいのは毎度の事だけど
その分、いいものは仕上がっているはず。
それだけは自信を持って言える。


なんて…そんなことを言えば
担当者兼幼馴染兼恋人であるトリに

『いいものというのは決められた期間の中で
 仕上げられた作品というのが最低条件だ。』


なんて言われてしまうだろうから口には出さないけど。



でも…その仏頂面を頭に浮かべるときに思うのは
前とは少し違った感情。

締め切りやぶりをした後トリに会うのは
正直怖くて仕方なかった。いや、今も現在進行形で怖い。



けれど最近は、怒られるとわかっていても
愛想をつかさずに、うちに来て家事をしてくれて…

抱きしめてキスされるあの瞬間が…待ち遠しい。


まだまだ恋人同士の甘い会話や他愛ない時間の
過ごし方にぎこちなさはあるけれど…

俺の中でのトリの存在はどんどん違うものになっている。

大事にしたいのは
担当者より幼馴染、幼馴染より…恋人。




「千秋、なにニヤニヤしてんの。」

「ふえ!?に、ニヤニヤなんか…!」

「まさかあの仏頂面に会えるからって浮かれてんの?」

「ち、ちげーよ!!」



いつのまにか俺はニヤニヤしていたらしい。
優に指摘されて顔の熱が一気に高まる。


「あーあ、むかつく。
 まじであんなののどこがいいんだか理解不能。」

「優…」

「バーカ。んな顔すんなって。
 言っただろ。千秋のことは諦めたって。」


優の言葉に沈みかける俺に、笑ってそんなことを言う。
もし俺が優の立場なら…こんな風には言えない。

やっぱり優は友人として、いや、人として最高だと思う。



「…ありがとう、優。」

「礼言われるようなことじゃねぇし。」


ぎこちなく笑うと、猫目も弧を描いた。




数時間後。


疲れた体を床に投げ出して倒れていると、
頭上から声が降ってきた。



「吉野、床で寝るなと何度言えばわかる。」

「うー…」


耳によく馴染む低い声に、ぼんやりとした頭が少しだけ覚醒する。
しかし体は一向についてこずに、俺は声の主に手を差し出す。


「起こしてー…」

「…」

しかし…
いつもなら文句を言いながらも俺を引き起こしてくれる手が
いつまでたっても差し伸べられない。


「トリ…?」

「いい加減ちゃんと自立しろ。」


それだけ言い残すと、トリはキッチンへ行ってしまった。


(なんだよあの態度。って…まぁ今回は怒ってて当たり前か。
 かなりひどい締切破りしたもんな。)


一瞬、トリへの怒りが膨れ上がったけど
冷静に考え直して、自分に非があることを思い出す。


のそのそと重い身体を起こして、
リビングへ向かうと、トリは無言のまま飯の用意をしている。


いつもの光景のはずなのに、なにか嫌な予感が体を這う。
俺に向けられている背中が拒絶の色をしているような、そんな気がした。



「あ、あのさ…トリ。」


そんな思考に耐えられず、俺は思わず口を開いた。


「なんだ。」

「えっと…その…今回もゴメン。迷惑かけて。」


怒らせているのなら、謝るのは早いほうがいい。
一生懸命謝ればトリだってわかってくれる。

そうすれば、こんな不安は消し飛ぶはずだ。



「いつものことだろ。」

「いや…そうだけど、今回はひどかったっつーか
 今回もひどかったっつーか…」


それなのに、不安は消えない。
トリが…こっちを向かない。


「吉野。」

「な、なに。」


怖い。


「後で話がある。」


怖い怖い。


「い、今じゃだめなの?」

「…なら、今話すよ。」


先延ばしをされる恐怖のあまり墓穴を掘った。
トリが持っていた菜箸をおいて、こっちを振り返る。

その瞳は、いつもの俺に向けられる目じゃなかった。



「遠回しにすると面倒だからな、結論だけ言う。」

「な、に…」


トリの声が小さく聞こえるほど、自分の体の中で
心臓がばくばくと壊れそうなほど脈打っている。

まるで次に出てくる言葉に怯えるように。



そして、俺の予想はこんなときばっかり
当たってしまう。






「俺と別れてくれ。」





その言葉が聞こえた瞬間、
俺の立っていた世界は音を立てて崩れ去った。



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