TakaRitus-2 | ナノ


 これが本心
※コミック第5巻の続きを妄想捏造


「俺は高野さんなんて大嫌いなんですよ!」


そう叫んだ瞬間。
ガチャリとドアが開く音がした。




「おの…でら…?」


そこにはラフな格好をした高野さんが立っていて…
その表情はとても悲しげだった。



「…っ!」



俺は高野さんの顔がそれ以上見られなくなって、
慌てて自分の部屋へと飛び込んだ。



外から言い争う声が聞こえる。




『政宗、部屋に戻れ。』

『どけ横澤。』

『どかない。聞いただろ。あれがあいつの本心だ。』



本心なんかじゃない!!

思わず叫びそうになるのを口を押さえて必死に堪える。



俺は…俺は…高野さんが…



『お前のこと10年前から
 遊びだったんだよ!
 いつまで昔の恋愛に流されるつもりだ!』




昔の恋愛…

高野さんに向けられているであろう
横澤さんの怒声が

俺の胸の奥をズタズタと切り裂いていく。



『お前を弄んで楽しんでたんだよ。
 許婚がいるのに、自分勝手に
 お前に近づいて傷つけて突き放して
 今頃ふらふら出てきた奴がまだ好きなのかよ!』


それ以降…声は聞こえてはこなかった。

変わりにガチャリと
ドアの閉まる音がしただけだった。




静寂の中。

横澤さんの言葉が針みたいに突き刺さって体中が痛い。


でも、なにより痛いのは…
高野さんのあの顔。



いつも自信過剰で、俺様で、
人の言うことなんて1ミリも聞かないあの人が…

泣きそうな顔をしていた。


大嫌いだと叫んだ俺を見て…






炙られる様に熱かった頭が急速に冷えていく。


今、俺がしなければいけないこと。
これ以上高野さんを傷つけないために。




「好き…好きです…高野さん…」



好きだから…
俺はあなたのそばにはいられない。



「だから…さよなら…」



***



翌日。


休みだった俺は実家に戻り、
将来、会社を継ぐためにと偽って
徹底的に小野寺出版と関係のある会社を調べ上げた。


東京にある出版社はほとんど
小野寺とつながりがあったけれど


2、3社。規模の小さな会社は
あまり深い繋がりもなく、
父が介入することはなさそうだった。



「律ー。お昼たべていくでしょ?」

「ごめん母さん。
 帰って仕事しなきゃいけないんだ。」


「ええ?お休みなのに?」

「忙しいんだ。じゃあね。」



困惑する母さんに背を向けて、俺は家へと戻った。


エレベーターに乗って、自分のフロアに到着すると
目の前に横澤さんがいた。



俺は何も言わずに一礼をして隣を通り過ぎる。




「おい。」

「…横澤さんの望みどおりにしますよ。」

「は?」


呼び止められた俺は顔に無表情を貼り付けて
横澤さんを見据える。


「丸川をやめます。
 このマンションも出て行きます。」

「…ほう。」


「仕事に関しては今手がけているものを
 きっちり終わらせてから離れるつもりです。
 その件に関して迷惑はかけません。」

「そりゃそうだ。
 これ以上政宗に迷惑をかけられても困る。」

「ええ。これ以上…
 迷惑をかけるつもりも関わるつもりもありません。

 ただし高野さんにはまだ言わないでください。」


それだけ言って俺はきびすを返して
自分の部屋へ向かう。


「言わないでください?
 言ったら政宗がお前を引き止めるとでも思ってるのか?」


嘲笑まじりの台詞を投げかけられ俺は足を止める。


「思ってませんよ。」


振り向かずに言って、
俺は再び自分の部屋へと歩き出した。




***




次の日、出社した俺は

高野さんが会議でいない隙を狙って、

木佐さん、美濃さん、羽鳥さんに
退社するつもりだということを話した。



「ええ!?どうして?」

「やっぱり文芸があきらめられなくて。」


「それならうちの文芸へ
 異動願いを出せばいいじゃない?」

「いえ、声をかけて
 くれている会社があるんです。」


「せっかく律っちゃんエメ編に
 なじんできたと思ってたのに…」

「うん…いきなりなんて寂しいよ。」

「木佐さん、美濃さん…ごめんなさい。」



心が痛む。

私情でやめる事になって
この人たちにこんな顔をさせること。

やっと掴み始めた、漫画編集としてのプライド。
それをすべて捨てること。



「本当にそれだけが理由なのか?」

「はい。」


真意を探ろうとする羽鳥さんの目を
俺はまっすぐに見つめ返す。


「…そうか。お前の意思が固いなら
 俺達がどうこういうべきじゃないが。」

「ありがとうございます。」


「高野さんにはもう言ったのか?」

「…近々話すつもりです。」



羽鳥さんの顔が一瞬渋いものになる。

それをみた木佐さんや美濃さんが
心配そうに俺を見た。




「高野さん絶対反対すると思うよ?」

「うん…ていうか辞めるの
 無理なんじゃないかな?」


「どうしてですか?」


「高野さん、律っちゃんのこと
 しょっちゅうからかって遊んでるけど

 本気で教育して、ちゃんとした
 漫画編集にしたいって思ってると思うから。」


木佐さんの言葉に作り笑いが壊れそうになる。



「冗談。あれはただの新人いじめですよ。
 俺が困ることさせて楽しんでるだけです。」


わかってた。いつだって高野さんは
乗り越えられない試練なんて与えなかった。

きっと出来ると信じて仕事だって任せてくれた。


超えていくことで確実に
ステップアップできるように、
そしてさりげなくフォローしてくれた。



「確かに楽しんでる節はあるけど、
 どっちかっていうと好きな子を
 いじめて遊んでるって感じに見えるけどね。」

「それは少女漫画の世界で…」
「なにさぼってんだ、お前ら。」



俺の声にかぶるように背後から聞きたくない声。



「はいはいはいはい。今やりまーす。
 じゃあ律っちゃん、これコピーお願いね。」

「あ、はい。」



木佐さんから資料を渡されて、
俺は足早にコピー機のほうへと移動した。







高野さんは仕事以外のことは何も
話してこなかった。

今はそのほうがありがたい。


集中的に仕事をして今抱えているものを
すべて終わらせなければいけない。


それで高野さんに辞めることを話して、



それでおしまい。





この恋は10年前に…
とっくに終わっているんだから。




「小野寺。」

「はい?」



定時少し前。
羽鳥さんに声をかけられた。



「今日、夜ちょっと付き合えるか?」

「あ、はい。なにか追加の仕事ですか?」



退社することでエメ編のみんなには
ものすごい迷惑をかけると思うから

出来ることならなんだって手伝いたい。



「いや、プライベート。」

「へ?」

「飲みに行こうと誘ってるんだ。」

「羽鳥さんに…プライベート?」

「失礼だなお前。」

「す、すいません!」

「で、どうなんだ?」

「行きます!」


自分で決めたこととはいえ、
家でひとりで暗くなっているよりは
酒でも飲んでたほうが
気がまぎれるかもしれない。




***



「それで。辞める本当の理由は高野さんなのか?」

「ぶー!!!」



居酒屋の個室に入って
酒を含んだ瞬間言われたことに思わず吹き出す。



「汚いな…」

「す、すいません。
 ていうか羽鳥さんいきなり変なこというから。」


おしぼりで口元を拭きながら
俺はもごもごと言い訳をする。


「変なことか?」

「変ですよ!」

「あの高野さんが…ミスをした。」

「へ?」


脈絡のない話に俺は首をかしげる。


「しかもいつもなら絶対しないような
 凡ミスだ。風邪引いて40度
 熱があったってあの人はあんなミスをしない。」

「ずいぶん…信頼されてるんですね高野さんを。」


「お前はしてないのか?」

「…してますよ。嫌味な人だけど
 仕事のことでは…」

「じゃあプライベートでは?」

「…っ!」



「高野さんが普段しないようなミスをして
 その日に小野寺が会社を辞めるといい始めた。
 これが単なる偶然とは俺には思えない。」


こんなとき…鋭すぎる羽鳥さんが少し嫌になる。


「それとこれとは…関係ないです。」

「ほんとに?」


切れ長の目で見据えられて…
俺は二の句が告げない。


「俺はそれほど高野さんについて詳しい訳じゃない。
 それでも小野寺が来てからの高野さんは
 前とは違うと思う。」


黙ってうつむいてしまった俺に
羽鳥さんは淡々と語って聞かせる。


「どこかいつも楽しそうで、
 その点、小野寺に何かありそうになると
 必死にそれに対応している。」

「それは…俺が部下だから…」


「それも確かにあるだろう。
 ただな、あの人は部下だからって
 中途半端なことはしない人だ。」


それは…よくわかってる。


「俺が初めて違和感に気づいたのは
 武藤先生がアシ全員インフルエンザで
 原稿をおとしかけたときだ。

 いつもなら…高野さんはあんな
 ぎりぎりの判断はしない。
 落として代原使う場面だろう。」

「あれは…」


俺が横澤さんに対抗意識で
啖呵を切って無理を押し通してしまった。


「俺や木佐、美濃ならおそらく
 落とされていた。」

「そんなこと…!」

「高野さんにとって小野寺は
 特別なんだろ。」


特別…その言葉に胸がひどく痛んだ。


「そうやって…特別だと思ってくれる人を
 俺は傷つけたんです。」


微量に入ったアルコールのせいなのか
俺は気がつけば、そのままつらつらと
中高時代までさかのぼって話してしまった。




「まさかそんな経緯があったとはな。」


いつもは落ち着いている羽鳥さんも
少し驚いた様子だった。


「気持ち悪いでしょ…男同士ですよ、はは。」


なんだか自棄になってきて
ビールを煽りながら呟く。


「別にそうは思わない。
 俺の恋人も男だからな。」

「へ?」


ふわふわしていた頭がぱちんと覚醒する。


「今なんて…?」

「俺の恋人も男だ、と言ったが?」

「えええええ!?」


羽鳥さんに恋人がいるってだけで
驚愕だけど…相手が男なんて…



「驚いたか?」

「ええ…それはもう。」


「でも好きなんだ。」

「羽鳥さん…」


羽鳥さんの目はとても真剣で…
それでいて迷いがなかった。


「俺はその相手を28年想ってきた。
 叶わないと思ってたからな。
 言うつもりはなかった。」

「でも今は恋人なんですよね?」


「あぁ、一応な。
 向こうはまだあまり自覚がないようだけど。」


そういって羽鳥さんは小さく笑った。
羽鳥さんでも笑うんだな。



「だから…もし俺が高野さんの立場なら…
 お前が好きでいてくれて…それなのに
 どこかへ消えられるのが一番
 耐えられないだろうな。」


その言葉は重く俺の心に響く。


「でも…俺はこのままだとまた高野さんを…」

「傷つける…か?」

「…はい。」


「あの日だって…あんなこと
 言うつもりはなかったんです。

 ただ…傷つけてしまう前に
 きちんと言わないとと思ってたのに…

 横澤さんに言われたことで
 売り言葉に買い言葉みたいになって…

 あんな泣きそうな顔…」


思い出しただけで死にそうに苦しくなる。
高野さんの顔。






「ふーん。そういうことか。」





俺と羽鳥さんしかいないはずの
スペースにいるはずのない人の声が響いた。


「高野さん!?」


羽鳥さんが目を丸くして驚いている。
俺も思わず声の方向を見てしまった。

いつもと同じ。
何もかも見透かしているような目をした
高野さんがそこに立っている。



「今日こそこそ全員で話してるかと思えば
 帰りは2人で出かけていくし、
 何かあると思ってたが。」


高野さんの視線が俺に移る。
そのせいで俺は顔をあげられない。



「つけてきたんですか。」

「あぁ、仕事が終わったら
 この馬鹿に話しようと思ってたからな。」



その馬鹿とは俺のことですか。
えぇ、俺のことでしょうよ。



「確かに馬鹿だな。」

そしてもう1人の声が聞こえてくる。


「よ、横澤さん!?」


今度は俺が目を丸くして驚く番だった。



「横澤、これがこいつの本心。」

「…ちっ。おい、羽鳥。」


「なんですか?」

「こっちで付き合え。」

「わかりました。」


横澤さんに言われて、
羽鳥さんは席をたって行こうとする。


「え?ちょ、羽鳥さん!?」

「あとはちゃんと高野さんと話をしろ。」

「そんなっ…」



俺が慌てふためいているうちに
羽鳥さんは横澤さんと行ってしまい、

羽鳥さんがいた席には
高野さんがどかっと座った。




「俺がいないとこで俺のこと
 熱く語ってんじゃねぇよ。」

「は…ははは。なんのことですか。」


「…全部聞いてたから。」



その一言で体が動かなくなる。


「はじめトリがお前がやめるなんて
 言い出したからなんの冗談かと思ったが。」

「…冗談なんかじゃ、ないです。」


そうだ。聞かれてたからってなんだ。
俺はもう丸川を辞めるって決めたんだ。

マンションも出て、高野さんとも離れて…


「許さない。」

「は?」


「前にもいったはずだ。
 お前が俺を好きだろうが嫌いだろうが
 関係ない。俺はお前を離さない。」



強い瞳で射抜かれる。



「さっき言ってたな?
 俺を傷つけるとかどうとか。」

「それは…だって…」


「お前はまた10年前と同じで
 勘違いして俺から離れようとしてる。」

「勘違い…?」


「別に俺はお前のあの程度の言葉じゃ
 傷つかねぇし。」

「だって…あんな泣きそうな顔っ…」


「あれは熱が出て
 かなりきつかったんだよ。
 正直立つのもやっとだったからな。」

「そんな…」


また…おれの勘違い…?
体からどっと力が抜けていく。


「だから馬鹿だっつってんだ。」


ふにゃふにゃとその場にへたりこむ俺を見て
ふんっと鼻を鳴らす高野さん。


言い返したかった。

また今回も
あんたのせいで勘違いしたんだって。





でも出来なかった。



「っく…」




涙が…止まらなくて。




「小野寺…?」


何か言い返してくるだろうと
踏んでいたらしい高野さんもきょとんと俺を見つめる。



「よか…った…
 また…また傷つけたと…思った…」


俺の口からはそんな言葉が零れていた。


「…律。」


涙がとめどなく溢れ出て
まっすぐ前なんか向けなくて…


高野さんがすぐ隣まで来たのも
わからなかった。

抱きしめられた感触がするまで。



「好きな奴に嫌いって言われたら
 そりゃ多少はへこむけどな。

 お前今までどんだけ俺に
 暴言はいてると思ってるんだ?」


口調とは裏腹に
壊れ物でも抱くように俺を包みこむ。


「お前が俺を好きなことくらい
 ちゃんと知ってるから。
 あんなの嘘だってすぐわかる。」

「う、うぬぼれ、ないで…ください。」


声が震えてうまくしゃべれない。


「うぬぼれじゃねぇよ。
 …好きだ、律。」

「…っ。」


耳元で聞こえた声が…
あまりにも優しく甘くて…


「お前の口からもちゃんと
 聞きたい。」


体の奥まで染み渡っていくから…


「…す、き…です…」



ずっと自覚しないでいようと
目を背け続けていた感情が

あの時と同じようにとめどなくあふれ出してくる。

コップの中の水のように。





「高野さんが…好き…大好きです…」

「…やっと言った。」



高野さんが嬉しそうに笑った。

その笑顔があの頃の嵯峨先輩と重なる。



あぁ…そうだ。
こんな顔をして笑うんだった。

そして同時に思い出す、
耐え切れないほどの喪失感。

遊ばれて捨てられたと
思い込んで逃げたあの時の自分。




「怖かったんです…
 あの時みたいに…なるのが…」

「お前が俺に回し蹴りして逃げた日?」

「うっ…それは…ほんと…すいません…」


おかしそうに呟く高野さんの胸に顔をうずめて隠す。



「お前が俺のとこに戻ってきたから
 それでいい。」


いつも嫌味や皮肉しか言わない唇が
俺に向けての優しい言葉を囁く。


「もうどこにも行くな、律。」

「…はい。」






***



「高野編集長、これは一体
 どういうことでしょうか?」

「なにが?」

「なにが、じゃありません!!
 この仕事量の割り振りおかしいです!!」

「俺の決めたことに文句あんのか!」

「ありますよ!おおありです!
 なんで俺だけこんなに書類が多いんですか!」



結局、俺は丸川を辞めずに
相変わらずエメ編で働いている。

木佐さんと美濃さんには、

羽鳥さんから、俺が転職を思いとどまったと
うまく説明してもらった。



「下っ端が一番雑用するに決まってんだろ!」

「そ、そりゃ下っ端ですけど!!」



あの夜、高野さんに好きだと告げて
俺らの関係が変わったかというとそうでもなく…



「ガタガタいわねぇで仕事しろ!
 これ以上文句言うと仕事3倍にするぞ!」

「この横暴編集長!!!!」


俺は相変わらず高野さんに
殺意を抱いたり、恨みつらみを抱いている。


けれど…


「小野寺。」

「なんですかもうっ!!」

「仕事ちゃんと終わったらご褒美やるから頑張れよ。」

「なっ!?」



不敵な笑みとなぜか甘く感じてしまう
その言葉に…




「いりません!それより原稿揃えてください!」

「欲しいくせに…」


小さく呟く俺にしか届かない言葉に…
俺の心臓は毎日破れそうになるんだ。



「大好きなんだろ?俺が。」

「〜っ!!!!!」



やっぱりこれは恋じゃない!
恋なんかじゃない!

これは…どうしようもない初恋なだけだぁ!!!



律がご褒美を貰うまで
あと9時間。



*END*
110608 脱稿




【後書き】

5巻の終わりがあまりにも衝撃過ぎて妄想に妄想を重ねて
こんなお話を書きました。

その後、ネタバレサイト見て落ち着く←

羽鳥さんが男前だよなぁ、と毎回思う。高律話なのにw

そして私は横澤が嫌いです(笑)
ファンの方はごめんなさい<(_ _)>

まじめだろうがいい奴だろうが律をいじめるから嫌い!

あたしの話でいい感じに出てくることはまずなさそうだなw


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