Re-Takaritsu-3_7 | ナノ


 The Little Mermaid-10年の宝物-[7]
※人魚姫パロ


「ん…」


小さくうめき声を漏らして、リツは目を開きます。

視界に映ったのは長年見慣れた
楽園の自分の部屋の天井でした。



「あれ…俺、なんで…」


リツは王子の宝物を守り、その幸せを願って
泡になって消えたはずでした。


それとも、あれはすべてリツの夢だったのでしょうか?

自分が人間になったことも、
王子と過ごした日々も、王子とヨコザワの結婚も。

王子が自分に『愛してる』と言ってくれたことも。



「夢…だったのかな。」


やけに疲れ切った体を起こして、
リツは自分の宝箱を開きます。

しかし、そこには王子の本はありませんでした。


「どういうこと?」


ますます訳がわからなくなって、
リツがうんうん唸っていると部屋のドアが
勢いよく開かれました。



「リっちゃん!!」
「リツ!!」

現れたのはリツの兄、ショウタとチアキでした。
2人は思いきりリツに抱きついて壊れんばかりに抱きしめます。


「ショ、ウタ兄さん、チアキ兄さんくるし…」

「目が覚めたんだ!よかった!ほんとによかった!」
「リツのバカ!心配したんだからな!」

苦しんでもがくリツにはお構いなしに
2人とも抱きしめる手を緩めずにひたすらリツを抱擁し続けます。


「し、しぬぅ…」


「チアキ、そのくらいにしておけ。」

「ショウタさんも。リツさんが白目向いてます。」


意識が遠のきそうになったところで、
兄達以外の声が聞こえてきました。


「トリ…」

「ユキナ、そうだな。ごめんリっちゃん。」


2人の声に我に返ったのか、
ショウタとチアキはやっとリツを解放しました。



「げほげほっ…ハトリさんにユキナ君。」


リツを救ってくれたのは兄達の恋人のハトリとユキナでした。


「目が覚めたみたいでよかった。
 お前がなかなか目覚めないってチアキが
 ずっと錯乱状態で困ってたんだ。」

ハトリがそういうと、ユキナも同意するように頷きます。

「ショウタさんもひどかったんですよ。
 リツさんがいなくなった日からほとんど寝てなくて
 倒れる寸前の顔してましたから。」

「ユ、ユキナ…ばらすなよ。」

「トリも!かっこわりぃだろ。」


抗議する兄達の言葉、兄の恋人達の言葉に
やはりあれは現実だったのだと理解します。

でもそれなら、なぜ自分はこうして人魚の姿で
ここにいるんだろう…

それがどうしてもわかりません。


「ショウタ兄さん、チアキ兄さん。
 俺はどうして…生きてるんでしょうか。」


その言葉に、2人ははっとしてリツを見つめます。


「リツ、覚えてないのか?」

「はい…」


リツは目を閉じた後のことが本当にわからないのです。
困惑するリツにショウタが言いづらそうに話し始めました。


「あの人が犠牲を払ってくれたんだよ。」

「あの…人?」


その言葉にリツは凍りつきます。
あの場で、自分以外に犠牲を払えた人。

それは…


「マサムネさん!マサムネさんは!?
 どうなったんですか!」


婚儀の場を抜け出して、リツを追いかけてきてくれた
王子は一体どうなったのか、

リツはパニックを起こしたように問いかけます。


「リっちゃん、落ち着いて、ね?」


ショウタの宥めるような言葉も耳に届きません。
リツは王子を幸せにするために消えることを選んだのです。

それなのに…もしその王子に何かあったら…


「兄さん!マサムネさんは!!」
「うるせえな。」


再度、ショウタに尋ねるリツの耳に信じられない声が聞こえました。



「う、そ…」

「すっげー間抜け面。」


くすくすと笑うその人は、間違いなく王子でした。


「なんで…え、ここ深海で…っていうか犠牲って…」


理解が追いつかないリツは、頭の中に浮かんでは消える
数々の疑問にオーバーヒート寸前です。


「説明はこの人からしてもらったほうがいいね。
 俺たちも後から聞いただけだし。」

「そうだな。タカノさん。
 リツに説明してやってもらえますか?」

「ええ。すいませんが少し席を外しておいていただけますか。」


2人の兄と話す王子を、リツはただぽかんと見つめていました。
そのうち、兄とその恋人は部屋を出ていき、

そこにはリツと王子、2人きりになりました。



「あの…どうして…わっ!?」


早く疑問を解消しようと、問いかけたリツを
王子は思いきり抱きしめました。


「あ、あの…マサム、ネさん?」

「よかった…目が覚めて。」


戸惑うリツに構わず、王子はひたすら強く
リツを抱きしめて呟きます。


その腕の中の温かさに、リツの錯乱した思考も
だんだんと落ち着いていきました。



「マサムネさんが…助けてくれたんですか?」

「あぁ。お前が消える瞬間に、あの男が言ったんだ。
 俺が『王族の人間』を代償に払うなら
 お前が消えるのを止められるって。」

「!!」


あの男とは、一緒にいたイサカのことでしょう。
しかし、リツが気になったのはそこではありません。


「『王族の人間』を代償にって…どういうことですか?
 それに…人間のマサムネさんがどうして深海で
 普通に会話できるんです?」


リツの心臓は激しく鳴り響いていました。

いまだ信じられない光景の
答えをつむぐだろう王子の唇を見つめます。



「『王族の人間』を代償に。つまり俺は王家の立場、
 それと『人間』という種族を捨てたことになる。

 代わりに、あの人が俺に用意したのは『魚人』ていう種族。」


にやりと笑う王子には、確かに魚人特有の証がありました。
首筋のエラと指の間にある水かき。


「そんな…俺のためになんでそんなこと…」

「言っただろ。もう、失いたくないって。

 俺はお前を10年前からずっと好きだった。
 お前が消えないためならなんだってする。」


そう語る王子の瞳は真剣で、リツは頬が熱くなるのを感じました。


「でも…今までの生活を捨てるなんて…」


今までずっと人間として暮らしてきた王子。

それが自分を助けるためにいきなり魚人として
生活しなくてはならないなんてあまりにも酷だとリツは思いました。

しかし…


「お前だって同じことをしただろ?」


そういわれてリツははっとします。

そう、自分も王子に会いたい一心で
人魚であることを捨てて、人間になったのです。


「あのイサカって人から全部聞いた。

 あの嵐の夜、俺を助けたのがお前だってことも。

 お前が人間になるために、その瞳の色も声も失って
 足に走る激痛も全部堪えて、俺に会いに来てくれたって。

 俺が大事だって言った本を守って消えようとしたことも。

 だから今度は俺がお前がしてくれた事に応えたい。」


王子はそっとリツの頬に触れます。

大事な宝物に触れるかのようなその手に
リツの瞳からはついに涙があふれ出しました。



「だから、人間を捨てることにためらいも迷いもなかった。
 リツ…お前のそばにいたいから。」

「マサムネ、さん…」


「好きだよ、リツ。」


王子の顔がそっとリツの顔に近づいて、
心と身体の痛みに耐え、噛みしめてきた唇に触れます。


抱き寄せられた体は、一瞬ぴくりと震えた後、
そっと王子の腕の中へと包まれていきました。



***



「そういえばマサムネさんは10年前、
 どうして俺が人魚だってわかったんですか?」


一通り落ち着いた後、
リツは不思議に思っていたことを尋ねてみました。

兄やまわりの人たちの話では人間は人魚の存在を
知らないはずなのです。


「そりゃ、一目見たらわかるだろ。
 本の絵と同じだったからな。」

「本?」

「ん?お前10年も持ってたのにあの本の
 中身見たことなかったのか?」

「だ、だって勝手に見たり出来ないし…
 そもそも人間の文字なんて読めません。」


真面目に答えるリツにくすくす笑いながら、
ちょっと待ってろと王子は一度部屋を出ていきます。

そして、次に戻ってきたときにはその手に
あの本を持っていました。


「それ…!」

「あぁ、一緒に持ってきた。」


そういいながら、再度リツの隣に腰かけると
王子はそっとその本の表紙を指先でなぞります。



「この本のタイトルは
 『The little Mermaid』。意味は人魚姫だよ。」

「人魚…姫。」

「まっすぐな愛を貫く人魚の話。
 俺を愛してくれたお前みたいにな。

 人魚なんて空想だっていう人間が多かったけど
 俺は、ずっと信じてたんだ。

 この本みたいな人魚がきっといるってな。」


そういって笑った王子はとても幸せそうで、
その笑顔につられるように、リツも破顔するのでした。



*END*
110920 脱稿

6


【後書き】

人魚姫パロこれにて終了!!
たくさんの方にこの作品を楽しんでいただけたようで
とても嬉しいです(*^▽^*)

人魚姫に愛のキスを、という連載から人魚シリーズが
始まりましたが、こんなにたくさん書くとは思いませんでした!

それでも実はまだまだ人魚シリーズは書きたいなと
思っております(笑)トリチアSIDEや雪木佐SIDE、
城に残されたヨコザワを絡めた高律の後日談などw

妄想はつきません(笑)



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