The Little Mermaid-貴方と生きる世界-[5] ※人魚姫パロ続編「待たせてごめん。リツ。」 マサムネはそう告げると、 リツが入れられた水槽に群がっていた 国民の間をゆっくりと進んでいきます。 『え?あれ…マサムネ王子!?』 『婚儀の日に行方がわからなくなっていたのに!』 『今あの人魚に話しかけなかったか?』 ざわざわと再び騒々しくなる国民を尻目に、 水槽までたどり着くと、マサムネはためらいなく 水槽の中に飛び込みました。 「マサムネさん…!」 「遅くなってごめん…大丈夫だったか?」 そう優しく告げて、マサムネは 弱々しく自分を見つめるリツを抱きしめました。 リツはいきなり現れたマサムネに驚きつつ、 その腕の温かさに、思いきり顔をうずめました。 「ごめ、ごめんなさい…俺…」 「謝らなくていい、ちゃんと話をしなかった俺が悪いから。」 マサムネはリツの髪をゆっくり梳いて、落ち着くように促します。 さっきまで怖くてたまらなかったリツは、 その腕の中にいるだけで、安堵する事が出来ました。 「マサムネ!!!」 そんな再会を喜び合っている2人の耳に 怒声に近い呼び声がかかりました。 「ヨコザワ…」 マサムネはその声のほうへ視線を向けます。 そこにはヨコザワ、そして国王と王妃がいました。 「マサムネ、お前何をしてるんだ。」 「そんな水の中にはいるなんて…けがらわしい。 だいたい今までどこにいたの。」 水槽の中でリツを抱きしめているマサムネに 国王と王妃は冷たい目線を送ります。 「あんたたちには関係ない。」 「関係ない、じゃないだろ。マサムネ。」 マサムネの言葉に反論したのは、ヨコザワでした。 「お前はこの国の王子なんだ。それが何か月も国をあけて 行方不明になって…俺との婚儀の途中で…」 言葉を詰まらせるヨコザワに、マサムネは少しだけ 申し訳なさそうな表情を浮かべました。 「お前にはすまないと思ってる。でも俺はもう 王族に戻る気はない。」 マサムネは、リツを助けた後、 リツが入れられるという北の監獄のすぐそばで暮らすつもりでした。 例え会えないとしても、その存在のそばに寄り添うと 決めていたのです。 「バカなことをいうな!せっかく戻ったんだ。 今からでもまたやり直せばいいだろ!」 「それは無理だ。俺は…こいつが好きだから。」 そういってマサムネは再度、リツをぎゅっと抱き寄せました。 その姿に、集まった国民達にどよめきが走ります。 『王子が人魚を…?』 『そんなバカな!』 『きっと惑わされてるんだわ、可哀想な王子。』 『あんな人魚、やはり殺したほうが…』 収まっていたリツへの悪意が再びあふれ出します。 1人、また1人と悪意は感染し、 いつのまにか広場を包むほどの波となっていました。 『殺せ!殺せ!』 うねりとなった悪意を受けたリツはただ怯えるしかありません。 しかし、そんなリツにマサムネはそっとキスをしました。 そして、驚くリツを一度離して、水槽から上がり あろうことかその場で土下座をしました。 「マサムネ!?何を!」 「マサムネさん!?」 その姿に殺気立っていた国民は静まり返ります。 今の今まで、マサムネが、いえ王族が国民に頭を下げるなど ありえないことだったからです。 「なんという恥さらしな…」 静まった広場でそうつぶやいたのは国王1人でした。 その声を無視するように、マサムネは頭を下げたまま語ります。 「この国の王子でありながら、婚儀の途中で行方をくらまし 結果、この国に混乱を招いたことをこの場でお詫びいたします。」 迷いのない、その言葉に思わず国民は聞き入りました。 「王族としては、間違った判断だったと思います。 しかし、1人の人間として…愛する人を守るためのこの判断に 俺は後悔していません。」 そう言い切って、マサムネは水槽の中のリツを優しく見つめます。 「リツ、もう一回ここで言う。好きだ。」 「マサムネさん…俺も…好きです。」 水槽越しのお互いの迷いのない想い。 その切なく愛しげな声は、静かに広場に浸透していきます。 しかしその静寂を破ったのは、 国王と王妃の声でした。 「何をバカなことを!!人魚が好き? その子は私たちの不老不死の元なの!! ふざけないでちょうだい!」 「今更のこのこ出てきおって! その人魚をおいてさっさと消え失せろ。今更お前など必要ないわ!」 その声は、確実にマサムネを傷つける言葉でした。 親が子供にかける言葉として、あまりにも惨いその言葉に 反論したのは、マサムネでもリツでもなく国民達でした。 『国王だからってその言い方はなんだ!』 『マサムネ王子はあんなに真剣に話してくれたのに!』 『人魚を開放してやれ!』 先ほどまでリツに向けられていた悪意は、 そのまま国王達へと跳ね返ったのです。 「権力もお金もないあなた達が私たちに こんな無礼をはたらいて…ただで済むと思っているの!? こんな国民しかいないからこの国は隣国にいいようにされるんだわ!」 「まったくだ…王族がよくても国民の品位がこれでは 隣国に侵略されても仕方がない。」 その言葉にリツは唖然とします。 確かにさきほどはリツに悪意を向けていた国民でしたが 今は、自分とマサムネを認め、自分の開放を願ってくれる 素晴らしい人たちなのです。 そんな人たちを侮辱する国王と王妃が、 いくらマサムネの両親とはいえ許せませんでした。 それに先ほどマサムネに向けられた言葉が リツの中で堪えきれない衝動の引き金をひかせます。 「ちょっと待ってください!」 リツはめいいっぱい声を張り上げて、水槽から叫びました。 その声に、王族を罵倒する声も、国民を卑下する声も止まります。 「俺が…俺たち人魚が住む楽園という場所には争いがありません。 みんなが平等で、幸せに暮らせています。 それはお互いがお互いを想い合って、大切に暮らしているからです。」 リツはそっと瞳を閉じました。 まぶたの裏には、優しい兄達、その恋人やたくさんの生き物達が浮かびます。 みな毎日、笑って暮らしていました。 互いを憎むこともなく、多少の喧嘩はするけれど それも互いが大切であるからこそ。 「俺は…人間は争いでお互いを傷つけあう生き物だと 兄達から聞かされていました。その言葉に恐れも抱いていました。」 「リツ…」 マサムネは初めてリツが人間に抱いている恐怖を知りました。 「さっきも…とても怖かった。俺から真珠を取るために 電流を流すそこの兵士さんも…それを見て喜んでいるみなさんも。 とても怖かったです。」 さきほどの恐怖を思い出して、リツの瞳からは再び涙が零れました。 それは美しい真珠となり、水槽の中を煌めかせます。 「けれど…その恐怖から救ってくれたのも人間であるマサムネさんです。 マサムネさんは…ちょっと意地悪だけど… それでも消えかけた俺を助けるために自分を犠牲にしてくれました。」 リツの涙を湛えたエメラルドの瞳がマサムネを映します。 「嬉しくて、幸せでした。さっきもマサムネさんが来てくれて 怖いと思っていた気持ちは…全部消えてしまいました。」 国民たちはリツの声に静かに聞き入ります。 自分達とは違う種族が語る、人間への愛の言葉を。 「それに、ここにいる人たちも俺を開放するように言ってくれました。 俺とマサムネさんのことを壊そうとはしなかった。」 その瞬間、マサムネの目に映ったのは今までで一番 気高く美しい人魚の姿でした。 「だから、きっとみなさんは助け合って生きていけるはずです。 同じ人間なんですから。立場や境遇は違っても、 誰かを愛することが出来る人は、何よりも強いから。」 リツは語りながら思います。きっとマサムネが自分を 愛してくれているから、自分はこんなにも強く宣言できるのだと。 そして、それは他でもない人間から与えられたものなのだから、 きっとこの国の人たちも、同じように人を愛し、守ることができると。 「だから、王族だからって…あなたたちがこの人たちを、 そしてマサムネさんを侮辱する権利なんてない!」 最後は国王と王妃を見据えて、リツは言い放ちました。 「ありがとう、リツ。俺の為に、 この国の人たちのために怒ってくれて。」 絶句して何も言えない2人に変わって、マサムネはそっと微笑みます。 「え、偉そうなこといってごめんなさい…」 「気にするな。お前の言ったこと、間違ってねーし。」 マサムネの優しい声にリツは救われた気分でした。 そして、最後にマサムネに向けてそっと告げます。 「じゃあ、あとこれだけ言わせてください。」 ←4 6→ [戻る] |