UsaMisa-5 | ナノ


 まだ知らない2人
※美咲8歳、ウサギさん高3くらいのお話。


「おれのせいだ。おれがわるいんだ。」


その子供は涙声でそれを繰り返した。






通りかかったのはたまたまだった。

書いていた小説が少し煮詰まっていて
気分を変えたかったから、

ふらふらと散歩に出掛けた俺は、
公園のすみにいる小さな塊を見つけた。



その小さな生き物は不規則に肩を揺らしている。
恐らく泣いているのだろう。


親に叱られたか、友人と喧嘩でもしたか。

どうせ子供なんて本能だけで生きているもの。
関わるだけこちらが苛々するだけだ。



そう思って通り過ぎようとした。


しかし、こちらの気配に気付いたのか
その子供は俯いたまま息を呑んだ。


そして、今まで肩を揺らして泣いていたのに
ぐっと力を込めて泣くまいと堪えている。


これぐらいの時期の子供は、辛い時に泣いて周囲に
自分の存在をアピールするものだと
何かの資料で読んだ気がする。


それなのに目の前の子供は必死に泣くことを
押し殺して俺が通り過ぎるのを待っている。




その姿が、あの冷たい家で孤独に耐えてきた
自分と一瞬重なった。




「おい。」


気がつけば俺はそのガキに声をかけていた。
自分でもなぜそんな行動をとったのかわからない。

ガキは嫌いだし、泣いてるガキなんて
さらに面倒くさいだけのはず。


しかし、その時の俺は、その子供をそのままにして
立ち去ることが出来なかった。




「なんでそんなとこで泣いてる。」


問いかけてみるが、子供は何も答えない。
ただ必死に首を横に振っている。

泣いていない、とでも言いたいのだろうか。



「嘘をつくな。なら顔を見せてみろ。」

「いやだっ!」


肩に手をかけて振り向かせようとしたら
涙声の拒絶が返ってきた。


「泣いてるから見せられないんだろう。」

「泣いてねぇ!俺、俺は…泣かないんだっ…
 泣いたら…兄チャンが…悲しむんだ!」


その子供の言葉に苛立ちを覚える。
自分にとっての兄という存在はとても遠く、憎い存在だから。


だから兄のために泣かないなんていう
甘ったれたガキに嫌気がさす。


「お前が泣こうがどうしようが
 お前の兄貴は興味がないんじゃないのか。」


子供相手に何をいってるんだ、とバカらしくなる。
自分の兄への不快感を子供にぶつけたって
どうしようもないのに。


けれど…てっきり言い返してくると思った子供は
すっかり黙り込んだ。

一人前に傷ついたとでも言うのか。


そうだ。こんなところで泣いていたって
他人にも傷つけられるだけなのだから

さっさと家に帰って、親なり兄なりに泣きつけばいい。




「…キョーミ、ないほうがよかった。」


立ち去ろうとした俺の背にそんな声が聞こえた。
その言葉が無性に心に引っかかる。



「…そんなのは親兄弟に愛されてるから
 言える言葉だ。」


ムカつく。愛されているくせに。
幸福な家庭に生まれているくせに。

興味を持たれないということがどういうことか
理解してもいないくせに。


「だって…兄チャンが俺にキョーミがなかったら
 兄チャンは大学にもいけたし…
 おじさんやおばさんに苛められないんだ…」

「…どういう意味だ。」


子供は一瞬、うっと呻く。
知らない人間に話していいのか、
そんなためらいが手に取るようにわかる。


聞いてやる義理なんてない。
ただ、気になっただけ。


「心配しなくても、どうせ俺とお前は2度と会わない。
 ぐずぐず泣くくらいなら言ってすっきりしろ。」


俺がそう言って、背中合わせの位置に座ると、
子供はおずおずと喋りだした。



最近、両親が交通事故で死んだこと。
そのせいで兄が大学を諦めて自分を育てていること。

だから淋しいなんて泣き言は言いたくない、
けれど…時々どうしても涙が止まらないということ。



まさかそこまで深い事情があると思わなかった俺は
少し驚いて黙り込んでしまった。


それに、今聞いた話が
他人事だとはどうしても思えなかった。


その話はまるで…俺の愛する孝弘と同じだったから。



高橋孝弘。俺の親友で…
ずっと片思いを続けている相手。

その孝弘も、少し前に両親を亡くして
大学進学を諦め、弟を1人で育てている。



「おれのせいだ。おれがわるいんだ。」


そいつは涙声でそれを繰り返した。



「おれさえいなきゃ…兄チャンはずっと幸せで…
 おれが…おれが…お父さんとお母さん…殺した…」



背中から聞こえてくる声。
それは怖いほど己を責める幼い子供。



胸のうちを誰にも、兄にすら言えず、押し殺して
耐え切れなくなったら、1人で泣き崩れる。


この子供は両親を亡くしてから
ずっとそうしてきたんだろうか。

その死を自分の責任として背負いながら。



「俺の親友も、最近両親を亡くしてな。」


俺は無意識に喋りだしていた。


「残された弟を1人で育てるために
 進学を諦めて、働き始めた。」


そのことを俺に告げてきたときの
孝弘の強い目を思い出す。



『ウサギ、俺…絶対美咲のこと幸せにするんだ。
 両親の分も、たくさんたくさん俺が愛して…
 世界一幸せな人間にするんだ。

 両親が俺に残してくれた宝物。
 それが美咲なんだよ。』


あの目に迷いはなかった。
きっと、こいつの兄も同じような思いなんじゃないのか。


「そいつは弟がいるからこそ、生きていけると俺に言った。
 お前の兄貴だって、お前がいるから
 がんばれるんじゃないのか。」

「…」


俺のその言葉で、背中の向こうの子供は黙り込む。



「俺は両親からも、兄弟からも愛されていない。」

「え?」


「だから、誰か1人でもお前を愛してくれる人がいるなら
 その人を信じろ。頼って、そばにいてもらえ。」


俺にはそんな人間がそばにはいなかったけど、
俺みたいな寂しい人間は、増えるべきじゃない。


「お兄ちゃん、いい人だね。」

「そんなんじゃない。泣いてるガキがうっとおしかっただけだ。」


「ガキって言うな!」

「ガキだろ。もう6時だ。兄貴が心配するぞ。
 さっさと家に帰れ。」

「あ…ほんとだ。」


後ろで、子供が立ち上がった。
俺もほぼ同時に立ち上がって、その髪をくしゃっと撫でる。



「あう!ぐしゃってすんなよ!」

「もう泣くなよ。」

「泣かねぇよ…つうかさ、お兄ちゃんも泣くなよ。」


子供は俯いたまま、そんな事をいった。


「お兄ちゃんが寂しいなら、俺が友だちになってやるし。」


なぜかすごく偉そうな物言いに、
俺は久しぶりに…笑った。


「お前みたいな泣き虫のガキの友だちなんかいらん。」

「だからガキって言うな!あ、ほんと帰んなきゃ!」


そういって、子供は勢いよく夕日に向かって駆け出していった。

その後ろ姿を見つめて…なんだか煮詰まっていた
小説が進められそうな気がした。









ざぁざぁ。
雨の音に目が覚める。


ぼんやりする目をどうにか開けば
腕の中に温かな感触。


柔らかい黒髪が自分にすがりつくように眠っている。


昨夜、夜遅く。
腕の中の愛しい恋人はひどく不安そうに
雨音と共に俺の部屋にやってきた。



その姿は、あの日誰からも隠れるように
公園の隅で泣いていた子供を唐突に思い出させた。



なぁ…美咲。あのときの子供は…



「ん…」

目覚めが近いのか、身じろぎをする美咲を
そっと抱き寄せる。



「友だちじゃなくて恋人になれたな。」



柔らかい髪から覗く耳にキスをして、
俺も再び目を閉じた。



*END*
110902 脱稿

【後書き】

昨晩、猛スピードで執筆しました←
久々のウサミサは、先日妄想してた内容で
「幼い美咲と若かれしウサギさんの出会い」なお話。

ミステイクに出てきた可愛い学生ウサギさんに
触発されてやりました。

ちなみに双方、顔は見ていません。
美咲は泣いてる顔絶対に見せなかっただろうしね。

まだ互いにその存在を知らない頃、
少しだけ互いの傷を癒してればいいと思うよ!

そして美咲は忘れてるけど、
ウサギさんは覚えてるっていうね!
そこがまた!(うるさい



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