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 TLM-恋心を加速させる魔法-[1]



むかしむかし、蒼く煌めく海の深く。
楽園と呼ばれる場所がありました。


そこには人魚や魚人、そのほかの生き物たちが
仲睦まじく暮らしています。


しかし…



「チアキ、お前は何度言ったら締切を守るんだ!」

「仕方ないだろ!今回はちょっと…その…
 アイデアが旅に出ちゃったっていうか?」

「アホな言い訳は聞き飽きた。
 いいからさっさと手を動かせ。」



誰もが仲睦まじく過ごす楽園の中、
とある1つの部屋だけは恐ろしいほどの
怒気に満ち溢れていました。


怒気を放っているのは、魚人であるハトリという男です。
彼は、楽園のみんなの娯楽である本を作る仕事をしています。

そして、そんなハトリが作る本の原稿を書いているのが
今怒気を向けられ、半べそで言い訳をしている
チアキという可愛らしい人魚でした。

チアキはこの楽園で、最も有名な人魚3兄弟の二男です。
上にはショウタという兄、そして下にはリツという弟がいました。


ちなみにショウタとハトリは仕事上の同僚で、
ハトリはチアキの家の家族同然の存在なのです。


「2時間後!それ以上は待てない。
 それまでに仕上げておけ!」


まだいい訳を探し続けるチアキにそう言い放つと
ハトリは仏頂面でチアキの部屋を後にしました。


「まったく…」


ハトリは呆れたようにそう呟きます。
本の原稿を書いているのはチアキだけではありません。

他にも多数の人魚や魚人が参加している中、
チアキの作品は1番人気があるものの、

それに比例するように、原稿が遅いのです。


「あ、ハトリさん!」

唸っていると、前方からチアキの弟である
リツが泳いできました。


「リツ、研修は終わったのか?」

「はい!もうすぐハトリさんと一緒のとこで
 働くんだからがんばらないと!」


荒んでいたハトリにも、健気なリツの姿は
微笑ましく映りました。


「お前くらいの素直さがチアキにもあればいいんだがな。」

「チアキ兄さん、また原稿遅れてるんですか?
 ハトリさんも大変ですね。担当やめちゃいたいとか
 思ってことないんですか?」


リツは自分の兄ながら、仕事の進みの遅いチアキに
ため息をつきながらハトリに問いかけます。


「それは…」

「邪魔するぞー。」


ハトリがリツの問いに応えようとしたところに
別の声がかぶさりました。


「あ、ユウさん!こんにちは!」

「おう、リツ。…なんだいたのかお前。」

「それはこっちのセリフだ。今日はキョウ先生の
 アシスタントじゃなかったのか。」


ユウと呼ばれたその人魚は、リツにはにっこり笑顔を向け、
ハトリには敵意むき出しの視線を浴びせてきます。


「早めに終わったから、チアキのヘルプにきたんだよ。
 あいつは俺がいなきゃ駄目だからな。」

「確かに、チアキ兄さん、ユウさんと一緒に仕事したら
 はかどるって言ってましたもんね。」

「…」

「つーわけで、お前はさっさと戻って
 他の先生の状況でも確認してれば?」


ユウはそれだけ言うと、リツの頭をくしゃりと撫でてから
チアキの部屋へ泳いで行きました。


「…ちっ。」


ハトリは小さく舌打ちをして、無言で家を後にします。
残されたリツは不思議顔をするしかありませんでした。


***


ハトリは物心ついたときからチアキが好きでした。

家が近所で同い年、2人はいつも一緒に過ごしていました。
チアキは何かあれば当たり前のようにハトリを頼り、
ハトリは当たり前のようにチアキを支えてきました。

成長するにつれ、ハトリはチアキへの恋心を確信しましたが、
それを口に出すことは出来ませんでした。



自分が抱いている感情はチアキにとって
迷惑なものでしかないと思っていたのです。


チアキにとって、自分は幼馴染でしかない、
それ以上のポジションは望んではいけないと。


そうして打ち明けられないまま時は流れ、
互いに大人になり、ハトリはチアキへの想いを
心の奥底に押し込んでいました。


無防備に自分に甘えるチアキの姿に必死に耐えながら。



しかし、チアキが漫画家として仕事を始めたころ、
アシスタントとして、ユウが現れたのです。

ハトリは、チアキと仕事をするユウを見て一瞬で悟りました。
ユウもチアキの事が好きなのだと。

ハトリのように抑え込むこともなく、
ユウは自然に、チアキに好意を伝えていました。

しかし、チアキがその鈍さゆえに
ユウの想いに気づかないことがハトリにとっての救いでした。


しかし、深く秘めていた想いに嫉妬が重なって
ハトリは日々抑えられなくなる想いに苦しんでいました。




「出来たぁ…」


2時間後、ハトリが再びチアキの家を訪れると
原稿はきっちり仕上がっていました。


「やっぱユウがいると助かるー。」

「当たり前だろ。俺は一番のパートナーだからな。」

「うんうん、なんかベストパートナーって感じ?」


ハトリをちらりと一瞥して、ユウがを言った一言に
チアキも満足げに頷きます。

その言葉に苛立ちが募っていたハトリは
つい、言ってしまいました。


「ならプライベートでもパートナーになればどうだ。」



ユウにだけは、チアキを取られたくないと思っていましたが
ハトリは、もう我慢の限界でした。

告げられないなら、叶わないなら…もうどうでもいいと。



「へ?何言ってんのトリ…」

「ハトリにしてはいいこと言うね。
 チアキ、せっかくハトリもそういってるんだ。
 俺たち付き合っちゃおうぜ。」


勝ち誇ったように告げるユウに対して、
チアキは途端困惑したような顔になります。


「いい機会だ。もうすぐリツがうちに入るから
 お前の担当をリツに変えることにしたから。」

「ちょ…待てって!いきなりなんだそれは!
 俺はそんなこと聞いてないぞ!」


チアキは思わず椅子から立ち上がりました。
しかし、そんなチアキを見ようともせずに
ハトリは原稿を掴み、部屋を出ていきました。



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